scene:284 新しい乗り物
ベネショフ領では新しい乗り物の開発が行われていた。
「デニス兄さん、これはどんな乗り物なの?」
妹のアメリアがデニスの横に来て尋ねた。次女のマーゴもアメリアの横で開発中のスカイカーを見ている。
「これは空を飛ぶ乗り物なんだよ」
「ええーっ、空を?」
アメリアが信じられないという顔をする。マーゴも姉を真似て同じ顔をする。
「本当だぞ。これなら山の上だって飛べるんだ」
「でも、そんな乗り物を作ろうとしているのは、なぜなの?」
「船で王都へ行くのは時間がかかる。そこでこいつで飛んで行こうと思ったんだよ」
「ふーん、これは速いんだ」
「たぶん一日で王都へ行けると思う」
それを聞いて、アメリアばかりではなく作っている職人たちも驚いた。
「そんなに速い乗り物だったのですな」
デニスが呆れた顔をする。職人たちには鳥のように空を飛ぶ乗り物だと言ってあったのだ。
「鳥のように飛ぶと言ってあっただろ」
「しかし、デニス様。俺たちは鳥が一日にどれくらい飛べるか知りません」
そう言えば、この世界では鳥などを詳しく研究している学者は居ない。
「まあいい、そんな凄い乗り物を作っているんだ。頑張るんだぞ」
「分かりました」
職人たちは明るい顔で声を上げた。
完成が近付くと、デニスはこの乗り物の名前を考え始めた。空の神は『フォルグ』と呼ばれているので、『フォルグキャリッジ』ということにした。
空神の馬車という意味だ。馬は全然関係ないのに馬車にしたのは、自動車に対応する言葉がなかったからだ。
電気モーターとバッテリー、動真力エンジンがフォルグキャリッジに組み込まれると一応完成した。本当の完成はテストして不具合がないか確認してからになるが、これで試乗できるようになった。
バッテリーは鉛蓄電池を使用している。そのバッテリーに電気を送るのが、ボーンエンジン発電機である。
兵の一人が試乗することになった。最初はデニスが試乗すると言っていたのだが、職人たちや従士たちから止められたのだ。
まず垂直に上昇して垂直に下りるという試験を行う。兵は青い顔をして、エンジンを起動させた。そして、ゆっくりと上昇レバーを上げる。
機体がゆっくりと上昇し、機体の左後ろが下がり斜めになる。すぐに着地させて調整する。それからもう一度上昇と下降のテストを行う。今度は成功だった。
それから様々なテストが行われ、改良しながら問題なく動くようになった。
「デニス、フォルグキャリッジのテストが終わったそうだな」
エグモントがデニスに声を掛けた。
「はい、完成です。最後のテストとして、王都まで飛行するつもりですが、もう問題ないと考えています」
「それは良かった」
エグモントがホッとした顔をする。フォルグキャリッジの開発は、ベネショフ領の財政に負担を掛けていたのだ。それでもベネショフ領は豊かである。様々な産物が他領や王都に運ばれて売られ、多くの利益を上げていたからだ。
「そうだ。王都へ行くのなら、ゲラルトにボーンエッグを届けてくれないか」
「分かりました。これは骨鬼牛のボーンエッグですね。兄上はライノサーヴァントが必要になったのですか?」
「そうではないが、ゲラルトもブリオネス家の人間だ。ライノサーヴァントの一体や二体は持っていた方が良いだろうと思ったのだ」
どうやら父親からのプレゼントということらしい。デニスもプレゼントしようかと思った。余っているボーンエッグの中に、アーマードスケルトンのものがある。これをゲラルトにプレゼントしようと決めた。
次の日、デニスとカルロス、ゲレオンがフォルグキャリッジに乗ってベネショフ領を出発した。
「デニス様、鳥を追い抜いてしまいましたぞ」
カルロスが驚いた顔をしている。
今はそれほど速く飛んでいないのだが、時速五十キロほどで飛んでいる鳥も居るので、それらの鳥を見たのだろう。
王都までの半分ほどを飛んだ頃、疲れて来たので、街道の脇にフォルグキャリッジを着地して休憩することにした。
紅茶とお菓子を用意して休んでいると、商人たちの馬車が来た。最近はポニーサーヴァントに引かせている馬車も有るのだが、その馬車は本物の馬が引いていた。
「それは何でございますか?」
商人が馬車から顔を出して尋ねた。
「これはベネショフ領で初めて作られたフォルグキャリッジという乗り物だ」
「もしかして、ポニーサーヴァントかライノサーヴァントで引かせるのでしょうか?」
「いや、こいつは空を飛ぶ乗り物だ」
カルロスが答えると、商人が笑い出した。冗談だと思ったらしい。
商人がお辞儀をして去って行くと、デニスたちは顔を見合わせて笑う。
「カルロスの言葉を、全然信じていなかったな」
デニスが言うと、カルロスとゲレオンが同意する。
「それは仕方のないことでしょう。この分では王都に到着すると、大変な騒ぎになるのではありませんか?」
「それはまずいな。夕方くらいに王都の街に入ることにしよう。その頃なら食事の支度などで忙しくしているし、周りが暗くなっているので、目立たないだろう」
カルロスが頷いた。
「それがいいでしょう」
デニスたちは休憩を終えてから、再び飛び始め王都の近くまで来た。それから夕方になるのを待って街に入る。
デニスたちは気を付けていたのだが、それでも何人かの王都の住民に目撃された。それはすぐに噂となって広がった。着陸したのがブリオネス家の屋敷なので、翌日には国王から呼び出しが来た。
「最終テストが終わってから、陛下には報告するつもりだったのに」
「正直に事情を話して、騒がせたことを謝るしかないです」
カルロスの言葉を聞いて、デニスは頷いた。




