scene:26 カーバンクルの真名
アメリカのクールドリーマーたちが公表したニュースは、翌日には日本のテレビ局でも放送された。雅也と冬彦は、探偵事務所のテレビで見ていた。
最後にクールドリーマーが行方不明になっている事件について、俳優のバートが警告した。何らかの組織が、クールドリーマーを狙っているというのだ。
雅也は厳しい顔をして見ていた。
「これって、映画か何かの宣伝なの?」
冬彦がテレビを見ながら言った。
「宣伝という感じじゃないな。本気で警告しているようだぞ。それに真名術は本物のように見えた」
「まさか、何かの手品だよ」
冬彦はクールドリーマーを信じていないようだ。
この時点で、クールドリーマーの存在を信じているのは少数派だった。だが、世界各地でクールドリーマーだという者たちが名乗り出た。
その中には偽物もいたのだが、本物たちが繰り返し真名術を披露したおかげで、クールドリーマーの存在を信じる者たちが増えた。そして、ある事件をきっかけに大勢の人が信じるようになる。
その事件とは、ドイツのブレーメンで起きた銀行強盗である。二人組の男が小さな銀行に押し入った珍しくもない事件だ。
金を奪った強盗犯は、バイクで逃げた。バイクの機動力を活かして逃げ切るつもりだったようだ。ところが、ブレーメンの警察が敷いた検問に引っかかり、警官隊に囲まれてしまう。
場所は古い建物が並ぶ街の一画。バイクで逃げるのを諦めた強盗犯は、拳銃を出して警官と相対した。犯人の一人が拳銃を発砲したことで、取り囲んだ警官九人が一斉に発砲した。
強盗犯が撃った銃弾は警官の肩を掠めただけだったが、警官たちが発砲した銃弾の多くは、二人の強盗犯に命中した。三発の銃弾が命中した強盗犯は地面に倒れ、四発の銃弾が命中した強盗犯は後ろに仰け反った。
仰け反った強盗犯が倒れると警官たちは思った。だが、その強盗犯は踏ん張り警官たちに飛びかかる。その拳が警官の肩に減り込んだ。
警官は回転しながら宙を飛び、三メートルほど離れた路面にドサリと落下。信じられないほどのパンチ力である。
残りの警官が再び発砲。その銃弾が強盗犯の着ている服に穴を開ける。不思議なことに強盗犯の身体から血が流れない。
「馬鹿な、なぜ倒れない」
警官の一人が呟いた。
強盗犯は無言で警官を殴り倒し逃走した。その後、強盗犯の身元が判明する。クールドリーマーと名乗り出た一人だった。
強盗犯と警官の撃ち合いは、野次馬のスマホにより記録されていた。その動画がネット上で拡散し、話題になる。警官の撃った銃弾が効かない男が存在すると。
防弾ベストを着ていたという可能性もあったが、その動画をスロー再生した結果、銃弾が額に命中しているのが分かった。そのスロー再生動画は、B氏が手にハンマーを叩き付けられた光景を思い出させた。
世界中でクールドリーマーの存在が議論され、科学者も乗り出した。実験が行われ、真名術が実在することが証明された。
真名術の存在が証明されると、俳優であるバートは対策を打った。ドリーマーギルドの設立である。名乗り出て登録すれば、警護された安全な住居を提供すると約束した。
なぜ民間人が設立したギルドに、そんな真似が可能なのか。ドリーマーギルドがアメリカ政府の支援を受けて設立されたギルドだからだ。アメリカ政府の機関の中にも、密かに真名能力者を集めている裏の組織もあったのだが、表の組織が保護する方向に動いたのだ。
また登録して、異世界で起きた出来事を週一回報告すれば、月額一〇〇〇ドルが支払われるという制度も始まり、登録者は増えた。
アメリカはクールドリーマーの存在を把握し、真名術の仕組みを解明したいと動き出した。そこには重要なメリットが存在する。
真名術に必要な真力の元となる魔勁素や魔源素に、重要な可能性を見出したのである。
日本もアメリカを真似てドリーマーギルドを設立した。アメリカほど強力な組織ではないが、月額報酬目当てで登録する者も増えた。
ドリーマーギルド設立を知った雅也は、登録しなかった。月額報酬より秘匿を選んだのだ。雅也の所有する真名は『魔源素』『超音波』『嗅覚』『装甲』『結晶化』『雷撃』『召喚(カーバンクル)』である。
その中で『雷撃』『召喚(カーバンクル)』は世間から危険視される恐れがあると考えた。日本は一般人の銃所持を制限している国である。
銃以上の威力を持つ真名術を、政府が危険視する可能性がある。とりあえず、しばらくの間は静観することにした。
探偵稼業を続けながら、雅也は異世界のデニスが欲しいと望んでいた椿油を製造する方法を調べた。まずネットで調べ、大量に製造するには、圧搾機や粉砕機が必要なことが判明した。
その圧搾機や粉砕機を異世界で用意しなければならない。同じようなものが異世界に存在するかもしれないが、それを探して手に入れるより作った方が早そうだ。
圧搾機や粉砕機を製造している会社を調べ、その会社に連絡を取った。雅也が開発途上国への支援のために調査しているというと、協力してくれた。
その会社で古い圧搾機や粉砕機の構造を説明してもらい、設計図のコピーももらった。雅也は構造と設計図を記憶した。記憶した情報はデニスが引き出せるので、それを鍛冶屋や木工職人に伝えれば作り出せるかもしれない。
圧搾機と粉砕機の情報をデニスに渡すことができた。爽やかな朝を迎えた雅也に、神原教授から連絡が入った。新しく手に入れた真名について知りたいというのだ。
神原教授が言う新しい真名とは、カーバンクルから手に入れたものである。教授に車で迎えに来てもらい、一緒に採石場跡地へ行く。
「ここなら、誰にも見られずに、真名術を試すことができる」
神原教授が断言するように言った。この場所は物理実験で、以前にも来たことがあるらしい。
誰もいない採石場跡地は、真名術を試すには絶好の場所である。
「まず、『雷撃』の真名を使ってみてくれ」
「分かりました。カーバンクルが使う雷撃球を再現します」
雅也が放った雷撃球は大きな岩に向かって飛び、命中し火花を散らした。この真名術は威力を調整できるようだ。今回はゴルフボール大の魔源素ボールを真力に変換し雷撃球を形成した。
便宜上、ゴルフボール大の魔源素ボールを真力に変換したエネルギーを『1』として、真力の単位とする。
「真力1の雷撃球か。人間に命中すれば気絶させるくらいの威力はあるな」
神原教授の感想である。雅也もそれくらいの威力があると同意した。
「次は『結晶化』の真名だ。どういう真名術があるのかね?」
「それがよく分からないんです」
「手に入れた真名から、知識を得たのだろう?」
雅也は頷いた。だが、『結晶化』の真名が様々なものを結晶化させる力があるのは分かったが、具体的に何を結晶化させるのか分からなかった。
「水ではないのか?」
「氷ですか……試してみましょうか」
結果として、水を氷にすることはできた。ただ予想以上に真力が必要で効率が悪い。
神原教授が考え込んだ後に、
「もしかすると、魔源素を結晶化できるのではないか?」
「魔源素を……ですか」
雅也は周囲から魔源素を集めた。集める範囲は半径八メートルほどに拡大している。それを球状に固め、『結晶化』の真名を使った。
直径二〇センチほどの魔源素ボールが結晶化を始め、全体が収縮し直径三ミリほどの結晶となった。色は黄色で正一二面体になっている。
「それをもらっていいかね。大学で調べてみたいのだ」
雅也は魔源素結晶を神原教授に渡した。教授は慎重な手付きで魔源素結晶をハンカチで包んでポケットに入れる。
神原教授は満足そうに笑い、帰ろうとする。
「待ってください。『召喚(カーバンクル)』が残っています」
「おっと、そうだった。こいつを調べたくて焦ったようだ」
教授が魔源素結晶を仕舞ったポケットを軽く叩いた。
驚いたことに『召喚(カーバンクル)』が機能した。雅也は召喚の真名だけは使えないのではないかと考えていたのだ。
現れたカーバンクルは、迷宮に現れた魔物とまったく同じものだった。魔物は本能に従い雅也たちを襲おうとした。それを雅也が精神力で止める。
雅也とカーバンクルの間には、一本の制御線が繋がっているようだ。その制御線を通して魔物を操るのだが、正直難しいと雅也は感じた。
神原教授が目を丸くしてカーバンクルを見詰めている。雅也はカーバンクルを操るのがきつくなったので、召喚を解除した。その瞬間、カーバンクルが消えた。
「なあ、聖谷君。スライムを召喚する魔物はいないのかね?」




