scene:292 混迷するロシア
雅也はマナテクノの本社で、ロシアが捕獲した小惑星について知った。
「社長、あの小惑星が落ちたら、どれほどの影響が出るのでしょう?」
「そうだな。大きさと質量、速度を考えると、直径が三百メートルほどのクレーターが出来て、都市が消滅するかもしれん」
「日本にも影響しますか?」
「いや、直接的な影響はないだろう。ただ落下した場所によっては、経済的な影響が有るかもしれない」
ロシア寄りに落下したら、経済的にも影響はないが、顧客が多いヨーロッパ寄りに落ちたら経済的に大きな影響が出るはずだと言う。
「あのスペースデブリ駆除ドローンを使って、迎撃できないかね?」
神原社長が尋ねた。
「今からヨーロッパへ運んでいたのでは、間に合いません」
「そうだろうな。ヨーロッパやロシアはどうするつもりなのだろう?」
「さあ、情報がほとんど入らないのです」
「何を行うにしても、正確な軌道が分からなければ、どうすることもできん。そうじゃないか?」
神原社長がそういうと、雅也が頷いた。
「あの小惑星を砕く事はできるだろうか?」
「命中させることができれば、通常兵器でも可能です。ただ大気圏に突入した後では、難しいでしょう」
大気圏に入ると空気の抵抗で、小惑星が不規則な動きをすると予想されるので、雅也はそう言ったのだ。
「そうだ。試験用のスペースデブリ駆除装置を飛ばしていただろ。あれをヨーロッパの上空に移動できないか?」
神原社長が言うスペースデブリ駆除装置というのは、本当のスペースデブリを駆除するために試験的に衛星軌道に乗せているもので、それにはカメラと通信装置が搭載されている。その一つがヨーロッパの近くを回っていたのだ。
雅也はスペースデブリ駆除装置の開発チームに連絡を入れて、移動するように命令すると同時に、映像を本社に送るように指示した。
間もなく映像が届き、本社の会議室にある大型モニターに映し出された。下方に地球が見え、ヨーロッパの方へ移動しているのが分かる。
モニターに金属小惑星が映り、それが次第に大きくなる。その小惑星が高度を落とし大気圏に近付いていく。
「もうすぐ大気圏です」
雅也の言葉を聞いて、神原社長が顔をしかめる。
「間に合わなかったか」
小惑星の正確な落下軌道が分かり、ロシアのモスクワ近くに落ちる事が分かった。その事を全世界に警告する。
ロシアのコマロフ大統領はモスクワから逃げ出そうとしたらしい。だが、逃げようとして空港へ移動しようとした大統領専用車が、民衆に取り囲まれて移動を阻止されているうちに、小惑星が隕石となって落下したという。そういう映像がネットに上げられていたので間違いないだろう。
小惑星の落下により、コマロフ大統領を含む多くロシア人が死亡し、モスクワの半分が瓦礫の山になった。ちなみに、コマロフ大統領がヘリではなく車での移動にしたのは、ヘリが故障していたかららしい。
大統領自身は自業自得だとしか思えない。謎として残ったのは、大統領が小惑星をどうしようと考えていたかである。
ヨーロッパとロシアは、凄まじい混乱の中に落とされた。そんな中、雅也はデニスから向こうの世界でも修理できる工作機械を送ってくれないか、と頼まれた。
本格的に産業革命を起こすには、進んだ工作機械が必要だというのだ。そこで調査チームを立ち上げ、どんなものを送れば良いのか調査させた。
工作機械は八十年ほど前に使っていたボール盤・中ぐり盤・旋盤・フライス盤・研削盤・歯切り盤などが候補に挙がり、工場に発注された。
その他にも発電機などが用意される。発電機の動力源は水力も考えているが、当座はボーンエンジンである。
それらのものが用意されると、雅也の収納空間に入れられた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ベネショフ領の職人に新しい工作機械が与えられた。今まで使っていたものとは工作精度が天と地ほど違う優秀な工作機械である。
その機械を使って、空神馬車の生産が始まった。と言っても、工作機械の数にも制限があるので、地球で言う大量生産はできない。
日本で空神馬車を大量生産して収納空間に入れ、こちらの世界で販売だけ行うというのが一番効率が良いのだが、デニスは職人を育てるという意味もあってベネショフ領で作ることに拘った。
空神馬車を王宮に四台納め、他の貴族の間にも広がり始める。すると、領地と王都との行き来を空神馬車で行う貴族が増え始めた。
それとは別に、王都の工房で開発された兵員輸送車は、乗り心地は良くなかったが、大勢を高速で運べるというので大量の注文が入ったらしい。
そのおかげで王都の職人たちは大忙しとなった。そして、道路を舗装するべきだという議論が王都で起きたようだ。
デニスが王都へ行くと、内務卿から呼ばれて登城した。案内された大広間では、大勢の学者や役人が整備しようと計画されている道路をどうするのか、という問題を議論していた。
クラウス内務卿がデニスを発見して声を掛けた。
「デニス殿、こちらへどうぞ」
内務卿の近くに空いている席を勧められて座る。
「どうして急に、道路を整備することになったのです?」
デニスは噂だけしか知らなかったので確認した。
「王都で開発された兵員輸送車は、機能については申し分なかったのだが、実際に乗った兵士や将校から文句が出たのだ」
王都でも石畳である大通り以外の道路は、かなり乗り心地が悪かったらしい。兵士の一人などは舌を噛んで流血騒ぎになったようだ。
その兵士の不注意のような気もするが、それを聞いた陛下が道路整備をするように命じたらしい。
ゼルマン王国の財政は、周辺国との貿易が盛んになり潤っている。その資金で道路整備を行うというのだ。
政策としては間違っていない。ただ元迷宮主が襲って来るかもしれないという時期に、そんなことをしていて良いのだろうか? デニスは疑問に思った。




