scene:289 『次元隙泡』の真名
異世界のデニスが『次元隙泡』の真名を手に入れたので、雅也はマナテクノの社員の中から空間や次元について詳しい人材を集め、次元隙泡について討論会を開いた。
次元隙泡という存在が理解できなかったので、優秀な社員から知識を提供してもらったのである。そのおかげで、何となく次元隙泡を理解した。
雅也は『次元隙泡』の真名を入手したおかげで、次元隙泡を感知する能力も手に入れていた。宇宙の壁を越えて別の宇宙や次元隙泡を感知できる。
それは不思議な感じがした。但し、別の宇宙を感知できると言っても、存在が分かるという程度で別の宇宙を観察できる訳ではない。
雅也は適当な大きさの次元隙泡を探すことに、一ヶ月の歳月を費やした。それだけの時間を掛けたのは、次元隙泡を手に入れた時の利便性を理解していたからだ。
「見付けた」
雅也は直径三百メートルほどの次元隙泡を発見した。次は見付けた次元隙泡を制御下に置くことである。この作業に八時間が必要だった。
こうして雅也は、自分用の次元隙泡を手に入れたのである。雅也はその次元隙泡を『収納空間』と呼ぶことにした。驚いたことに収納空間は、デニスと共有することができた。
雅也が入れた物を、デニスが取り出すということができたのだ。但し、生きているものは入れられなかった。正確には生きているものを収納空間に入れようとすると拒絶されるのである。
神原社長を始めとするマナテクノの幹部たちと一緒に、近くにある港へ行った。収納空間のテストをするためである。
雅也は廃船になる輸送船を実際に収納空間に入れてみた。全長二百メートルほどの輸送船が消えて収納空間に収まり、また取り出されて海に浮かんだ時、実験に付き合った神原社長や小雪、中園専務が目が飛び出るほど驚いた。
「これは……もう魔法だな」
神原社長が信じられないという顔をしている。どの真名術も魔法みたいなものなのだが、これだけ規模が大きいと魔法としか言いようがなかったらしい。
「本当ですな。こんなことができるなら、宇宙産業は根本から変わってしまう」
宇宙産業は地上から宇宙に荷物を運び上げるのが大変なのだ。しかし、『次元隙泡』の真名があれば、地上で完成させて収納空間に入れて宇宙に運ぶという方法が取れるようになる。
「大型宇宙船サガミは、地上で完成させてから宇宙に運ぶことにします」
雅也がサガミの建造方法を変更すると言い出した。
「それがいいだろう。地上で建造する方が、確実だ」
神原社長も賛成し、中園専務も頷いた。
「ところで、ロシアの大統領にコマロフが就任したようだが、どう思う?」
神原社長が質問した。
「コマロフは元軍人ですから、強硬路線を取るんじゃないか、と思ってます」
雅也が答えると、神原社長と中園専務が頷いた。
「そうなると、またヨーロッパが騒がしくなるかもしれん」
神原社長が額にシワを寄せて言った。
「そう言えば、ヨーロッパの各国から、B型救難翔空艇の注文が増えておりましたな」
中園専務が思い出したように言う。B型というのは通常の救難翔空艇より構造が頑丈であり、改造すれば軍用としても使える。なので、ヨーロッパ各国はB型救難翔空艇を購入して、武装を追加するというのが流行っているらしい。
その中には高性能レーダーと長射程ミサイルを搭載して、防空戦闘機として使用している国も出て来ている。本格的な戦闘機を購入するより、その方が安いからだ。
宇宙開発に全力を注ぎ込めると思っていたのに、ダメらしい。雅也は物騒な方向へ進んでいく世界を残念に思った。
「聖谷常務、あの衝撃波発生装置を改造して、衝撃波を前方だけに発生させる事はできませんか?」
中園専務が提案した。それを聞いた雅也は、研究してみますと答えた。
港からマナテクノ本社に戻った雅也は、研究室へ行って源勁結晶の研究をしている真島主任に、源勁結晶から発生する衝撃波に指向性をもたせられないか研究するように頼んだ。
早速研究を始めた真島主任には、何か勝算があるようだった。
「源勁結晶から衝撃波を発生させる時には、ある特殊な磁場が必要なのですが、その磁場の形状を変えて実験したことがあるのです。その時、衝撃波の広がり方が変だったのを思い出しました」
真島主任を中心に研究が進められ、源勁結晶から衝撃波を発生させる時に、磁場の形状を変える事で、衝撃波に指向性を与えることができると判明した。
今までの衝撃波発生装置は使い捨ての道具だった。だが、衝撃波に指向性を与えられれば、源勁結晶を装填するだけで何回でも衝撃波を撃ち出せるようになる。
「これを応用すれば、面白い武器を作れるかもしれないな」
雅也と真島主任は協力して、『衝撃波砲』を開発した。その威力は衝撃波を食らった戦闘機がばらばらになって墜落するだけのものがあった。
そして、衝撃波の広がりを選択することができるようにした。ほぼ直進する衝撃波と五キロ進んだ時点で、直径五キロの円状に広がる衝撃波である。その拡散衝撃波は、敵がミサイルなどで攻撃してきた時の迎撃用である。
そんな研究を進めていると、ロシアが急に宇宙開発だと言い出し、地球の近くを通り過ぎる小惑星を捕獲して、活用すると宣言した。
雅也はロシアが何を考えているのか理解できなかった。世の中の識者と呼ばれている人は、宇宙開発時代に乗り遅れまいとしているのだと言う。
ただ泥縄式の宇宙開発では、成果が出ないのではないかと雅也は思った。
そんな時、イタリアの火山が大噴火を起こした。歴史的に見れば、火山の噴火など珍しい事ではないのだが、吹き上げられた火山灰がヨーロッパ各地に降り積もった。
その火山灰は太陽光パネルの上にも降り積もり、ヨーロッパの電力事情に大きな影響を与えたらしい。その影響なのか、日本の宇宙太陽光発電プロジェクトに参加させて欲しいという国が増えた。
ロシアも参加を希望したのだが、さすがに日本は断った。




