scene:287 元迷宮主の脅威
空神の馬車の話が終わると、迷宮の話になった。
迷宮主を倒すという計画は中止になったが、迷宮を探索して様子を探るという活動は続いていた。それによると、迷宮の内部で地震のようなものが発生するようになっているという。
その頻度も増えており、近々何か起こりそうだと報告された。国王がデニスに目を向ける。
「迷宮主の交代時に、何か起きるのであろうか?」
デニスも岩山迷宮を調査しているが、地震など起こっていない。起こっているのは、迷宮主が討伐されていないミモス迷宮と湖島迷宮だけのようだ。
「迷宮主と新迷宮主が反発しているのでしょうか?」
デニスにも分からないことだった。それを聞いた国王が難しい顔になる。
「だとすると、迷宮主の交代は近いのかもしれない。デニス、頼んでおいた兵の増強はどうだ?」
「はい、子爵としては標準である五百名まで増強し、特別に百人の王都派遣部隊を編成して鍛え上げているところです」
ミモス迷宮から迷宮主が出てきた時には、その王都派遣部隊と一緒に元迷宮主と戦うことになっていた。それは他の領地でも同じで、王都派遣部隊の編成と鍛錬が始まっているはずだ。
「ところで、近隣諸国には警告したのでしょうか?」
「警告はしたが、ヌオラ共和国とラング神聖国は無視することに決めたようだ。バイサル王国は迷宮主狩りを始めたらしい。但し、バイサル王国でも全部の迷宮主を倒すことは難しいと言っておる」
「と言うことは、元迷宮主が迷宮から出てきた時に、戦うことになるのですね?」
国王が頷いた。
「問題は、ミモス迷宮と湖島迷宮の元迷宮主もそうだが、他国の元迷宮主が我が国に入って来ることも予想されるということだ」
特に国境に面している領地を持つ貴族は、他国の元迷宮主にも注意を払い領地内に入ろうとするなら、撃退しなければならない。
そうなると兵士の移動手段は重要なものになる。
「デニスよ、空神の馬車を、もう少し大勢の兵を運べるようにならぬだろうか?」
「それは難しいと思います。開発するのに長い年月が必要でしょう。……兵の移動用ならば、ボーンエンジンを利用した大型馬車が良いかもしれません」
「しかし、悪路を高速で移動すれば、兵が体力を消耗するのではないか?」
「確かに、その通りでございますが、人間はどんな環境にも慣れるものでございます」
デニスは兵たちに無理を押し付ける提案をした。国王が苦笑いする。
「そうだな。試してみる価値はありそうだ」
という事で、十六人乗りの兵員輸送車を開発することになった。この開発は王家が中心となって進めることになったので、王都の工房で開発が行われた。
王都の工房は、ベネショフ領の工房が空神の馬車を開発したのだから、地面を走る兵員輸送車なら簡単に開発できるだろうと考えていたらしい。
だが、その開発に問題が続出した。悪路を走るので丈夫に作らなければならないが、速度が落ちるので重量を増やしたくないという矛盾が問題になった。
その他にも車輪の問題やブレーキ、運転装置など数多くの解決するべき問題が発生した。ベネショフ領なら、地球の歴史の中で解決している問題なので、デニスから解決案を聞けば良かったが、王都での開発となるとそういうことはできない。
結局、長い時間を掛けて王都の職人たちが解決した。完成した兵員輸送車は、七十年ほど前の日本で走り回っていたオート三輪のような兵員輸送車になった。
それを見たデニスは苦笑いした。だが、王都の職人に任せたことは無駄ではなかった。その開発で多くのノウハウが蓄積されたからだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
兵員輸送車の開発が終了する頃になると、ミモス迷宮と湖島迷宮で起こる地震が一日に一回以上となり、国王は迷宮での活動を禁止した。
そして、迷宮主の交代の日が来た。まず湖島迷宮で迷宮主が交代した。すると、湖の島にある迷宮の出入り口から、巨大なカエルが現れた。
全長十二メートルほどの巨大なカエルだ。その報せを受けたデニスは、急いで王都へ向かった。フォルグキャリッジに同乗しているのは、イザーク・フォルカ・ミヒャエルと兵士二人である。
「湖島迷宮の元迷宮主は、どんな化け物なんですか?」
従士ゲレオンの息子であるミヒャエルが尋ねた。
「デカいカエルらしい。しかも、口から炎を吹き出すドラゴンのような巨大ガエルだそうだ」
イザークが教えた。
「火を吹くカエルか」
ミヒャエルはピョーンと跳んで、がーっと火を吹くカエルを想像して、顔をしかめた。
「しかし、湖島迷宮の迷宮主が巨大ガエルというのは、相応しいような気がしますが、火を吹くというのは予想外でしたね」
フォルカたちは、どんな元迷宮主が出て来るのか、予想していたらしい。
フォルグキャリッジが王都に到着すると、そのまま湖を目指して飛んだ。空から巨大ガエルを確認しようと考えたのである。
湖畔にある住宅街で元迷宮主が暴れていた。その化け物を取り囲んだ兵士たちが、真名術を使った攻撃や弓矢による攻撃で攻め立てているが、あまり効果はないようだ。
巨大ガエルが兵士に向かって炎を吹き出した。逃げ惑う兵士たちと身体に火がついて転げ回る兵士、デニスたちは化け物を攻撃しようと考えたが、周りに居る兵士たちが邪魔だった。
「仕方ない。城に行って、兵士たちを下げるように命じてもらおう」
フォルグキャリッジを白鳥城の訓練場へ飛ばした。緊急時には訓練場を着陸場所にして良いという許可が下りているのだ。
着陸したフォルグキャリッジから降りたデニスは、白鳥城へ向かう。衛兵に国王への謁見を申し出ると、謁見の間へそのまま行くように言われた。予め指示が出ていたようだ。
「デニス、よく来た。あの化け物を見たか?」
「はい、見ました。攻撃しようと考えたのですが、味方を攻撃に巻き込みそうで、兵士の後退を申し上げに来たのです」
国王が頷いた。
「分かった。余から指示を出しておく。だが、倒せそうなのか?」
「分かりません。真名術の効果がなかったようですね?」
「そうなのだ。爆噴爆砕球や赤外線レーザー砲撃も効果がなかった。十分気を付けるのだぞ」
「分かりました」
デニスはイザークたちを連れて、元迷宮主のところへ向かった。




