scene:270 英霊の花
ノルベルト団長が亡くなったという情報が、クリュフ領全体に広がった。人々は団長の死を悲しみ大勢の領民が団長の葬儀に参列する。
デニスたちも参列して、花を手向ける。ランドルフが青い顔をして葬儀に参加していたので、その横に近寄ると話し掛けた。
「ランドルフ殿、そんな顔をしていては、ノルベルト団長が浮かばれませんよ」
「でも、私のせいで団長が死んだのは事実。それを思うと苦しいのだ」
ランドルフの気持ちも分かるが、それでも次期領主ならば耐えて乗り越えなければならないことだ。
「こういう時には、涙を流せば気持ちが落ち着くこともある、と聞きました」
「これでも次期領主だ。皆の前で涙を見せる訳にはいかない」
その言葉を聞いたデニスは考え、ノルベルト団長とランドルフのために、歌を披露することにした。泣いても良い状況を作ろうと思ったのだ。
クリュフバルド侯爵が嬉しそうな顔をする。
「ありがとう。デニス殿の歌なら、天へ旅立つノルベルト団長への最高の餞となるだろう」
デニスはラング神聖国軍との戦いで戦死した英霊たちを追悼するために作った『英霊の花』と呼ばれる曲を選んで歌うことにした。
葬儀会場にデニスの声が響くと、ざわざわとした声が上がった。だが、すぐに声は小さくなりデニスの歌声だけが聞こえるようになる。
戦いの興奮と戦死した者への悲しみが音楽となって響き渡り、人々の心に突き刺さる。デニスの声には『言霊』の力が宿り、人々の心を惹き付けた。
人々は台の上に横たわるノルベルト団長の姿を見て涙を浮かべた。そして、女性たちが涙を流し始め、男たちも我慢しきれずに涙を流す。
デニスがランドルフを見ると、ぽろぽろと涙を零している。その横を見るとクリュフバルド侯爵がハンカチで目を押さえていた。
この時、葬儀に参列した人々の心が一つになったと思う。デニスが歌い終わると人々は跪き、祈りを捧げた。
ノルベルト団長の葬儀は人々の記憶に残るものとなったようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
マナテクノが台頭するまでの数十年、日本経済は停滞していた。だが、ここ数年はその分を取り戻すかのように一気に成長している。
口の悪い人々の中には『日本は終わった』という者まで居たが、マナテクノが企業活動を始めると様子が一変した。マナテクノが開発した動真力エンジンは精密加工が必要な代物であり、それだけの技術を持つ国は、アメリカとドイツ、日本の三国だけではないかとの噂がある。
噂とは違い、実際に量産型の動真力エンジンを生産しているのは、日本だけである。これは微小魔源素結晶を製造できたのが、日本のマナテクノ一社だけだったからだ。
初期の頃、マナテクノと銀行の間で問題が起きた事があったが、マナテクノはメイン銀行を変え順調に業績を伸ばした。
その影響は幅広く、今では数百社の関連企業がマナテクノの下に集まり、企業活動を展開している。
そのマナテクノの常務である雅也は、かなり注目される人物となっていた。その雅也が居酒屋で飲んでいると、友人の冬彦と仁木が来た。
「すみません。仕事が片付かなくて遅くなりました」
冬彦が謝りながら、対面の席に座った。仁木も横に座る。
「忙しいみたいで、いいじゃないか?」
冬彦が笑う。
「何を言っているんですか。うちの仕事の半分以上はマナテクノからの仕事なんですよ」
「ああ、身辺調査の仕事か」
「そうです。今年も大量に新規社員を入れるみたいじゃないですか」
「人手不足なんだよ。このままだと、後数年で従業員が五万人になると、専務が言っていたよ」
「凄いですね。売上でトンダ自動車を抜くんじゃないんですか?」
「まだだよ。トンダ自動車はスカイカーの売上が伸びているからな」
「ところで、急に呼び出して飲もうなんて、何かあったんですか?」
「それなんだが、結婚する事になった」
「おめでとうございます。相手は小雪さんですね」
「何も言ってなかったはずなのに、何で分かったんだ?」
冬彦が馬鹿にするなという顔をする。
「見ていれば分かりますよ。そうだろ?」
話を振られた仁木は苦笑しながら頷いた。
「それに小雪さん以外の女性が、先輩の傍に居たことがありましたか?」
「仕事の関係なら居ただろ」
「その時は、小雪さんも一緒だったんじゃないですか?」
「そうだったかな。まあいいじゃないか」
「それで結婚式はいつなんです?」
「九月頃になると思う。その時はスピーチを頼むよ」
「あんまり得意じゃないんですが、先輩のためですから引き受けます」
仁木が雅也に目を向けた。
「ところで、仕事で気になる人物が居るんです」
冬彦がパッと視線を仁木に向けた。
「ええっ、仁木さんも結婚なの?」
雅也は溜息を漏らす。
「仁木さんは人物と言ったんだ。女性とは限らないだろう」
「そうです。相手はカーティス・ディラックという男性です」
「なんだ。恋話かと思ったのに」
雅也は仁木に顔を向ける。
「それで、そのディラックが気になるというのは?」
「不審な点があったので、二日ほど尾行したのですが、中東から来たらしい人物と会っていたんです」
ディラックはアメリカ人の物理学者で、スペースデブリ駆除について興味が有るので、マナテクノで研究したいと言って転職を希望している人物だ。
アメリカの有名なシンクタンクで研究員をしている人物なので信用したのだが、何か有りそうだ。
「スペースデブリ駆除というと、例の核爆弾に匹敵する破壊力が有るという爆発物を組み込んでいるものなんですよね?」
冬彦たちが言っているのは、源勁結晶のことである。源勁結晶の秘密を探り出したい組織が有るようだ。




