scene:280 宗教儀式
雅也たちの自宅に冬彦を招待した夜、ヨーロッパの小国で大事件が起きた。大統領が暗殺されたのである。
そのニュースがテレビで流れると冬彦が不安そうな顔になる。
「まさか、戦争になるんじゃないでしょうね」
その小国は北大西洋条約機構に加盟しているので、もし犯人がロシアだったら大きな戦いになるかもしれない。
ただ暗殺犯も逮捕されなかったので、戦争という方向には動かなかった。但し、その小国では奇妙な宗教儀式が残っており、大統領を殺した真犯人に天罰を下す儀式をしたらしい。
世界の人々は馬鹿なことを、と思った。同じように思っていた雅也も、三日後に驚愕した。ロシアの大統領が心臓発作で倒れ、そのまま死んでしまったのだ。
「どうなってるんだ。本当に天罰が下ったとかじゃないよな」
それを聞いた小雪が面白そうに笑う。
「何、馬鹿な事を言っているの。偶然に決まっているでしょ」
そうなのだろうと思ったが、あまりにもタイミングが良かったというか、悪かったというか。おかげで世界中に、その宗教儀式が本物なのかどうかの論争が起きた。
ロシアは不安定になり、世界は核兵器の管理はどうなっているのか、と心配した。
「日本政府は、どう考えているのかしら?」
「防衛省から、高速迎撃ドローンの追加注文があったようだ」
「あの衝撃波発生装置付きのミサイルみたいな兵器?」
「そうだ。追加で七十機が注文されている。来年度も注文する予定だと聞いた」
日本政府は高速迎撃ドローンの他に、高速迎撃ドローンを誘導制御するレーダーサイトを全国に展開するつもりのようだ。
この調子で高速迎撃ドローンを増やしていけば、日本へのミサイル攻撃は難しくなるだろう。例え極超音速ミサイルが実戦配備されても、それに対応する超高速迎撃ドローンの開発という仕事がマナテクノへ依頼されるだろう。
マナテクノは戦争に怯えること無く宇宙開発を進められるようになり、雅也はデニスが課題として挙げている元迷宮主を倒す方法を考える余裕ができた。
新しく手に入った真名は、『天撃』『界斬』『煉掌』『跳空』の四つである。『煉掌』と『跳空』はデニスが使い方を解明して、雅也も使えるようになっている。
雅也は新しい真名の中で『天撃』に興味を持った。この『天撃』は大規模で強力な衝撃波を発生させる真名らしい。衝撃波は大気中で爆発などが行った時に発生する。爆発により大気の圧力が急激に上昇して、その高圧の大気が音速を超えて進むのだ。
その後に爆風が続くことになるが、先頭の衝撃波は大きなパワーを持っている。『天撃』が発生させる衝撃波は、何段階かパワーの制御ができるようだ。
但し、衝撃波の後に続く爆風は、敵味方関係無く広がるので気を付けなければならない。少なくとも装甲膜を展開できる者以外は、爆風で大怪我するかもしれない。
ちなみに、これらの情報は実際に試した結果に得た情報である。太平洋の孤島まで高機動翔空艇で行って、その島で海に向かって試したのだ。
最初に試した『天撃』の真名を使った衝撃波である天撃波は、三メートルほどの岩にドンとぶつかり真っ二つにするほどの威力を示した。また後に続く爆風は百メートルほど離れていた雅也も吹き飛ばされそうになった。
その天撃波は最も威力が低いものだったのだ。この天撃波を使えば、どんな軍艦でも沈められそうな気がする。この天撃波は目標物の上空で発生して、衝撃波の壁が真下に降下するという感じのものである。
まだ工夫できそうな気がするが、マナテクノの仕事が忙しくなったので、一時中断する事にした。
マナテクノの本社に行くと、小惑星ディープロックの宇宙実験基地から、鉱石を精錬する基礎実験が終わった事を連絡してきた。
これで本格的な宇宙金属精錬工場を建設できる。マナテクノは膨大な予算を注ぎ込んで、宇宙金属精錬工場の建設と、それに続く実験コロニーの建設を開始する。
中国とロシアの混迷により、世界の注目が二つの国に集中していた。その影で日本とマナテクノは、宇宙開発を大きく進めていく。
それに関連する仕事で、雅也がツクヨミ号に乗って、小惑星ディープロックへ向かう事になった。宇宙金属精錬工場の建設現場を視察するのが目的である。離れていく地球を見ながら、デニスのことを考えた。
「デニスの世界を発展させるには何が必要だろう?」
蒸気機関は発明されているので、次の段階は内燃機関という事になるのだが、デニスの世界では石油が発見されていなかった。
雅也は研究部長に昇進した中村に、石油が存在しない世界で蒸気機関の次に開発される動力は何だろうと質問した。
「異世界の話ですか。そうですね、石油がないのなら電気モーターになるでしょう」
そうなると、技術力の低い国でも作れる電気モーターを設計させないとダメだな、と雅也は思う。でも、肝心の電気はどうするかな。
それも中村研究部長に聞いてみる。
「石炭が有るのなら、まずは石炭火力発電でしょう。なるべく環境に優しい石炭火力発電で、低技術でも作れるものを開発するべきです」
「石炭火力発電か、水力発電も可能だな」
「水力発電は、場所が限られていますから、規模を拡大するには石炭火力発電じゃないですか」
こちらの世界では、石炭火力発電を減らそうという時勢になっているが、デニスの世界は蒸気機関が始まったばかりである。
そう言えば、デニスの世界にはフェシル人という先住民族が居たのを雅也は思い出す。彼らはどういう動力源を所有していたのだろう。これはデニスが調査すべきだなと思った。
仕事の合間に中村研究部長と話をしながら、旅は進む。ツクヨミ号が小惑星ディープロックの宇宙実験基地に到着すると、外の光景を映し出すモニターに建設途中の宇宙金属精錬工場が映し出された。
この宇宙金属精錬工場は、極めて少ない人数で操業できるように設計されている。最終的にはカマボコ型の建物になるはずだが、今は骨組みしかない。
「聖谷常務、この工場が完成した後に建設される実験コロニーは、何人くらいが生活できるのです?」
中村研究部長が尋ねた。
「三百人ほどを予定している。完成したら、世界中の研究者が実験コロニーで働きたいと殺到するだろう」




