scene:285 空飛ぶ馬車
デニスは白鳥城に登城した。デニスが白鳥城に入ると、衛兵に謁見の間に案内された。謁見の間には、国王はもちろん、クム領のテオバルト侯爵とクリュフ領のクリュフバルド侯爵、ダリウス領のウルダリウス公爵などの姿が見えた。その後ろには重臣たちの姿がある。
街に流れた噂を聞いて、集まったようだ。
「ブリオネス子爵家デニス、お召しにより参上いたしました」
「ご苦労、本日は尋ねたい事があって呼んだ」
「尋ねたいとは、どのようなことでございますか?」
分かっているが、取り敢えず確認した。
「王都の住民から、ブリオネス子爵家の屋敷に奇妙なものが舞い降りたという報告があった。心当たりがあるか?」
「はい、ベネショフ領で新しく開発した乗り物でございます」
謁見の間がザワッと騒がしくなる。
「静かにせよ。デニス、それで開発した乗り物というのは、どういうものなのだ?」
「空を飛ぶ乗り物でございます」
「馬鹿な」
「本当なのか?」
ウルダリウス公爵と重臣たちが騒ぎ始めた。テオバルト侯爵とクリュフバルド侯爵は厳しい顔をしていた。空を飛ぶ乗り物が世の中に広まった場合の影響を考えているのだろう。
「デニスよ、その乗り物を見せてくれぬか」
「承知いたしました」
三十分後に訓練場で披露するということになり、デニスはフォルグキャリッジを取りに屋敷に戻った。
翔空艇とフォルグキャリッジの違いは、翔空艇の形状はヘリコプターと小型艇をモデルにしてデザインされたが、フォルグキャリッジは馬車をモデルにデザインされたという点だ。
但し、空を飛ぶために必要な方向舵や昇降舵が付いているので奇妙な乗り物に見える。フォルグキャリッジは方向舵や昇降舵を除けば昔のクラシックカーを連想する形になっている。
屋敷に戻ったデニスは、カルロスたちに説明して、カルロスと一緒にフォルグキャリッジに乗って白鳥城へ向かう。今度は道を滑るようにしてゆっくりと白鳥城へ行く。
遠目には馬のない馬車が進んでいるように見えるが、近くで見ると車輪が接地していないのが分かるので、非常に奇妙に見える。おかげで行き交う人々が不審そうな目でフォルグキャリッジを見ていた。
門から入ったデニスは訓練場へ行った。訓練場には国王と重臣、それに貴族たちが待っている。フォルグキャリッジを国王から少し離れた位置に停める。
「デニスよ。それが空を飛ぶ乗り物なのか?」
フォルグキャリッジから降りたデニスが肯定する。
「そうでございます」
見物人たちが集まって来て、フォルグキャリッジをジロジロと観察する。
「形は少し馬車に似ておるが、前の席にある複雑な機械と後部にあるヒレのようなもので、全く違うものだと分かる」
「この席を操縦席と呼んでおり、これらのメーターやレバー、スイッチ、操縦桿などが操縦装置でございます」
「なるほど、飛ぶためには複雑な仕組みが必要だということか」
ウルダリウス公爵が痺れを切らしたかのように口を開く。
「早く、飛ぶところを見せてくれ」
デニスはウルダリウス公爵へ目を向けてから頷いた。
「分かりました。今から飛びます。まず訓練場を一周しますので、御覧ください」
デニスとカルロスはフォルグキャリッジに乗り込むと、機体を三メートルほど上昇させた。すると、周りから『おおーっ!』という声が聞こえて来る。
デニスは時速二十キロほどで訓練場を一周して戻って来ると着陸する。見物していた人々が歓声を上げ、拍手を始めた。見ていた全ての人々が顔を赤くするほど興奮している。
「素晴らしい乗り物だ。どうして、乗り物を飛ばせることができたのだ?」
その中で国王が質問した。
「ベネショフ領では、動真力エンジンというものを発明いたしました。それを起動しますと、回転に対して一定方向へ進もうとする力が発生するのでございます」
デニスは四つ有るエンジンルームの一つを開けて、動真力エンジンを国王に見せた。それを見た国王は複雑そうな構造だと感じたようだ。
「ふむ、難しいものを発明したのだな。それは量産できるものなのか?」
「現時点では、量産することは難しいでしょう。ですが、三十年後には量産できるようになるかもしれません」
「では、余を乗せて飛んでくれないか?」
「畏まりました。王都を一周することにいたします」
その時、クリュフバルド侯爵が前に進み出た。
「陛下、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
国王がデニスへ目を向ける。
「乗れるのか?」
「はい、大丈夫でございます」
デニスたちと国王とクリュフバルド侯爵がフォルグキャリッジに乗り込む。
「飛びます」
フォルグキャリッジが静かに上昇すると、後ろの席から『おっ』という声が聞こえてきた。王都の住民が驚くだろうが、今度は国王の許可がある。堂々と空を飛ばした。
今日は少し風が強いので最高時速までは出せなかったが、時速九十キロほどで王都を周回した。国王と侯爵は小さく見える王都を中心にぐるりと回るのを体験した。
「この乗り物で、ベネショフ領から飛んで来たのだな?」
国王がデニスに質問した。
「そうでございます」
「時間はどれほど掛かったのだ?」
「朝、ベネショフ領を出発して、その日のうちに王都へ到着いたしました」
「なんと!」
クリュフバルド侯爵が声を上げた。クリュフバルド侯爵は九日掛けて王都へ来たからだ。
「デニスよ。なぜ、このような乗り物を作ろうと思ったのだ?」
国王が真剣な顔で尋ねた。
「それは元迷宮主の件が、有るからでございます。ベネショフ領に居ても、ミモス迷宮から元迷宮主が出てきたと知らせが有れば、すぐに王都へ参上できると考えたのでございます」
国王は嬉しそうに笑って頷いた。
「その配慮は、国王として嬉しく思う。だが、飛ぶ必要が有ったのか? 馬車に動真力エンジンを付ける方が簡単なように思えるが?」
デニスは馬車に動真力エンジンを取り付けて、高速で移動する自動車を開発したら、どうだろうと考えた。やはり道路事情が問題になりそうだ。特に雨などが降れば道が泥濘み動けなくなるかもしれない。
「陛下、それを実現するには、国中の道を舗装しなければなりません」
それを聞いた国王が肩を落とした。




