scene:265 サプーレムVS雅也
「おかしいな。『言霊』対策はしていたはずなんだが」
「人を従わせる方法は、『言霊』だけではないのだよ」
サプーレムは薄笑いを浮かべた。雅也はガオという真名能力者を思い出した。彼は催眠術のようなものを使って、人を従わせる真名を持っていた。
ベトナム人の警官の一人が、サプーレムに近付く。
「貴様もテロの一味か。逮捕する」
「逮捕だと、おかしなことを言う。そんなことができると思っているのか?」
「ここはベトナムだ」
警官たちがサプーレムを逮捕しようとした。それに対して、サプーレムがハエを払うように手を振る。その瞬間、その手から何かが飛び出し警官たちに襲い掛かる。
警官全員の胸に穴が開き血が噴き出す。雅也は射殺すような眼差しでサプーレムを睨む。
「その目は何かね? たかが警官が数人死んだくらいで、何だと言うのだ?」
教祖の顔に得意げな笑いが浮かぶ。
雅也はサプーレムの真名術を見て、危険だと思った。装甲膜で弾けるだろうか? その不安が、雅也に新しいアイデアをもたらす。
『頑強』と『装甲』の真名を使った同時発動である。成功すれば、より強力な装甲膜が展開されるはずだ。雅也の周りに新しい装甲膜が展開される。
サプーレムが首を傾げた。
「何かしたのかね?」
「いや、何もしていないよ。それより、俺を殺す気なら自分で戦ったらいい」
「そんな危険を冒す必要などない。私には新しい下僕がいるのだからね」
そう言ったサプーレムが、特殊チームのダンフォードたちに雅也を殺すように命じた。ダンフォードたちは耳に外部の音を遮断する耳栓と通信機を合わせたものを付けている。雅也の『言霊』は使えないだろう。
特殊チームの一人が銃を抜いて、雅也を撃った。その銃弾は装甲膜に弾かれる。それを見たサプーレムが不機嫌そうな顔になる。
特殊チームの全員が拳銃を抜いて雅也を撃ったが、効果が全く無いと分かり、素手で襲い掛かる。雅也はノーガードで攻撃を始めた。
雅也の周囲には装甲膜が張られているので、ダンフォードたちの攻撃は全く効かない。だが、雅也にも不安があった。最近、武術の鍛練をする時間がなく、身体能力が落ちているのだ。
特殊チームの一人がローキックを放つ。それ受けながら前に出て膝蹴りを腹に叩き込んだ。防御を気にせずに戦えるからこそできる攻撃である。
別の一人が後ろから雅也の首に腕を回して締め上げようとする。上半身を振って相手のバランスを崩してから、後ろに肘を叩き込む。
鳩尾に肘が決まって、相手は崩れるように地面にうずくまる。その顔を蹴り上げた。その勢いで特殊チームをノックアウトすると、雅也はサプーレムに目を向けた。
そのサプーレムが顔を真赤にして何か真名術を使った。たぶん催眠術系のものだと思われるが、雅也には効果がなかった。それが分かったサプーレムは、警官たちを倒した真名術を使う。
サプーレムが手を振ると、透明な何かが雅也へ飛び装甲膜にぶつかる。お返しに雷撃球をサプーレムに放つと、慌てたように柱の陰に隠れる。
「どうした? 隠れていないで戦えよ」
「五月蝿い。超越者様に逆らうと、無残な死に様を晒すことになるぞ」
「何を言っている。殺そうとしているのは、お前じゃないか。俺が安全になるのは、お前を殺した時だけだ」
サプーレムの顔が歪む。
「超越者様の怒りを思い知るがいい」
祈るような仕草をした教祖が、天に向かって両手を上げる。その瞬間、稲光が発生し雅也の頭上に雷が落ちた。
落雷の音が響き渡り、焦げた臭いが周りに広がる。
「やったか?」
サプーレムが期待を込めた目を雅也に向ける。だが、そこには平気な顔で立っている雅也の姿があった。
「貴様、ゾンビか?」
「倒れないからと言って、ゾンビ扱いはないだろう」
雅也の返答を聞いたサプーレムが、倒れているダンフォードに駆け寄り、拳銃を出してダンフォードの頭に突きつける。
「殺すことはできなかったが、契約は結んだ。貴様が死んだら、持っている真名は全て私のものだ」
「そんなことを承諾した覚えはない」
「神の契約とは、理不尽なものと相場が決まっている。いつだって、相手の承諾など必要としなかった」
サプーレムの持つ『契約』の真名は、同席したことが契約を承諾したことになるというものだった。
「動くなよ。動いたら、こいつを殺す」
雅也は顔をしかめた。ダンフォードを死なせるというのは避けたかったが、サプーレムを逃がすことは絶対にしたくなかった。
雅也は『召喚』の真名を解放する。そして、サプーレムの背後にスケルトンを召喚した。背後からカチカチという音がするのを聞いたサプーレムが振り返る。
そして、スケルトンの姿を見たサプーレムは、拳銃をスケルトンに向けた。そして、その引き金を引いた時、雅也が飛び出して跳躍する。
弧を描いて飛んだ雅也の膝が、サプーレムの顔面を直撃する。鼻が潰れる感触を感じて着地、続いて蹴りでサプーレムの拳銃を蹴り飛ばす。
雅也はダンフォードの身体を引きずって離れた。その最中にダンフォードが目を開けた。
「ううっ、ここは?」
「この非常時に寝ぼけない。サプーレムが居るんですよ」
ダンフォードが起き上がりサプーレムに目を向ける。サプーレムが何かしようとしたので、雅也は雷撃球をサプーレムに放った。それが命中したサプーレムが身体を震わせて倒れる。
そのサプーレムにスケルトンが近付く、スケルトンは仕留められていなかったのだ。骨だけの指がサプーレムの首を締め上げる。雅也はスケルトンを制御して止めようとしたが、なぜか上手くいかなかった。
「ううっ」
苦しそうに藻掻くサプーレムが、ガクリと動きを止めた。死んだらしい。その瞬間、雅也の頭の中にいくつかの真名が流れ込んできた。
『契約』『幻惑』『火炎』『風矢』『啓示』『天雷』などの真名は使えそうだったが、他の真名はあまり使えそうにないものだった。
雅也は落ちていた拳銃を拾い上げ、スケルトンの頭蓋骨に穴を開けた。それでスケルトンが消え、ボーンエッグが残った。
ボーンエッグをポケットにしまった雅也は、自分で倒した特殊チームの手当を始める。




