scene:267 影の森の迷宮主
神原社長たちが月旅行に使用した宇宙船『ツクヨミ号』は、現在小惑星『ディープロック』との往復に使われている。
ツクヨミ号の動力源は、日本が開発した宇宙太陽光発電システムで作り出す電力である。メルバ送電装置を使ってツクヨミ号に送電して動力としているのだ。
ツクヨミ号のクルーである高橋美春は、コクピットで前方に広がる宇宙を見ていた。
「不思議ですね」
「何が不思議なんだ?」
パイロット兼船長の南野耀司が尋ねた。南野船長は月旅行でもパイロットを務めた人物だ。
「アメリカやロシア、中国ではなく、日本の宇宙船が有人飛行をしているんですよ。五年前なら考えられなかったことです」
南野船長が笑って頷いた。
「マナテクノが動真力エンジンを開発してから、凄まじい勢いで宇宙に乗り出したからな。私も宇宙船のパイロットをやっているのが、信じられないくらいだよ」
このツクヨミ号のコクピットと客室は、人工重力を発生させているので宇宙を飛んでいるという感じがしない。
目的地であるディープロックの大きさは直径が七〇〇メートルほどである。その成分のほとんどが金属で、一番多いのがチタンだった。そのディープロックでは、宇宙実験基地の建設が行われている。
最終的には金属精錬工場を建設する予定なのだが、その前に無重力・真空の宇宙空間で、実験して確かめたいことが大量にある。
そのために金属精錬技術を持つ企業とマナテクノが組んで、ディープロックに宇宙実験基地を造ろうとしており、その一部が完成して、人が住めるようになっている。
今回、ツクヨミ号が運んでいるのは、水・食糧・補給品・建設資材と金属精錬会社の技術者と研究員だ。
「ディープロックが見えてきたぞ」
南野船長の声で、コクピットの全員が前方に注目した。
大きな岩という感じの小惑星に銀色のドームが建てられていた。直径が百五十メートルほどの大きさだが、五十名ほどが滞在できる設備が整っていた。
ここの設備はマナテクノが計画している火星旅行への発進基地にもなる予定である。
ツクヨミ号がディープロックにゆっくりと接近して着地する。ディープロックにはツクヨミ号専用の着陸施設が造られており、その着陸施設と宇宙実験基地は与圧通路で結ばれていた。
ツクヨミ号に乗っていた技術者や研究員がドームに向かうと、ギネスの申請がなされた。宇宙空間に建設された施設で、大勢が暮らし始めたことを記念して申請されたものだ。
そのニュースは地球でも報道され、ディープロックの名前がまた世界に広まった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一方、ゼルマン王国ではデニスが持つ『怪力』『爆砕』『爆噴』『光子』の真名を王国の迷宮攻略者たちに転写したおかげで、迷宮の攻略が進んだ。
小さな迷宮では迷宮主が倒され、安全となり住民たちが安堵した。だが、大きな迷宮では苦戦が続いている。デニスが提供した強力な真名でも、倒せない化け物が存在するのだ。
迷宮主が残っている迷宮は、四つにまで減った。王都の近くにあるミモス迷宮と湖島迷宮、クリュフ領の影の森迷宮、ベネショフ領の岩山迷宮が最後まで残ったのである。
王都から戻ったデニスは、雅也が教祖サプーレムから手に入れた真名を調べていた。『契約』『幻惑』『火炎』『風矢』『啓示』『天雷』の中で迷宮攻略に使えそうなのは、『火炎』『風矢』『天雷』である。
ただ『火炎』『風矢』は、それほど強力な真名ではないようだ。ほんとうの意味で役立ちそうなのは、『天雷』だけだった。
この真名は人工的に雷を落として敵を攻撃するというもので、命中させられれば一撃で強力な魔物でも倒せる威力があった。
但し、雷と同じなので命中精度は良くないらしい。近くに高い木があれば、そちらに落ちるかもしれないのだ。
「デニス兄さん、ランドルフ様がいらっしゃいました」
アメリアが来客を告げた。
「ありがとう。客間に案内してくれ」
デニスは客間に向かった。
「ランドルフ殿、久しぶりですね」
「隣の領地だと言うのに、デニス殿が忙しすぎるからだな」
それを聞いたデニスは苦笑いした。最近は迷宮主討伐に専念していたので、近隣の領主との会合などは、エグモントだけが出ていたのだ。
「わざわざ屋敷に来られたのは、何か緊急な用件が発生したのですか?」
「そうなのだ。影の森迷宮の迷宮主の居場所が判明した。その討伐を行うことになるのだが、ベネショフ領からも援軍を送ってもらえないだろうか?」
他領に援軍を頼むなど珍しいことだ。クリュフ領の侯爵騎士団だけでは、手に負えない化け物が相手だということだろう。
影の森迷宮の迷宮主が迷宮から出た場合、ベネショフ領へ来る可能性もある。デニスとしても迷宮主を確実に倒しておきたい。
「分かりました。我々も協力します。それで迷宮主はどんな化け物なのです?」
ランドルフが暗い顔になる。
「それがドラゴンだったのだ」
影の森迷宮の迷宮主は、白竜と呼ばれるドラゴンで、冷気のブレスを吐く魔物だという。
「白竜ですか。厄介な化け物が迷宮主ですね」
「ああ、正直に言うと、我が領内には白竜を倒せる者が居ないという状況だ」
それでベネショフ領に協力を頼んできたようだ。デニスは戦う前に白竜を見たいと思った。敵を知らずに戦う不利をよく知っているからである。
「まず、白竜を自分の目で見て、戦い方を考えましょう」
「そうだな。デニス殿が偵察に行くのなら、私も同道させて欲しい」
「いいでしょう」
デニスとフォルカ、イザークの三人に加えて、ランドルフたちも一緒に偵察へ行くことになった。




