scene:293 ラング神聖国の野望
王都からミモス迷宮へ向かう道から、道路整備が始まった。道路整備はミモス迷宮から旧迷宮主が出てきた場合の対策としても、考えられたらしい。
道路ばかりではなく兵員輸送車の改良も必要だったので、デニスは兵員輸送車の改良点をいくつか提案した。それを聞いた王都の職人たちは感心したように頷いた。
王都で道路整備が始まり、大貴族たちの間で兵員輸送車への関心が広まった。そんな時、東の隣国であるラング神聖国の船が、ゼルマン王国の近海に頻繁に現れるようになった。
デニスが王都で国王に会った時、このラング神聖国の船が話題に上った。
「ラング神聖国の船は、何か調べているのでしょうか。不穏な感じがいたします」
「デニスもそう思うか?」
国王が憂い顔で確認した。
「前回の戦いにおいては、攻め込んでくるラング神聖国軍を撃退できたが、追撃が失敗した。そのせいでラング神聖国軍の戦力を十分に削ることができなかったと思っている」
「その通りだと、私も思っております。ただ今回のラング神聖国の動きを見ますと、海から攻め込もうと考えているのかもしれません」
ラング神聖国の船がゼルマン王国の沿岸を調査し、町や村を制圧しやすい上陸場所を探しているのではないかとデニスは述べた。
「しかし、戦に負けたばかりで、被害も大きかったはずです。なぜ、フォルタン教皇は攻め急いでいるのでしょう?」
クラウス内務卿が質問した。オスヴィン外務卿が内務卿へ顔を向ける。
「戦に負けたせいで、フォルタン教皇の権威は落ちてしまいました。それが原因ではないでしょうか?」
外務卿はラング神聖国の内部で、教皇に対する非難の声が上がっていることを知らせた。
「なるほど、戦の失敗をまた戦を起こすことで、挽回しようとしているのですな」
「フォルタン教皇は、次の戦で勝てると思っているのですね?」
デニスが問うと、外務卿が頷いた。
「調べたのですが、ラング神聖国は敗戦後に船の建造が活発になっているようです」
「それならば、我が国も船を増やしている。そうであろう?」
国王の視線がデニスの方へ向けられた。ベネショフ領で造船所の拡張工事と同時に新しい造船所の建設も行い、造船能力を拡大していた。
「ベネショフ領で建造された船は、増えております。しかし、それらの船のほとんどは輸送船でございます。ラング神聖国が軍船の建造を増やしていた場合、問題でございます」
それを聞いた国王が深刻な顔になる。そして、外務卿に視線を向けた。
「その点は、どうなのだ?」
「どのような船が建造されたかまでは、調べておりません。部下に調べさせます」
「軍務卿、ラング神聖国の船が沿岸に押し寄せた場合、我が国の戦力で撃退できるか?」
コンラート軍務卿が唇を噛み締め考えた末に口を開く。
「残念ながら、そういう場合を想定した軍備は整えておりません」
国王はデニスに顔を向け、対応を問う。
「我が国の兵士には、『光子』の真名を手に入れた者がおります。その真名を使った【赤外線レーザー砲撃】で敵船を狙えば、効果があるのではないでしょうか?」
国王と軍務卿が頷いた。
「軍務卿、確かめるのだ」
「承知いたしました」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、ラング神聖国の首都マシアでは、フォルタン教皇が主だった者を集めて会議を開いていた。
「ゼルマン王国を懲らしめるために、どうすれば良いか、意見を聞かせて欲しい」
教皇の言葉に、会議室に集まった諸侯の反応が分かれた。今度こそゼルマン王国に攻め込み、王国民を叩きのめし財宝を奪ってやると意気込む者と、また失敗するのではないかと不安な顔をする者である。
教皇から領地を任されている諸侯は、前回の戦いで多額の戦費を徴収された。また戦いとなれば、同じように多額の戦費を徴収されるだろう。
それが分かっている諸侯の中には、戦争に反対する者たちも多かった。
「教皇陛下、前回の戦いで多くの兵を失い、領地は働き手を失いました。戦をもう少し後に伸ばせないのでしょうか」
ザンカ地方の領主であるバルザックが、戦の延期を願い出た。それを聞いたフォルタン教皇が顔を歪める。
「もっともな願いではあるが、今が勝機なのだ」
「なぜ、今なのでしょうか?」
「ゼルマン王国では、迷宮主を狩るということを始め、戦力を低下させておる。今ならば、勝てると考えている」
「そのことは聞いております。ですが、それは迷宮主の交代の時期であり、交代した旧迷宮主が地上に出て暴れるので、その前に退治しようとしているのです。我が国の迷宮は大丈夫なのでしょうか?」
「そのような迷信を信じておるゼルマン王国の連中が、馬鹿なのだ。迷宮主の交代など起こるはずがない」
教皇はゼルマン王国の湖島迷宮からカエルの化け物が這い出してきて暴れたという報告を聞いているが、それが旧迷宮主だとは信じていなかった。
教皇がゼルマン王国を攻めようと考えた理由はもう一つある。それはゼルマン王国で起きている発展である。自分たちこそ最先端の文明を持っていると思っていたのに、ゼルマン王国はそれを凌駕し始めた。
その原動力は、ベネショフ領のデニスだと分かっている。ラング神聖国にも蒸気機関を発明したクレール・ローランサンという男が居るが、クレールもデニスには敵わないようだ。
これには訳がある。クレールの地球側のバディは一般人であるのに対して、デニスのバディは世界的企業となったマナテクノの創設者であり、何人もの研究者や技術者を手足のように使える大富豪だからだ。
雅也は研究者や技術者に課題を与えて、その結果をデニスに提供している。その成果が違うのは仕方のないことだった。
ちなみに、クレールは発電機とモーターを開発するのに苦労している。現代人ならネットや本で調べれば、簡単に発電機とモーターなど作れるだろうと思うかもしれないが、材料から開発するとなると難しくなる。銅線を作るだけでも、それなりの技術と知識が必要になるのだ。
フォルタン教皇は、戦の前にデニスを消せないかと考え始めた。




