scene:264 教祖サプーレム
アメリカには超越者教会を追っている特殊チームが存在する。雅也は特殊人材対策本部の黒部を経由して、そのチームと接触した。
情報が欲しかったのだ。東京で特殊チームのリーダーであるウォルター・ダンフォードと会った。
「危険なことを約束されましたな。超越者教会は極めて危険な相手なんですぞ」
「分かっているが、こう何度も攻撃されたのでは、安心して企業活動ができない。私は早く決着させたいのだ」
雅也は超越者教会の教祖サプーレムと会うことを中止しようとしなかった。ダンフォードは身代わりを出すと言ったのだが、それではサプーレムが来ないだろうと拒否する。
雅也と特殊チームは打ち合わせをして、ベトナムへ旅立った。ハノイのノイバイ国際空港に到着した雅也は、ホテルの部屋に荷物を置いてから、ドゥオン川の近くにあるショッピングモールに向かう。
サプーレムがそこを話し合いの場所として指定したのだ。大勢のベトナム人や観光客で賑わう場所で、うろうろしていると、一人の少女が近寄りメモを渡す。
そのメモにはショッピングモールの中央へ来るように英語で書かれていた。雅也はその中央に向かう。大学生のような若い者たちが多くなった。
近くに大学か何かがあるのだろう。一人の白人男性が近寄り声を上げる。
「聖谷様ですね。サプーレム様のところまで案内します」
サプーレムはコーヒーショップで優雅に座って待ち構えていた。年齢は五十代だろうか。長髪で蛇のような目をしている。
「あなたが教祖サプーレムなのか?」
「初めまして、聖谷殿」
雅也は本当にサプーレムなのか、確かめることにした。『言霊』の真名を使って質問したのだ。
「あなたがサプーレムでないなら、立ち去れ」
サプーレムの目がギョロッと見開かれた。
「試すようなことはやめて欲しいですな。私に『言霊』は通じませんよ」
雅也の『言霊』を使った力を拒絶したということは、同じような真名を持っているらしい。サプーレムと確認できた訳ではないが、それなりに力を持つ男だということが分かった。
雅也はサプーレムの対面に座って話し始める。
「超越者教会は、なぜマナテクノの邪魔をするのだ?」
「この世界の神である超越者様は、世界の終わりを告げられた。その予言通りに人は滅びねばならないのだ」
雅也が顔をしかめた。
「その超越者の予言とマナテクノがどう関係する?」
「このままでは、人が宇宙に住むようになる。そのことは超越者様のお告げになかった」
それがどうしたと雅也は思ったが、お告げを信じている超越者教会の信者にとっては、超越者のお告げは絶対ということらしい。
「そのお告げが外れそうだというのは、超越者の能力が大したことがないということじゃないのか?」
雅也が言うと、サプーレムの顔色が変わった。
「超越者様を疑うとは、愚かな奴だ。お前の運命は決まった」
サプーレムが何かの真名の力を使った。その瞬間、雅也とサプーレムの間に繋がりが生まれたことを感じる。
雅也はサプーレムを睨み付けた。
「何をした?」
「知りたいか。お前と儂の間で契約を結んだ。死ねば、お前が持っている真名を儂が手に入れることになる」
雅也は唇を噛み締める。サプーレムはこれが目的だったのだ。超越者教会は、雅也が持っている『転写』の真名を欲しがっていたが、教祖のものにするためだったようだ。
サプーレムが右手を上げた。それが合図となっていたようで、人混みの中から数人の男たちが飛び出してきた。暗殺目的で配置されていた連中だろう。
サプーレムは、この隙に逃げようとしている。雅也は『装甲』『雷撃』『加速』『頑強』の真名を解放して、まず装甲膜を展開する。
襲ってきた一人が、拳銃を抜いた。周囲から悲鳴が上がり無関係な人々が逃げ始める。雅也に向けられた拳銃が火を吹いた。銃弾は装甲膜に命中して跳ね返された。装甲膜という名前の通りの防御力は有ったようだ。
雅也は雷撃球を敵に放つ。その雷撃球が男の肩に命中して、激しい痛みを与えた。スタンガンで攻撃された時と同じ痛みである。
男は倒れ呻き声を上げ始める。もう一人の男は、真名能力者だったようで火の玉を雅也に向かって放った。『加速』の真名を使って素早く横に跳ぶ。また真名術で攻撃しようとするので、雷撃球で反撃。
火の玉を放った男も、雷撃球を食らって倒れた。残りは二人で、雅也は前後から挟まれる。二人の男は一人が短剣を構え、もう一人がナイフを持っていた。
雅也は『言霊』の力を使って止めようとしたが、効果がない。二人は耳にイヤフォンを付けており、大音量の音楽でも聞いているようだ。
「面倒なことを」
雅也は愚痴を零してから、どうするか考えた。たぶん刃物ぐらいでは装甲膜を破れないと思うのだが、真名能力者だった場合、どうか分からない。
雅也は武器になるものを探した。清掃員が残していったモップが目に入る。ナイフの男が慣れた様子でナイフを突き出したので、その手を掴んでもう一人の男の方へ投げる。
その隙にモップを取りに行こうとして走り出す。それを見た男たちが追ってきた。そいつらはナイフや短剣を持っているのにタックルしようとする。雅也はスピードを上げて距離を取る。
その時、男たちが着ている上着の下に変な装置が見えた。
「まさか、自爆装置じゃないだろうな」
相手が狂信者ならば、自爆テロも考えられる。雅也はモップを手に入れて、先端部分を蹴り壊して柄だけにする。
柄を構えた時、身体が鈍っているのを感じた。仕事が忙しくて鍛練をする時間がなかったのだ。
その時、ベトナム人の警官たちが走ってきた。ベトナム語で何か言っているが分からない雅也は、男たちを指差して英語でテロだと言い、爆弾を持っていることを警告した。
英語の分かる警官が居たらしく、その警官が仲間たちに警告する。警官たちの顔が青褪める。拳銃を抜いた警官が武器を捨てるように、と英語で警告する。
雅也はモップの柄を捨てる。男たちは雅也に向かって走り出す。警告を無視して走り出した男たちに、拳銃の引き金が引かれる。発射された銃弾が男たちの身体を貫き床に倒した。
だが、死んだ訳ではない。倒れた男の一人が何かを取り出して、そのボタンのようなものを押そうとしている。
「逃げろ。自爆するぞ」
思わず日本語で叫び逃げ出した雅也の様子を見た警官たちも逃げ出す。その直後、爆発が起きた。数人の警官たちは爆風で吹き飛ばされて地面を転がる。
その時、逃げたはずのサプーレムが戻ってきた。その背後には、特殊チームのダンフォードたちが居た。
ダンフォードは、サプーレムが逃げた場合、雅也を警護する者を二人ほど残しておくと言っていたのだが、雅也が実力を示したので、最終的に護衛は不要だと判断したのだ。




