scene:298 エンジンテスト
『天撃』の真名術による混乱が収まった。それからフォルタン教皇とレアンドル大司教の遺体が発見されると、大騒ぎとなる。その様子を空神馬車に乗ったデニスと軍務卿は見ていた。
「デニス殿、あれはどうしたのだろう?」
「もしかすると、ラング神聖国の重要人物が亡くなったのかもしれません」
「まさか、教皇ではないだろうな?」
「そんな都合の良いことはないでしょう」
デニスたちは、大きな建物を天撃波で攻撃してから船に戻った。帰国したデニスたちは、白鳥城に登城して国王へ報告する。
「ほう、宮殿を破壊したか」
報告を聞いた国王は、上機嫌で頷いた。
それから数日経った頃、ラング神聖国の教皇とレアンドル大司教が亡くなったという報せが届いた。
「これで戦争は終わりだな」
デニスがホッとしたように言った。それを聞いたカルロスが眉間にシワを寄せた。
「ラング神聖国の領土を、少し切り取るくらいのことをしても良いのでは?」
「旧迷宮主の件がなければ、それくらいのことはするのだが、まずは旧迷宮主を優先するということになった」
そして、ミモス迷宮を静かに見張っていると、西の隣国ヌオラ共和国の迷宮から、旧迷宮主が出て来て暴れているという報せが届いた。
「やはり、旧迷宮主が外に出て来て暴れるというのは、ゼルマン王国だけの話ではなかったのだな」
国王の言葉を聞いた軍務卿は、対応を尋ねた。
「ヌオラ共和国に隣接する領地を持つ貴族の軍は、自領に戻す。もし隣国からゼルマン王国側に旧迷宮主が移動しようとした場合、隣国に押し戻すのだ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
小惑星が落下したロシアでは、混乱が続いていた。コマロフ大統領が死亡したために政治的にも混乱しており、その影響はヨーロッパ全土に波及する。
ロシアからヨーロッパへ難民が押し寄せたのである。ヨーロッパ各国は、これほどの難民を受け入れることはできないと拒否した。
だが、次々に押し寄せる難民を押し留めることはできなかった。そのせいでヨーロッパも混乱し、世界へ影響が広がる。その中には日本も含まれていた。
ロシアの正式名称は『ロシア連邦』である。八十五の地方行政体からなる連邦国家なのだ。その中には日本と隣接するサハリン州やハバロフスク地方、沿海地方などもある。
日本にも難民が来た。但し、船で来るしかないので、それほど多くはない。ただサハリン州などは食糧不足に陥っているようだ。
世界がそんな状況になっている頃、雅也は会議室で大型宇宙船サガミの進捗状況を聞いていた。
「なるほど、サガミに搭載する超高出力動真力エンジンが完成したので、そのテストをしたいというのだな?」
中村研究部長が頷いた。
「ええ、研究用として建造した宇宙船ビフレスト号に、超高出力動真力エンジンを搭載し、実際の出力を確認したいのです」
「それで、ビフレスト号をどこまで飛ばすんです?」
「月に向かおうと考えています」
今回の試験では音速の十二倍まで加速し、エンジンの性能を確かめるという。それからどこまで加速できるか確かめながら速度を上げ月まで行くと、一日ちょっとで到着することになる。
準備が進められ、テストの実施日が迫った。この飛行試験を行うのは、中村研究部長と二人の宇宙パイロットだった。ビフレスト号が竜之島宇宙センターの発射場に移動し、三人が乗り込む。
「部長がテストに付き合うことは、ないんじゃないですか?」
宇宙パイロットの室田孝蔵が尋ねた。
「それだけエンジンに自信があるということだよ。それに子供に自慢できる」
それを聞いた室田は笑う。
「そりゃあそうだ。月に行った者は、まだ数が少ないですからね」
月旅行の事業化も進んでいるが、本格的な月面基地が完成してからになるので、後数年掛かると考えられている。
コクピットの座席に座った室田と殿部が最終チェックを始めた。
「チェック完了、異常なし」
「こっちもオーケーです」
「それじゃあ、発進しますか」
中村研究部長が物足りないという顔をする。
「カウントダウンはないのかね?」
「いつの話ですか。最近じゃカウントダウンなんてしませんよ」
ビフレスト号が宇宙に向かって飛び上がった。すぐに成層圏を抜けて宇宙に飛び出し、コクピット前面にある窓から宇宙の様子が見える。と言っても、それは窓のように見える大型モニターだった。
コクピットから見える景色は、外側に取り付けられているカメラの映像を映し出したものであり、この宇宙船には展望室以外に窓はなかった。
中村研究部長は宇宙の光景をジッと見詰めた。
「この光景を見ると、宇宙が近くなった気がする」
それを聞いた室田が笑う。
「それを一番感じているのは、宇宙パイロットの我々ですよ」
話が弾んだ後、テストを始めることにした。
「部長、あのエンジンは地上でのテストは済ませているんですよね?」
「もちろんだ。地上では完璧な性能を示したので、宇宙でも大丈夫だと思う」
中村研究部長はチェックしてから、超高出力動真力エンジンを起動させる。次の瞬間、身体が座席に押し付けられた。
「こいつは強烈なGだ」
室田が声を上げる。スピードメーターが凄い勢いで上昇している。時間は掛かったが、宇宙船の速度がマッハ12となった。中村研究部長はエンジンのスイッチを切って、計測していた温度や振動などのデータをチェックする。
「問題ないようだ」
その後、再加速を始め交代で寝て時間を過ごす。六時間ほど経過した頃、減速する時間になってエンジンを逆回転させて減速する。
減速して音速と同じくらいのスピードになった。
「部長、月です」
室田の声で、中村研究部長が月が映し出されたモニターを見る。そこには月の一部が大きく映し出されていた。
「月の裏側に回って、一周します」
ビフレスト号はたくさんのクレーターがある月の裏側を回って、地球に戻ろうとしていた。その時、室田が月の裏側に変なものを見付けた。




