scene:290 拡大する宇宙太陽光発電
雅也は世界が宇宙に向かって動き出したのを感じていた。
マナテクノは動真力エンジンで世界的な企業となったが、最近注目されている別の技術がある。それは『共振』の真名を使った共振データデバイスとメルバ送電装置である。
現在、ガソリン車やディーゼル車ではなく電気自動車を購入する人が増えている。ただ電気自動車には、大きなバッテリーが必要である。そのバッテリーを不要とするのが、メルバ送電装置なのだ。
世界各国はメルバ送電装置に注目したのだが、それを自国の社会基盤に組み入れるという国は、日本を除くと現れなかった。まだ信頼性が確立されていないと判断したらしい。
例外は日本なのだが、日本では交通機関の一つであるバスをメルバ送電装置を使った電気自動車にするプロジェクトが始まっていた。
メルバ送電装置のコアパーツは共振迷石である。共振迷石は素数を基に作られた識別符を組み込んで作られるが、その識別符が同一の共振迷石の間だけ通信できる。
メルバ送電装置も同一の識別符が組み込まれた装置の間だけ送電が可能となる。なので、素数を基に作られた識別符が重要な意味を持っていた。
同じ識別符が組み込まれた装置の中でシリアルナンバーが振られており、そのシリアルナンバーに紐づいた銀行口座から、電力代を自動的に引き落とす仕組みを構築しようとしていた。
もちろん、口座から引き落とす事ができなければ、その装置への電力供給は停止である。
まず中部地方のバス会社で試験運用が始まり、成功したので全国展開する事になった。そして、鉄道にもメルバ送電装置を組み込んだらという話も出たが、鉄道は送電線などの施設が完成しており、メルバ送電装置に替えてもメリットが少ないという判断がなされた。
ただ日本のエネルギー事情は楽観できるものではなかった。原子力発電所や火力発電所の多くが老朽化しており、その代替設備を建設しなければならないのに、計画が進んでいなかったのだ。
宇宙太陽光発電プロジェクトの会議があり、雅也はそれに出席するために竜之島宇宙センターへ向かった。センターの会議室へ行くと、経済産業省の倉崎大臣が席に座って秘書に何事か指示を出していた。
雅也は挨拶をしてから、話し掛けた。
「大臣、早いですね」
「少し心配なことがあって、早く来てしまったのだよ」
雅也は大臣の心配なことというのが気になった。
「心配事というのは、何です?」
「その件は待ってくれ。二度手間になるので、会議の席で話します」
そして、総勢二十六人が集まり、会議が始まった。
「二号基・三号基の建設は、どうなっていますか?」
大臣の質問に、雅也が顔を上げる。
「三号基は計画通り、基材や部品、各種装置を調達している段階です。一方、二号基ですが、建設計画を変更し、大部分を地上で組み立てることにしました」
大臣が雅也に目を向ける。
「そのことは聞いています。何でも巨大なものを、一度に宇宙へ運ぶ方法が開発されたと聞きましたが、どういうものなのでしょう」
「マナテクノでも極秘扱いになっていますので、詳しくは話せませんが、二百メートルくらいのものなら運べるようになりました」
「それは凄い。そうなると宇宙関連の施設建設が捗るでしょうな。マナテクノさんの技術は凄いですな」
マナテクノの技術というより、雅也の能力なのだが、技術としておいた方が良いだろう。
「アメリカやヨーロッパ諸国から、注文が来ていた高出力動真力エンジンはどうなったのです?」
「完成したものを輸出しました。購入した国では、機体と他に必要な装置などの開発を進めているようです」
アメリカは高出力動真力エンジン以外の全てを自国で開発するようだが、イギリスやフランスは自国での開発に時間が掛かるものを、日本の企業に発注したらしい。そのことも報告した。
「なるほど、アメリカやヨーロッパの宇宙先進国は、自力で宇宙太陽光発電システムを、構築することにしたのですね?」
「そうです。基幹エネルギーは自国の技術を使って開発したい、ということだと思います」
「エネルギーの安全保障ということか。国家としては妥当な判断です。……話は変わりますが、私が懸念していたことが起きています」
大臣の発言で会議室が、ざわざわと騒がしくなる。
「その懸念とは何でしょう?」
雅也は大臣に尋ねた。
「中国から輸入していた太陽光パネルが、輸入できなくなって、高騰している件です」
中国が混乱して、安い太陽光パネルが手に入らなくなったらしい。
「ですが、宇宙太陽光発電システムに使っているものは、日本で製造しています。関係ないのでは?」
「いやいや、そうではないのです。政府は地上での太陽光発電を増やそうと考えていたのだが、それが不可能になったということなのですよ」
「もしかして、宇宙太陽光発電システムを増やさなければならない、ということですか?」
「そういうことです。日本の総電源の二割ほどを目標にしていたが、三割ほどに増やさなければならない」
そうなると、宇宙太陽光発電システムを三十基ほど建設しなければならない。
「いっそ、百基ほど建設して、他国に電力を売るようにしたら、どうでしょう?」
百基も建設するなら、製造コストも安くなるので、安い値段で電気を販売できるだろう。東南アジアの国々なら買ってくれそうである。
「面白い、その計画が採算に合うのかを計算させよう」
大臣がにわかに乗り気になった。もしかすると、新しい産業が日本に生まれるかもしれない。




