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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:27 サンジュ林の価値

 雅也がカーバンクルから得た真名を採石場跡地で試してから数日経った頃、異世界のデニスがベネショフ領で目を覚ました。


 影の森迷宮でドライアドを倒し、その実を手に入れたデニスは、祖父イェルクの病気が治るのを見届けた後、エグモントと一緒にベネショフに戻った。


 エリーゼとアメリア、マーゴ、エルマは、祖父が完全に回復するまでクリュフで看護すると決めたようだ。


 デニスはベネショフに戻って、休む暇もなく鍛冶屋のディルクと木工職人のフランツを屋敷に呼び、協力して圧搾機と粉砕機を作るように頼んだ。


 椿に似たサンジュは、すでに大きな実をつけていた。その実を収穫し、油を抽出する準備を始めなければならない。


 サンジュ林を調査し、どれほどの労働力が必要か見積もるところから始めた。その見積もりには、従士であるカルロスも手伝ってもらう。


 カルロスはエグモントの幼馴染みであり、長年ベネショフ領を支えてきた貴重な人材だった。数字にも強く人使いも上手いので、エグモントは頼りにしている。


 デニスはカルロスと一緒にサンジュ林に来た。

「本当に、この実から油が取れるんですか?」

「間違いない。問題はどれだけサンジュの実を集められるかだ」


 椿の実もそうだが、サンジュの実を集めるのは大変な作業である。とはいえ、手間賃を払わなければならないので、無制限に人を集めることもできない。


 サンジュ林は、デニスが思っていた以上に広い。多くの実が取れると確信した。


「ところで、油はどれほどの値段で売れるのでしょう?」

 カルロスが質問した。デニスは雑貨屋のカスパルから仕入れた情報を思い出し、

「今年は油根が不作だったと聞いている。例年より高くなると思うよ」


 油根とは落花生のような実をつける植物である。庶民が使う油は、その実から作られたものだ。カスパルから聞いた話を基に計算すると、一リットルが銀貨四枚になるようだ。


 サンジュ油製造の準備をしたり、フィーネたちと迷宮に行ったりする日々がすぎ、サンジュの実を収穫する日が来た。


 収穫のために集めた人は、五〇人ほど。それぞれがカゴを持ち、散らばってサンジュの種子を拾い始めた。サンジュの実は熟すと、種子だけがポロリと地面に落ちる。


 サンジュの実の収穫と言われている作業の半分ほどは、その落ちている種子を拾う作業になる。とはいえ、全部の種子が落ちているわけではないので、棒で枝についている実を落とす係りの者もいる。


 その収穫の作業には、フィーネとヤスミンも参加していた。

「デニス様、頑張って一杯採りますね」

「俺も頑張るぞ」


 二人は張り切っているようだ。デニスが留守にしていた間、二人は岩山迷宮の一階層と二階層でスライムと毒コウモリを相手に戦った。


 デニスが一階層と二階層だけなら二人で探索してもいいと許可していたのだ。採掘した亜鉛やスズは、雑貨屋のカスパルに売り小遣いを稼いだらしい。


 その日、大量の種子が収穫された。殻が付いているものは種子だけを取り出して選別する。虫食いのものは除いて状態の良いものだけを残す。


 サンジュの実の収穫は一日では終わらない。翌日も収穫作業を続けてもらっている間に、デニスは搾油の準備を始めた。


 ディルクとフランツは、頼んだ圧搾機と粉砕機を完成させてくれた。ほとんどの部品は鉄の鋳造品だが、ところどころに木材が使われている。


 種子を乾燥させた後、サンジュの実を蒸し器で蒸してから、一日放置して冷ます。その実を粉砕機で粉々にして、圧搾機で圧力をかけ油を絞り出す。


 用意した桶にサンジュ油が溜まり、それを一度煮沸してから、紙を使って濾過する。出来上がった油は黄金色をした綺麗なものだった。


 油壺に入れられたサンジュ油は、屋敷の蔵に仕舞われた。それらの作業が同時並行で続けられ、蔵の中に油壷が増えていく。蔵の中が油壷で満杯になった。


 雑貨屋のカスパルを呼んで、これらの油がどれほどで売れるのか見積もらせた。

「例年ならば、王都に持っていけば金貨二五〇枚、クリュフだと金貨二〇〇枚というところでしょうか」

 それを聞いたエグモントが目を見開いた。

「素晴らしい。これでヴィクトール準男爵から借りた金が返せる」


 そんな時、バラス領のヴィクトール準男爵から使者が来た。使者マヌエルは卑屈な笑いを浮かべるタヌキ顔の男である。

「ヴィクトール様からの通達である」


 その通達によると、来年から借金の利子を倍にするという一方的なものだった。

「そんな勝手な」

 エグモントが抗議した。


 だが、マヌエルは冷たくあしらった。

「それが不服と言うのなら、今年中に借金のすべてを返せとのことでございます」


 怒ったエグモントが鬼のような顔になっている。

「父上、落ち着いてください。我が家の蔵を思い出してください」

「そ、そうだった」


 マヌエルは、デニスの言葉でエグモントが落ちついたのを不審に思ったが、通達の続きを述べ始めた。

「ヴィクトール様も、ベネショフ領の内情はご存知であります。そこである条件を飲めば、利子を倍にすることは中止するとのことです」


 エグモントが冷静になり確認した。

「その条件とは?」

「貴領の中央にあるサンジュ林を、一〇〇年間借り受けることが条件でございます」


「それは無償でということか?」

「左様でございます。ご返事は一〇日後にヴィクトール様が訪問され聞かれるそうです」

「承知したと、ヴィクトール殿に伝えてくれ」


 マヌエルが去ると、エグモントがデニスを連れて蔵へ向かった。蔵に入り中に置かれている油壺を確かめる。

「これを至急売らねばならん。カスパルを呼べ」


 デニスがカスパルを呼んでくると、三人で話し合いが行われた。売る場所はクリュフに決まった。大勢の男たちが雇われ、荷車に油壺を乗せてクリュフに運ばせた。


 クリュフではカスパルが油問屋と交渉を行い、金貨二三一枚で売った。サンジュ油は品質が良く、油問屋は少し高くとも買うと読んだカスパルの交渉力が光った。


「坊っちゃん、いや、デニス様。どこでサンジュ油の作り方を覚えたのです?」

「僕には、友人が一人いてね。その友人が教えてくれたんだ」

「ほう、それは羨ましい」


 デニスとカスパルは、一緒にベネショフへ戻りながら話した。

「私はね。デニス様が後継者になったことを喜んでいるんですよ」

「なぜだ。ゲラルト兄上は王立ゼルマン学院を優秀な成績で卒業され、武術もかなりの腕前だ。いい領主になったと思うけど」


 カスパルが首を振った。

「ゲラルト様は、ずーっとエグモント様が援助されていたので、お金の大切さを知っておられない。それに比べ、デニス様は私どものような零細商人からも値切ろうとなさる。立派なものです」


 その言葉に棘があるのに気づいたデニスが顔をしかめた。

「それは油の交渉も上手くいったのだから、手間賃を上乗せしろという謎掛けか?」

「さすが、デニス様でございます」

 デニスは苦笑して、手間賃に金貨一枚上乗せすることを約束した。


 デニスたちの背後には、サンジュ油を積んできた荷車が運ばれていた。その荷車は空荷ではなく、カスパルがクリュフで買い込んだ荷物が乗せられている。


「しかし、買いすぎじゃないのか?」

「いえ、今なら売れると思います」

「なぜ……あっ、もしかして、サンジュ油を作った時に払った手間賃か?」

「左様です。庶民は現金があると何かと買いたがるものです」


 荷車には生活用品や小麦粉、糸や布切れなどが積まれていた。中には酒と砂糖、チーズ、胡椒も載せている。それらはデニスが買ったものだ。


 油造りを手伝ってくれた者たちを集めて、酒やお菓子を振舞ふるまおうと考えている。

「しかし、砂糖を使った菓子など贅沢ではないですか?」

「一年に一度くらいはいいだろ」


 ベネショフ領に戻ると、エグモントに金貨を渡した。借金の元本と利息分である。エグモントは、その金貨を見て、

「これだけの利益が上がるサンジュ林を、利息代わりに借りようと考えたヴィクトールの奴は、とんでもないな」

「でも、あの林を欲しがったということは、油の作り方を知っているということです。油断ならないと思うよ」


 デニスの意見を聞いて、エグモントも頷いた。



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[良い点] 良いね♪
[一言] 簡単に貸しちゃダメだろ
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