scene:297 ラング神聖国の首都マシア
ベネショフ骨騎兵団を含めた援軍の数は、七千ほどになる。それに対してラング神聖国の兵数は一万ほどだろう。兵数では若干ゼルマン王国が劣勢だが、こちらの七千は精鋭部隊だった。
凄まじい勢いで敵兵に襲い掛かったゼルマン王国兵は、ラング神聖国の兵を叩き潰すように攻めた。その勢いを止められなかったラング神聖国軍は、ずるずると後退する。そして、敗走することになるのだが、帰る手段も失っていたので降伏するしかなくなった。
但し、ラング神聖国軍で生き残ったのは、三千人ほどだった。ほとんどが戦死したのである。デニスは国王へ報告するために、白鳥城へ向かう。
白鳥城へ登城したデニスは、会議室で国王に報告した。
「ご苦労であった。活躍した者には、必ず報奨を用意する」
デニスの報告を聞いた国王は満面の笑みを浮かべて、報奨を約束した。
「陛下、これで終わらせては、前回の戦いと同じになってしまいます」
デニスが厳しい顔で言う。
「しかし、旧迷宮主の件もある。ラング神聖国に攻め込むという訳にもいかんだろう」
「それは承知しています。そこでラング神聖国のフォルタン教皇に、教訓となるような対応を取るべきかと思います」
「教訓か。どのような事を考えておるのだ?」
「ラング神聖国の首都マシアにある宮殿に、『天撃』の真名を使った攻撃を仕掛けるというのは、如何でしょう?」
軍務卿が笑みを浮かべながら確認する。
「それは空神馬車に乗って、マシアの宮殿まで飛ぶということかね?」
「途中まで船で行き、沿岸から飛び立ってマシアの宮殿を攻撃する、ということになるでしょう」
マンフレート王は腹を抱えて笑い出す。
「愉快だ。それで教皇を仕留められるのか?」
デニスは考える様子を見せてから、否定するように首を振る。
「教皇は頑丈な宮殿の内部に居るでしょう。さすがに仕留めるのは無理だと思います。ですが、確実に肝を冷やすことになります」
「面白い。これでフォルタン教皇が大人しくなるかもしれん」
デニスが提案したラング神聖国首都攻撃計画は、国王の許可を得て進められる事になった。船が用意され、二台の空神馬車が積み込まれる。
デニスはイザークとフォルカだけを連れて行く事にした。もう一台の空神馬車には、コンラート軍務卿が乗るらしい。自分の目でラング神聖国の首都の様子を確認したいのだそうだ。
準備が終わると、デニスたちの船が出港した。ロウダルの港を出た船は南東へ向かう。良い風が吹いており、甲板で海を眺めているのが気持ち良い。
「デニス殿、今回の作戦が成功すると思いますか?」
軍務卿が近付いてきて尋ねた。
「ラング神聖国の連中は、空神馬車について何も知らないはずです。と言うことは、何の警戒もしていないはずなので、問題なく近付けるでしょう」
「なるほど。近付ければ、『天撃』の真名を使って攻撃できるということだな?」
「たぶん間違いないでしょう。問題は攻撃した後です。素早く逃げるのが最上の策だと思っています」
「なぜだ? 上空に居る我々を攻撃できる真名術というのは、ほとんどないと思うが?」
「相手は首都を守る精鋭たちです。我々が知らない真名を所有しているかもしれません」
「納得した。今回は教皇の肝を冷やすだけにしておこう」
船がラング神聖国に近付き、デニスたちが飛び立つ時間となる。デニスとイザーク、フォルカが空神馬車に乗り込み、もう一台には軍務卿たちが乗る。
首都マシアに向かって飛び始めたデニスたちは、初めて見るラング神聖国の様子に目を凝らした。ラング神聖国の町には、必ず白い神殿があるようだ。
町は神殿を中心に広がっており、この国の中心が何かを示している。高い位置からだと、町に活気があるかどうかは分からない。
いくつかの町の上空を通り過ぎ、首都のマシアが見えてきた。
「デニス様、大きな町ですね?」
「ああ、王都モンタールより、広いかもしれない。だが、立派な屋敷は中心部だけで、周囲の家は貧相なものが多そうだ」
デニスたちは巨大な宮殿を目指した。宮殿の見張りたちが空神馬車に気付いたようで騒ぎ始めているのが見えた。
デニスは攻撃を急がねば、と思い空神馬車を宮殿から少し離れたところに停止させた。それを見た軍務卿の空神馬車も横に並んで停止する。
デニスは精神を集中し、『天撃』の真名を使って天撃波の攻撃を発動する。次の瞬間、首都マシアの上空に黒い雲が湧き起こる。その黒雲が発達して上空に広がった。
黒雲の中心が渦を巻き始め、その渦の中に稲光が見えてゴロゴロという音を響かせる。その直後、渦の柱がラング神聖国の首都マシアに向かって急降下する。
渦の柱は宮殿を直撃した。細い見張りの塔は渦に巻き込まれてへし折られ、壮大な宮殿は渦の柱に押し潰されるように崩れ始める。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その日、ラング神聖国のフォルタン教皇は、執務室でレアンドル大司教と話をしていた。
「今回の戦いは勝てるだろうか?」
レアンドル大司教は笑顔を浮かべ頷いた。
「神は陛下とともにあります。必ずや勝てるでしょう」
それを聞いた教皇は満足そうに頷く。その時、部屋の外から騒ぎが聞こえ始めた。レアンドル大司教はドアを開けて、騒いでいる者を問い詰めた。
「馬鹿者、陛下の執務室まで聞こえておるぞ。何を騒いでいる?」
「申し訳ありません。見張りの者が上空に変なものが見えると言っているのです」
「変なものだと?」
「たぶんバルコニーからなら、見えると思います」
顔をしかめた大司教は執務室からバルコニーに出て空を見上げた。すると、奇妙なものが空に浮かんでいるのが目に入る。
「あれは何だ?」
「大司教、何だと言うのだね?」
「陛下、バルコニーに出て、直接確かめられるのが早いかと思います」
そう言われた教皇がバルコニーに出て空を見上げた時、黒雲が湧き渦の柱が落ちてきた。
「か、神よ」
フォルタン教皇とレアンドル大司教は渦に巻き込まれ、上空へと吸い上げられる。そして、空中に放り出された。二人を待っているのは、確実な死だけだった。




