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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:28 ヴィクトール準男爵

 デニスがサンジュ油を売ってから数日が経過した。その日、バラス領からヴィクトール準男爵が馬車で訪れた。準男爵にしては、不釣り合いなほど豪華な馬車である。


 バラス領とベネショフ領の間を流れるユサラ川には橋が架けられていない。ここに馬車で現れたということは、馬車や馬も渡せるような大型の渡し船をヴィクトールが用意したということだ。


 バラス領とベネショフ領の間は、あまり人の行き来がない。小さな渡し船で十分なはず。そこに大型の渡し船を用意するのは、必要になったからだと推測できる。


 やはり、ブリオネス家からサンジュ林を借地として取り上げサンジュ油を作ろうとしている、としか思えない。かなり以前から計画していたのだろう。


 馬車から丸顔のヴィクトールが降りてきた。薄笑いを浮かべて屋敷の前に立ったヴィクトールは、エグモントを見下すような目で見た。


 エグモントはヴィクトールを応接室に案内した。ヴィクトールは護衛兵二人を連れて応接室に入る。そこでデニスとエグモントが相手をした。


「エグモント殿、心は決まったのか」

 エグモントがヴィクトールを睨む。

「すでに決まっている」

「ならば、書面を用意した。署名してくれ」


 ヴィクトールはサンジュ林を借り受ける書面を取り出してエグモントに渡す。受け取ったエグモントは、ヴィクトールをひと睨みして、ビリビリと破いて捨てた。


「何をする!」

 ヴィクトールが大声を出した。背後に立っていた護衛兵が剣の柄に手をかける。デニスは二人の護衛兵を睨んだ。その眼差しには威圧するような力が含まれており、護衛兵が気圧されたように動きを止める。


「こんな契約をするつもりはない」

 エグモントが告げた。

「ならば、利息が二倍になってもいいのだな」

「それも断る」


 ヴィクトールが目を怒らせ立ち上がった。

「どういうつもりだ?」

「決まっているだろ。借金は全額返す」

 エグモントが金貨の入った袋をテーブルの上に置いた。


 ヴィクトールが袋の中身を見て、金貨の枚数をチェックした。

「た、確かに」

「では、借用書を返してくれ」

 ヴィクトールは借用書をエグモントへ渡した。その顔は不機嫌なものへ変わっている。


「どうやって金を用意した?」

「サンジュの実から、油を作った。高く売れたよ。ところで、どの辺の土地を借りたいと言っていたのだったかな」

 ヴィクトールが顔を赤くしている。怒りを堪えている顔だ。


 目を吊り上げたヴィクトールが、バラス領に帰っていった。

「デニス、お前は領主に向いているのかもしれないな」


 エグモントの言葉に、デニスは首を傾げた。デニス自身は領主に向いていると思っていなかったからだ。

「そういえば、母上たちはいつ帰ってくるのですか?」

「今日手紙が来た。明後日戻るそうだ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 バラス領に戻ったヴィクトールは、執務室に入り金貨の入った袋を睨みつけていた。

「なぜ、こんなことに」


 そこにベネショフへ使者として出向いた従士マヌエルが入ってきた。

「ベネショフの奴らは騙されたとも知らずに、署名しましたか?」


 ヴィクトールが手に持っていた金貨の袋を床に投げ捨てた。金属と金属がぶつかる音が響き、袋からこぼれ出た金貨が床に散らばる。マヌエルは、ヴィクトールの突然の行動に驚いた。


「ど、どうされたのです?」

「エグモントの奴が、借金全額を返しおった」

「まさか、ベネショフ領の財政状態で、返せるはずが」

「サンジュ油だ。奴らはサンジュの実を絞って油を作り、金にしたのだ」


 マヌエルは驚いた。ヴィクトールは、サンジュ油の作り方を西の隣国ヌオラ共和国から金貨一〇〇枚を支払って手に入れた。それが昨年のことだったからだ。


 ゼルマン王国では、今は失われたオルベネショフ家だけが、その知識を持っていた。バラス領主は、薄々気づいていたが、細かいノウハウや大量生産の方法が分からなかった。そこでヌオラ共和国からノウハウを買ったのだ。


 それなのに肝心のサンジュ林が手に入らなかった。

「エグモントめ、どうしてくれよう」

 どうやってベネショフ領を苦しめてやろうか、とヴィクトールは考え始めた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヴィクトール準男爵に借金を返した翌々日、母親のエリーゼと妹たちが屋敷に戻った。


 デニスはエルマたち使用人に手伝ってもらいながら、サンジュ油の製造を手伝った人たちをねぎらう慰労会の準備を始めた。


 最初に始めたのは、ライ麦パンの改良である。デニスは雅也が日本で食べた料理の味を間接的に知っている。それに比べると、ベネショフの料理が不味いことに不満を抱いていた。


 その筆頭がライ麦パンである。なぜ不味いのか、理由は分かっている。まずライ麦の粉に砂や籾殻などのゴミが混じっているのだ。


 アメリアとフィーネ、ヤスミンに手伝わせ、ゴミを取り除いたライ麦粉を完成させた。目の細かいふるいでゴミを取り除いたので綺麗なライ麦粉になった。


「デニス様、ライ麦粉が少なくなりましたけど、いいんですか?」

 ヤスミンが質問した。今ゴミとして取り除いた麦の表皮部分は、ふすまと呼ばれている。多くの食物繊維やミネラルを含んでいるので健康には良い。


 但し町で使われている石臼では細かくならず、パンにした時に舌触りが悪くなるようだ。そこで取り除くことにした。


 ふすまは嵩増しになるので意図的に入れている場合がある。貧しい人々の知恵だ。

「いいんだ。美味しいパンを食べたいから」


 数日前から用意していたサワー種を持ってくる。これは普通の天然酵母ではなく、ライ麦粉とぬるま湯を等量混ぜて放置し自然発酵させて作ったものだ。サワー種はイースト菌の代わりとなる。サワー種は果物のような香りとなったら完成だ。


 サワー種とライ麦粉、お湯、塩をこねてパン生地を作り丸めて発酵させる。一次発酵が終わったら、一人分になるようにパン生地を分けて、ガス抜きをしてから形を整える。形は簡単なロールパンである。


 二次発酵してから、エルマにパン窯で焼いてもらった。焼き上がった頃、エリーゼが厨房に来た。

「あらっ、美味しそうな匂いね。デニスが作っているの。珍しいわね」


 焼き上がったものを試食してみる。普段のものより酸っぱいが、断然こちらが美味しい。デニスが美味しそうに食べるのを見て、アメリアが手を出した。


 一口食べると笑顔になった。

「美味しい」

「本当かしら?」

 エリーゼもパンを一つ取り上げて千切って口に運ぶ。目を見開いてまじまじとロールパンを見る。

「何で、こんなに美味しいの」


 デニスはフィーネとヤスミン、エルマにも試食してもらった。フィーネは跳び上がって喜び、ヤスミンはどういう風に作るのか尋ねた。二人とも気に入ったようだ。


 ロールパンの他にも砂糖をまぶした揚げパン、チーズと胡椒を練り込んだチーズペッパーパンも作って好評を得た。


 揚げパンは子供たちや女性に人気で、チーズペッパーパンはエグモントなどの男性に人気だった。


 慰労会の日、漁師から仕入れた魚を焼き、野菜スープと各種パンで領民をもてなした。もちろん、男たちには酒が振る舞われる。小さな祭りのような慰労会だ。


 長く苦しい日々が続いたので、人々は心の底から笑った。男たちは大いに飲み、女性や子供たちは美味しいものを食べた。


 この中の何人かは、エグモントが使用人として雇うことになっている。サンジュ林には、まだ拾われていない種子が残っている。その残った種子を拾う作業と拾った種子から油を作るという作業をやってもらうためだ。


 種子が拾えなくなったら、サンジュ林の手入れをしてもらうことになる。下草を刈り、邪魔な雑木を切り倒すのだ。


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