scene:286 空飛ぶ馬車 2
デニスは乗りたいという重臣や貴族を乗せて、訓練場の上空を飛んだ。さすがに何度も王都の上空を飛ぶと騒ぎが大きくなると考えたのである。
試乗が終わり白鳥城へ戻ったデニスたちは、会議室で話し合いを始めた。
「デニス殿、あの乗り物は何という名前なのかね?」
「空神の馬車という意味で、フォルグキャリッジと名付けました」
「なるほど、空神の馬車か」
正式名称は『フォルグキャリッジ』なのだが、なぜか『空神の馬車』という名前が広まった。
クリュフバルド侯爵がデニスに顔を向ける。
「デニス殿、その空神の馬車を製作するには、どれほどの時間が掛かるのかね?」
「今の体制では、二ヶ月で一台という感じでしょう」
「二ヶ月で一台か、思っていた以上に少ないな」
「複雑な操縦システムを作るのに時間が掛かるのです」
精密加工技術が未発達の世界では、精密さを必要とする部品の製作には、手間と時間が掛かるのである。ベネショフ領でも分業が必要かもしれない。
ベネショフ領で動力部と操縦装置だけを作り、職人がたくさん居る王都などで機体を作製するという風にすれば、もっと早く生産できるかもしれない。
そのことを国王に伝えると、マンフレート王が首を傾げた。
「その機体の開発にも、ベネショフ領の職人たちによる工夫が有るのでは?」
工夫したのは日本の技術者なので、ベネショフ領の職人たちは言われた通りに作っただけである。国王は職人たちの工夫を教えても良いのかと尋ねたのだ。
「もちろん、工夫はございます。ですが、秘密にして広めなければ我が国の工業は、発展しないでしょう。できますれば、職人の工夫や発明を記録し、それを他人が使う場合は金銭などを保証する制度を整える必要があると考えております」
デニスは特許制度の設立を願い出た。
「なるほど、面白い制度だ。検討させよう」
国王はクラウス内務卿へ視線を向ける。
「ベネショフ領が機体製造の工夫を開示した場合、王都で作れそうか?」
「職人をベネショフ領へ派遣して、調べさせなければお答えできません」
「そうか、愚問だったな。職人をベネショフ領へ派遣する手配をしてくれ」
「畏まりました」
「デニス殿、この空神の馬車には、どれほどの重さまで乗せられるのかな?」
コンラート軍務卿がデニスに尋ねた。
「人を六人乗せて、飛べます。ですが、六人乗せると荷物はそれほど乗せられません」
「つまり、二人の人間を乗せた場合、四人分の体重くらいなら、荷物を乗せられるのだな?」
「そういうことになります。もしかして、軍事作戦に使えるのでは、と考えておられますか?」
軍務卿が頷いた。
「デニス殿は、何の妨害も受けずに、王都へ入って来れたのです。王国の防衛を担う者として、空神の馬車が何をできるか調べ、敵国が同じものを手に入れた場合に、どう対応するかを考えねばなりません」
軍務卿としては当然のことなのかもしれない。それを聞いた国王も頷いていた。
「話は変わるが、動真力エンジンは回転させることによって、進む力を発揮するという。ならば、どうやって回転させているのだ?」
「電気の力で電気モーターを動かし、回転させています」
デニスは電気と磁石について説明し、その電気をボーンエンジンによって作っていると話した。
「なるほど、ボーンエンジンの力が元になっているということか。ボーンエンジンを作るには『骨細工』の真名が必要だったな」
国王の言葉に、デニスは頷いた。デニスが『骨細工』の真名をコピーして、ボーンエンジンが作れる職人を増やさねばならないだろう。
それともアルコール燃料エンジンでも開発するべきだろうか。デニスは真名というあやふやな存在を基礎として工業を発展させるのは危険な気がした。それでアルコール燃料エンジンというアイデアが浮かんだのである。
ただアルコールを製造するには、穀物を消費する。農業技術が発達していないゼルマン王国では、余剰な穀物がほとんどないので、難しいだろう。
「そう言えば、『雷撃』の真名で撃ち出す雷撃球は、電気の塊という話でしたね。電気を発生させる真名が有るのではないでしょうか?」
クラウス内務卿が突然言い出した。
「迷宮の湖に巣食う雷王魚から、それらしい真名を手に入れられると聞いたことがあります」
テオバルト侯爵が情報を出した。すると、皆の目が一斉にデニスへ集中する。
「それを確かめるのは、テオバルト侯爵にお願いできませんか。私はベネショフ領へ戻り、王都から来る職人たちを迎える準備をしなければなりません」
国王が頷いた。
「そうだな。何でもデニスに頼るのは間違いだ。テオバルト侯爵よ、頼む」
テオバルト侯爵が頭を下げ、
「畏まりました」
と声を上げた。
「デニス殿、ベネショフ領で空神の馬車を製作して、売る予定が有るのかな?」
クラウス内務卿が尋ねた。
「もちろん、有ります。但し、これはまだ研究開発中の乗り物ですので、少量ずつの販売になるでしょう」
クラウス内務卿が国王へ顔を向ける。
「陛下、空神の馬車の価値はどれほどだと思われますか?」
内務卿は王家が購入する場合、どれほどの値段になるか知りたかったようだ。
「値段か……できるだけ安い値段で手に入れたいが、そんな値段だと他国に転売するような者が出て来るかもしれん。デニスと相談して決めるとしよう」
空神の馬車は、かなり高額で取引されることになった。それに国の軍事機密品という指定がなされ、所有者も転売することを禁じられた。




