scene:276 隕石爆弾
日本を目指して飛んで来るミサイルは、中国の湖北省のミサイル基地から発射されたようだ。日本は慌てて中国へ連絡したが、誤射だという答えで、自爆装置も機能しないという話だった。
防衛省の菊野大臣から説明を受けた黒岸総理は、下唇を噛み締めてから質問する。
「中国は誤射だと言っているが、本当だと思うかね?」
「いえ、これは韓国を支援するから、こういう事が起きるのだ、という脅しだと思われます」
「撃ち落とせるか?」
「自衛隊は精一杯のことを行いますが、難しいと思います」
「そうだ、マナテクノはダメなのか?」
「今回は報せが遅れたので、間に合わないそうです」
西から飛んできたミサイルは、最初韓国を狙っているのかと思われたのだ。だが、途中から軌道が変わり日本を目指し始めた。そのせいで警告を発する時間が遅くなったのである。
自衛隊は迎撃ミサイルで撃ち落とそうとしたが、失敗した。不運なことにミサイルは、関東にある高層ビルに命中して爆発。その爆発で百名ほどが死亡し、その後の火災で二百名ほどが死んだ。
このことは中国も予想外のことだった。最終的な目標への制御に失敗したのである。被害を出さずに山の中で爆発するはずだったのに、選りにも選って街中の高層ビルに命中してしまった。
これでは逆効果になると、中国共産党の幹部は激怒した。その通りであり、日本国民の中国に対する感情は最悪となった。
テレビやネットで世界中が、爆破されて瓦礫が地上に散らばった惨状と、火災が起きて炎に包まれた十二階から上の光景を何度も見ることになった。
政府は猛烈な抗議や非難をしたが、中国は間違いだったと言うだけで本気で謝るつもりはないようだった。中国の言い分としては、韓国に懲罰を与えている中国軍の邪魔をするのが悪いというものだ。
「中国は謝りませんね」
小雪が少し怒った表情で言った。雅也は頷いて、中国の動きを考えた。
「中国は本当にミスしたのかもしれない」
「韓国を狙って日本に命中してしまったというのですか。あり得ないです」
「俺も初めから日本を狙ったんだと思うけど、たぶん都市部ではなく山の中に落とすつもりだったんじゃないかな」
「脅しだと言うの? それでも日本の領土に落とした時点で、アウトです」
「そうだな。日本政府はどうするつもりだろう?」
「総理が、隕石爆弾を落とすかもしれないと、中国の外交部長を脅したと聞きましたよ」
「あれは中国が核兵器を使ったら、という条件が付いている」
「実行できるものなの?」
「可能だよ。実弾は小惑星ディープロックから掘り出した鉱石を使えばいい」
マナテクノでは、小惑星ディープロックから掘り出した鉱石を、地球まで飛ばして分析するという作業をしている。
「そう言えば、また検査用の鉱石を受け取る予定になっている」
検査用の鉱石なので、十キロほどである。隕石爆弾に使えるほどの質量はない。
小型起重機で宇宙まで上がったマナテクノのクルーは、レーダーで鉱石を探した。検査用の鉱石は位置が分かるように発信器が取り付けてあるのだ。
その発信器からの信号を頼りに鉱石を発見した。小型起重機が鉱石を回収して地球に戻ろうとした時、地球の傍を五百トンほどの小惑星が通過しようとしているのに気づいた。
「こんな小惑星の報告があったか?」
船長である剣持が確認した。それを聞いた操縦士の菊池が否定する。
「いえ、なかったはずです。これくらいの大きさだと地球では探知できないでしょう」
「軌道計算して、どうするか決めてもらおう」
剣持船長は、観測した情報をマナテクノへ送り指示を待った。
マナテクノでは、剣持船長からの報告を受けて軌道計算した。〇.四パーセントほどの確率で、地球に落下するかもしれないという結果だった。
マナテクノでは日本政府に確認を行う。すると、その小惑星を捕獲できないかという質問が返ってきた。マナテクノが可能だと返事すると、捕獲依頼が来た。
それを聞いた雅也は、政府が何を考えているのか疑う。
「まさか、本当に隕石爆弾を使うつもりじゃないだろうから、中国への脅しに使うのか」
マナテクノは小惑星を捕獲して、日本政府に渡した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その間にも中国と韓国との戦いは続いており、中国では焦り始めていた。西側諸国の経済制裁がじわじわと効果を表し始めていたのだ。
中国共産党の幹部である政治家たちは、短期間で終わるはずだった韓国の制圧が、まだ終わらないのかと軍の幹部を責めた。
「韓国程度に手子摺りおって、軍は何をしているのだ。アメリカ軍は、まだ本格的に参戦しておらんのだぞ」
「日本が供与した武装翔空艇が、味方の進軍を邪魔しているのです」
「ミサイルで撃ち落とせばいいだろう」
「武装翔空艇は、超低空で飛行し、地形を利用してミサイルを無効化する方法を取り始めたのです」
軍人たちの説明を聞いても、政治家たちは納得せず軍を責めた。
「いっその事、核兵器を使うか?」
政治家の無責任な言葉に、軍幹部が反論する。
「報復されますが、よろしいのですか?」
「報復だと、誰が報復するというのだ?」
「同盟を組んでいるアメリカです」
「ふん、アメリカでは、アジアの事はアジアに任せればいいという意見が多くなっているそうだ」
「そこまで言われるのならば、韓国に戦術核を使います。よろしいのですね?」
念を押された政治家たちは、ここで答えれば自分の責任となる事に気づいた。
「いや、軍人でない我々には判断できない。専門家の君たちに任せる」
「でしたら、戦術核は使わない方がいいでしょう。日本の動きに気になる事がありますから」
それを聞いた政治家たちは、眉をひそめる。
「日本がどうかしたのか?」
「宇宙で小惑星を捕獲したようです。もしかすると、隕石爆弾を用意しているのかもしれません」
それを聞いた政治家たちの顔色が変わった。
「日本人め、本気だったのか。だが、韓国が核攻撃されたからと言って、日本が我々を攻撃するとは思えない。日本と韓国は同盟関係にないのだからな」
政治家たちは戦術核を使ってでも、早く戦争を終わらせたいようだ。日本を含む西側諸国の経済制裁が、政治家たちの懐も攻めているのである。
軍人たちは、戦争の行方より自分たちの懐具合にしか興味がない政治家に反感を募らせ始めた。そして、二度、三度と政治家たちから叱責が続いた時、一部の軍人が切れた。
北京で共産党の人民代表が集まる大きな大会が行われた時に、その大会会場にミサイルを撃ち込んだのである。その後、中国で内戦が始まった。




