scene:269 影の森の迷宮主 (3)
白竜がデニスを睨み、大口を開けた。すぐにブレスを吐くつもりだと分かり、デニスたちは後退する。そこに冷気ブレスが襲い掛かる。
デニスたちは『怪力』で得た脚力を利用して、逃げ回った。そして、冷気ブレスが途絶えた瞬間、デニスが後ろの足元に飛び込んで、神剣で斬り付ける。足の骨を断ち切り白竜の巨体が傾く。
その反対側ではイザークとフォルカが【赤外線レーザー砲撃】を放った。その攻撃は白竜に一定のダメージを与えたが、それほど大きなものではなかったようだ。
後ろ足に大ダメージを負った白竜は、暴れ回り周辺の木々を薙ぎ倒す。デニスは顔をしかめ、白竜から距離を取る。
「これほど暴れると、狙いを付けられません」
イザークの声にデニスが頷き、白竜の動きを観察する。
「動きが遅くなっている。白竜は弱っているぞ」
影の森迷宮は岩山迷宮ほど大きなものではない。迷宮の規模に迷宮主の強さが比例するなら、白竜の強さはそれほどでもないと思われる。
弱っていく白竜に【赤外線レーザー砲撃】の攻撃や、神剣での攻撃を加えて少しずつだが弱らせる。そんな戦い方を二十分ほど続けていると、白竜がほとんど動かなくなった。
それを見たランドルフがチャンスだと考え、家宝の剣を振り上げて攻撃を仕掛けた。その一撃が白竜の脇腹を切り裂き、血を流させる。
「よし、行けるぞ」
ランドルフに手柄を立てたいという気持ちはなかった。ただデニスたちの戦いを見ていて、自分自身も興奮してきたのだ。
そして、三度目の突撃で白竜と目が合った。踏み込んだランドルフの身体に、白竜の前足が叩き付けられる。ランドルフの身体が宙を舞う。
「ランドルフ様!」
ノルベルト団長が叫び、地面に転がったランドルフに駆け寄る。その身体を抱き上げたノルベルト団長の背中に、白竜の前足が襲い掛かる。
ノルベルト団長はランドルフを抱えたまま逃げようとしたが、さすがに無理だった。その背中を大きな爪が引き裂く。大量の血を流しながら、ランドルフを安全な場所まで運んだノルベルト団長が倒れた。
それは一瞬のことであり、デニスたちが介入する時間はなかった。
「二人はランドルフ殿とノルベルト団長を頼む」
デニスは神剣を持って、白竜を仕留めに掛かる。
白竜が最後の力を振り絞って頭を上げ口を開いた。
「ブレスなど吐かせん」
デニスは口の中に爆噴爆砕球を放り込んだ。白竜の口の中で爆発が起き、ブレスが不発に終わる。叫び声を上げる白竜の足元に飛び込んだデニスが、ジャンプして白竜の首を斬り裂いた。
その一撃で首の半分が断ち切られ大量の血を流して倒れる白竜。デニスは倒れた白竜の頭に神剣を突き入れた。それがトドメとなって白竜は死ぬ。
迷宮全体から唸るような音が発生して、デニスたちを包み込む。デニスの頭の中に『極冷』という真名が浮かび上がった。
デニスは息を吐きだしてから、ランドルフたちの方へ視線を向ける。
「二人は大丈夫なのか?」
イザークの顔に苦いものが浮かび上がる。
「ランドルフ様は肋骨を折っていますが、大丈夫でしょう。ですが……ノルベルト団長は、お亡くなりになっています」
デニスは無念そうに顔を歪めた。迷宮で戦っていれば、こういう死は必ずあるものだ。死の原因は失血死である。白竜の爪で引き裂かれた傷から、大量の血が流れ出し死んだ。
イザークは、『治癒の指輪』でランドルフの治療をしたらしい。
デニスたちはライノサーヴァントを出して、ノルベルト団長の遺体とランドルフを乗せた。戻る前に白竜が死んだ場所を確認すると、一振りの剣が落ちていた。白竜が残したものらしい。デニスは拾い上げた。
迷宮主を倒して凱旋のはずなのに、デニスたちは暗い表情でクリュフ領の街に戻った。
クリュフバルド侯爵の屋敷に到着すると、門衛がライノサーヴァントの上に横たわるランドルフとノルベルト団長の姿を見て、悲鳴のような大声を上げた。
その声で屋敷の人々が集まる。その中にはクリュフバルド侯爵の姿もあった。
「ランドルフ!」
叫んでランドルフの傍に駆け寄る侯爵。
「二人とも死んでいるのか?」
クリュフバルド侯爵の声が震えていた。
「ランドルフ殿は怪我で気を失われているだけです。ですが、ノルベルト団長はランドルフ殿を守り亡くなられました」
侯爵の目から涙が零れ落ちた。デニスの言葉を聞いた者たちは、沈痛な顔になり、涙を流す者もいる。
ランドルフがライノサーヴァントから降ろされ、部屋に運ばれて行った。医者を呼ぶ声も聞こえる。そして、ノルベルト団長の遺体は、部下たちの手で降ろされ静かに運ばれて行った。
「詳しい話を聞かせてくれ」
侯爵に言われたデニスたちは、侯爵家の広間に案内された。侯爵の家族とノルベルト団長の家族が一緒に話を聞きたいと申し出たからだ。
偵察に行ったはずなのに、何が起きたのか知りたがった。デニスは影の森迷宮の奥まで行って白竜を発見したところから話し始めた。
その話を聞いたノルベルト団長の父親が涙を浮かべて、納得したように頷いた。
「そうですか。ランドルフ様を助けるために命を懸けたのですね」
「立派な最期でした」
デニスがそう言うと、父親の目から涙が零れ落ちた。
「デニス殿が白竜を倒したのですな。クリュフ領の者を代表して、感謝いたします」
「いえ、十分な準備が出来ていれば、ノルベルト団長のような犠牲者を出さずに済んだのですが……」
デニスも一撃で鎧熊を仕留められていれば、と悔やんでいた。




