scene:279 元迷宮主対策
デニスたちが凱旋すると、ベネショフ領はお祭り騒ぎとなった。エグモントは食事と酒を用意して、領民や祝いに来た者たちに振る舞い一緒に祝う。
デニスたちは傷を治し疲れを癒やした後、王都へ向かう。迷宮主を倒した事を報告するためである。移動に使うのは、新しく建造したベクタール号という高速クルーザーである。
ベクタール号は三基のボーン動真力エンジンを搭載する高速船である。と言っても、時速三十キロほどが巡航速度となる。
この高速クルーザーは十二人乗りの船であるが、乗っているのは六人だけ。船を動かすだけなら、三人で十分なのだ。
ベネショフ領の港を出たベクタール号は、海を東へと進む。ゴルツ半島の沿岸を進みロウダル領の港に到着したのは、三日後のことだった。
ロウダル港から一日で王都モンタールへ到着。白鳥城に登城すると国王に謁見した。
「報告は聞いた。岩山迷宮の迷宮主を倒したそうだな」
「はい、こうして陛下に成功の報告ができることを、光栄に存じます」
「よくやった。残るはミモス迷宮と湖島迷宮だけとなった。だが、この二つの迷宮は深く迷宮主を倒すために、最終階層へ到達するのは、難しい」
「どうされるのでございますか?」
「最悪の場合を想定して、対策を取ろうと考えておる」
国王は迷宮主が交代して、元迷宮主が地上に出たところを退治するという状況も考えているという。
「ですが、その場合、迷宮の近隣に住む者たちが、被害を被ることになるかもしれません」
「分かっておる。その者たちには、避難することを命じるつもりだ」
「しかし、その混乱を考えますと……」
「仕方ないのだ。迷宮を攻略している者たちの犠牲者数が多くなっている。デニスよ。その方には優れた知恵がある。その知恵を使って、元迷宮主を倒す方法を考えてくれ」
「承知いたしました」
国王は迷宮自体の攻略によって出る犠牲者を考えて、方針を変えたようだ。確実に元迷宮主を倒す方法となると、迷宮主を倒して新たに手に入れた真名と地球側の科学を研究することが重要だろう。
国王への報告を終えたデニスは、テレーザ王女に会いに行くように言われた。城の奥へ行く途中、デニスは新しい真名について考えた。
迷宮主を倒して手に入れた真名は、『天撃』『界斬』『煉掌』『跳空』の四つだった。これらは強力な真名である。力の衰えた巨人族の姫が使えなかった真名らしい。
その中で『煉掌』と『跳空』はどんな真名なのかが分かった。『煉掌』は掌打した敵の体内に、細胞を焼き尽くすほどの熱を発生させるものだった。
『煉掌』を使った煉掌打が魔物に命中すれば、一撃で仕留めることができるだろう。
『跳空』は何も無い空間に力場のプレートを発生させて、それを足場に跳躍することができるようになるらしい。やり方によっては、空中からの攻撃もできるようになる。
デニスは新しい真名を使った戦い方を考えながら進み、王家のプライベート空間へ到着した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
デニスが迷宮主を倒した頃、雅也はテレビで中国状況のニュースを見ていた。
北京で共産党の人民代表が殺され内戦が始まったのだ。
「酷い状況だな。このままだと中国は、七つか八つくらいに分かれるんじゃないか?」
雅也が冬彦に言った。雅也の家に招待された冬彦は、ワインを飲みながら頷いた。
「そうですね。新疆ウイグル自治区やチベット自治区は、独立国となるのかな」
「中国は混乱して、自分たちの世話で一杯になるだろう。問題はロシアだな。あそこはヨーロッパ方面に軍を移動して、近隣諸国を脅している」
雅也が言うと冬彦が頷いた。世界は中国とロシアを注目していた。これは戦乱を予想して注目しているのだが、日本も違う意味で注目されていた。
日本政府が発表した新エネルギー計画に驚いたのだ。世界は気候変動対策として脱炭素に向かっていた。だが、太陽光発電や風力発電は不安定なものなので、基幹電源とするのは難しかった。
そんな状況で宇宙太陽光発電システムが完成したのだ。基幹電源となる十分な発電能力があり、数を増やしていけば発電原価も下がると分かったのである。
ただ宇宙太陽光発電システムを運用するには、ある程度の宇宙技術を持つ国でないと難しかった。それらの国々はマナテクノから高出力の動真力エンジンを購入して、独自の宇宙船を持とうとしている。
ヨーロッパ諸国は新しい宇宙船を建造して宇宙での本格的な活動を始めようとした時、ロシアが変な動きを始めたのだ。
ロシアは、ヨーロッパ諸国を威嚇するように軍を国境線に移動させたのだ。ロシアは大量のエネルギー資源を売っているので、宇宙太陽光発電システムに反対しているらしい。
「B型救難翔空艇をヨーロッパへ輸出しているらしいですね?」
冬彦が真面目な顔で言う。この件は日本国内で反対する者が居る。ロシアとヨーロッパの争いに首を突っ込むな、と言うのである。戦争に巻き込まれたくないということだ。
「マナテクノが輸出しているのは、あくまでも救難翔空艇。それを武装して使うことまで、マナテクノは関知しない」
「げっ、役人の言い訳みたいなことを」
「仕方ないだろ。そうでも言わないと五月蝿いことを言う人がいるんだ」
「まあ、それはいいとして、日本政府が隕石爆弾を用意していたというのは、本当なんですか?」
雅也は首を振って否定する。
「それは違う。中国政府に対する張ったりだ。用意しているように見せただけだ」
「なるほど、張ったりか。そうじゃないかと思ったんだけど」
「だけど、隕石爆弾を落とせるかどうかで言うと、落とせるぞ」
「えっ、張ったりじゃなかったんですか?」
「起重船は、五十トンの質量を宇宙にまで運び上げることができるんだ。よく知らないけど、五十トンも有れば、小型の核兵器ほどの威力で落下するんじゃないか」
隕石爆弾にするには、途中の大気中で燃え尽きないように工夫する必要があるだろうが、それほど難しいことではないだろう。計算したこともないが、五十トンの鉄の塊が隕石となって落下したら、どれくらいの大きさのクレーターが出来るのだろう、と雅也は想像した。




