scene:273 朝鮮半島
結婚式を挙げた雅也と小雪が落ち着きを取り戻した頃、ロシアが何かを始めたという情報が知らされた。
「またロシアか。超越者教会の教祖は始末したのに、ロシアの大統領は正気に戻っていないのか」
雅也が愚痴のように言うと、小雪が首を傾げる。
「私はロシアより、北朝鮮の動きが気になるかな」
北朝鮮はアメリカの攻撃で指導者を失い崩壊するかに見えたが、中国の支援で軍から新しい指導者が生まれ、アメリカ軍を北朝鮮から押し出した。一九五〇年代に戻ったような状況である。
指導者を始末し核兵器を使えないようにしたので、アメリカは満足したらしい。核兵器のない北朝鮮など、無視して良いと考えたようだ。
「せっかくのチャンスだったのに、南北統一しなかったのは、なぜ?」
「統一の費用を用意できないから、というのが一般的な意見だが、北朝鮮が中国の完全な属国になったから、というのが真相らしい」
中国は北朝鮮に大きな戦力を移動させた。その状態で戦局が小康状態になり、韓国は慌てているようだ。韓国大統領はアメリカに軍の増強を要請した。
だが、アメリカは冷静だった。中国が大地震後の経済衰退で弱っているのを知っていたからだ。韓国の戦力だけで北朝鮮からの侵攻を止められると計算していた。但し、中国が核兵器や化学兵器を使わなければ、という前提でだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
韓国大統領のアン・ドゥオンは、側近であるパク補佐官を呼んで相談した。
「中国の核を抑止する手段として、アメリカの核を我が国に持ち込むしかないと思うのだが、どう思う?」
韓国では独自に核開発をするべきだという世論がある。だが、今回の場合は間に合わないので、アメリカの核を持ち込む事で、抑止力にしようと考えたようだ。
「確かに、それができれば抑止力になるでしょう。ですが、間に合うでしょうか?」
アン大統領は溜息を漏らした。
「そうだな。簡単な事ではないだろう」
話が中国の動きに移り、このタイミングで動き出したのは、なぜかという話になった。
「経済的に疲弊した中国は、我が国を属国化することで莫大な利益を得ようと考えているのでしょう」
パク補佐官の話を聞いた大統領は納得したように頷く。
「むむ、そうか。中国にとって、韓国は凄いご馳走に見えるのだろうな」
アン大統領は本気でそう思っていたが、中国の首脳の狙いは日本だった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
日本にプレッシャーを掛ける目的で北朝鮮に軍を送ったのである。中国を怒らせると大変なことになるぞと脅し、中国へもっと多くの投資をしろと圧力を掛けたのである。
中国がこういう行動を起こした理由は、中国で起きた大地震で日本企業の中国工場が倒壊したのが原因だった。
日本企業は倒壊した中国の工場を再建しようとしなかった。中国投資の損切りを決断したのだ。その事を不満に思った中国政府は、日本にプレッシャーを掛けようと考えたのである。
ただ、そのプレッシャーが日本に上手く伝わっていなかった。日本国民は、北朝鮮の中国軍は韓国軍とアメリカ軍に任せれば大丈夫だと思ったのである。
と言っても、そういう情報を集めている組織が日本にも存在し、その組織からは政府へ報告された。黒岸総理は、防衛省の菊野大臣を呼んだ。
「北朝鮮に展開している中国軍をどう思うかね?」
「危険です。もし、彼らが南下するようなことがあれば、韓国全土は戦場になるでしょう」
「中国の動きは、日本に対する圧力だという者も居る。それをどう思う?」
菊野大臣は大きく頷いた。
「大いに考えられることです。もし、それが事実なら、中国からメッセンジャーが来日するでしょう」
菊野大臣の言葉は予言となった。急遽中国から徐外交部長が来日して、黒岸総理に会談を求めたのである。
首相官邸で会った徐外交部長は、大地震の被災地を復興するために、工場再建などの資金を出すように日本に要請した。
「しかし、被災地ではライフラインの復旧も終わっていない、と聞いています。工場再建より先にライフラインの復旧でしょう」
黒岸総理が指摘すると、徐外交部長が平然とした顔で嘘を言う。
「ライフラインのことなら、心配無用です。来月には復旧するでしょう」
それが嘘なのを黒岸総理は知っていた。衛星画像からほとんど工事が進んでいないことが分かっていたのだ。こういう嘘を平然と言うところが、恐ろしいと黒岸総理は思った。
「では、ライフラインが復旧したら、経団連と検討しましょう」
徐外交部長が顔を歪めた。
「そこが日本の悪いところです。決断が遅すぎる。日本が決断しないのなら、韓国が大変なことになりますぞ。それは全て日本の責任です」
また訳の分からない理論を展開する徐外交部長に、黒岸総理はうんざりした。
「韓国の防衛は、韓国自身と米軍が責任を持っています。日本が口出しできるものではない」
「そんなことを言って良いのか。日本はアメリカの核の傘に入っているから、と安心しているようだが、今のアメリカに核戦争をする勇気はない」
「核戦争をする勇気ですと……考え違いをしているようだが、核戦争を本気で考えているのなら、それは勇気ではなく狂気ですぞ」
「ふん、我が国には同朋が十四億人もいるのだ。核戦争など怖くない」
そんなことを言う中国人も少なくないが、本当だろうか? 黒岸総理は疑問に思った。中国も少子高齢化で人口減少が始まっているからだ。
「中国には、核兵器が有るでしょうが、日本には宇宙船がある。後悔しますぞ」
「どういう意味かね?」
「中国が核兵器を使えば、日本は宇宙から隕石爆弾を落とすかもしれませんぞ」
黒岸総理の言葉で、徐外交部長の顔が青くなる。それ以降は会談にならなかった。
中国との会談を終えた黒岸総理は、アメリカと韓国の大統領をオンラインで繋ぎ、テレビ会議で徐外交部長の言葉を伝えた。
すると、アン韓国大統領が顔を歪めて言う。
「金で片付くなら、なぜ日本は出さないのだ」
日本が金を出すのは当然だという風に言う韓国大統領に、黒岸総理はうんざりする。
「中国のやり方は、テロリストの手口です。韓国はテロリストに金を払うのですか?」
「そうではないが……なら、日本も我が国に軍事援助をして欲しい」
韓国の要望を聞いたリッカートン大統領が頷いた。
「それはいい。黒岸総理、本気で軍事援助を考えてくれないか。憲法のことは知っているが、何とか回避して実現して欲しい」
アメリカ大統領から言われて、断れなくなった黒岸総理は閣僚を集めて相談した。そして、マナテクノに一つの注文を出した。




