scene:263 超越者教会の影
雅也が翔空艇に乗って岩手の工場へ行くと、工場内では建設作業が続いていた。建設会社の人々は、不審船など自分たちには関係ないと考えているようだ。
雅也は建設作業を中止させて、作業員たちを家に帰した。岩手工場の工場長になる予定である清水室長が残り、不安そうな顔で雅也に近付く。
「常務、あの不審船が、工場に来ると考えておられるのですか?」
「政府からの情報で、あの不審船がロシアのものである可能性が高いそうだ」
「ロシアというと、あの原潜の時のようなことになると?」
「まだ分からないが、その恐れがあると思っている」
「気になっていたのですが、なぜ、ロシアが我社を目の敵にするのです?」
「ロシアの内部には、宇宙太陽光発電システムが気に入らない者たちが居るらしい」
清水室長が首を傾げる。
「それはロシアの主力産業が、エネルギー産業だからですか?」
「まあ、それもあるだろうが、危険な宗教団体がロシアの支配階級に影響を与えているようだ」
「宗教団体ですか……私には理解できませんな」
「日本人の多くは理解できないかもしれない。それより、あの不審船が工場に近づいたら、清水室長も逃げてください」
「常務はどうされるのですか?」
「迎撃します。いざとなったら、沈めようと考えています」
「えっ」
清水室長が驚いた顔をする。
「聞いていませんか。俺は真名能力者なんですよ」
「でも、大きな船ですよ」
「大丈夫、それだけ強力な真名を持っていますから」
テレビで不審船が工場の方へ近づいていることを報道した。雅也は建設中の工場の足場に登って、海の方を見た。工場は海岸沿いに建設されているので、足場に登ると綺麗な海が見える。
「不審船というのは、あの船か」
遠くに米粒ほどの船が見えてきた。段々近づいてくる不審船の背後に、巡視船が見える。
「巡視船の角度がまずいな。このまま不審船を攻撃すると、背後の巡視船まで巻き込みそうだ」
雅也は足場の端に行って、不審船の船首を狙うことにした。『光子』の【赤外線レーザー砲撃】を使って、攻撃しようと準備する。
『光子』の真名を解放し周りから光を集めると、膨大な光が集る。その光を単一波長の光に変えて撃ち出した。赤外線レーザー光は不審船の船首を溶かし燃え上がらせて貫通し海の彼方に消える。
不審船の速度がガタッと落ちる。船首から海水が流れ込み始めたようだ。逃げるかと思ったが、不審船は逃げなかった。雅也は足場から下りて海岸に近づく。
不審船は海岸に乗り上げ横倒しとなった。その船から奇妙なものが這い出してくる。
「何だ?」
雅也はそれがロボットだと分かった。
船から這い出したロボットは、工場に向かって進む。蜘蛛のようなロボットの背中にガトリングガンが組み込まれているのを見た雅也は、『空間歪曲』の真名を解放する。
「ロシアが開発したロボットなのか?」
不審船から数人の男たちが這い出してきた。その中で兵士らしい男たちが、銃を雅也に向ける。雅也は『威圧』の真名を使った。
突然、兵士たちが震えだし手に持つ銃を地面に落として、腰が砕けるように座り込んでしまった。雅也は銃を回収し、兵士たちの手足を拘束バンドで縛った。その頃になって、不審船から兵士ではない男が一人だけが這い出してきた。
その男が雅也に英語で話し掛ける。
「貴様は、マナテクノの聖谷常務だな」
不思議なことに雅也のことを知っているようだ。雅也は『言霊』の真名を解放し、その力を使って質問を始めた。
「貴様は誰だ?」
その男は抵抗しようとしたが、『言霊』の力は強力だ。
「私は超越者教会の助祭クレイグ・レイモンドだ」
「何の目的で、ここに来た?」
「アメリカが開発した戦闘ロボットをロシアへ持ち帰る予定だったが、日本のコーストガードに追われて、作戦を変更したのだ」
その作戦というのが、マナテクノの工場を破壊し日本が準備している迎撃システムの開発を遅らせようというものらしい。
超越者教会はロシアの軍部に食い込み、軍人たちを操っているという。その男が苦しげに顔を歪め、ポケットからナイフを取り出して、自分の手に突き刺した。
その痛みで『言霊』の力から抜け出したようだ。
「貴様、殺してやる」
ナイフを持って襲い掛かってきたので、雅也はナイフを蹴り飛ばし、顔の形が変わるほどボコボコにする。
気絶したレイモンドの手足を縛ってから、振り返ると建設中の工場に近付いている戦闘ロボットが見えた。
「工場を破壊しろという命令が、生きているのか」
雅也は『空間歪曲』の【滅空】を使ってルインセーバーを作り出してから、戦闘ロボットを追い掛ける。
追いついた雅也が、ロボットに攻撃しようとした時、ガトリングガンの向きが雅也に向く。雅也が横に跳んだ瞬間、銃口から弾丸が撃ち出された。
撃ち出された弾丸が地面に命中して穴を開ける。雅也はルインセーバーを横に薙ぎ払い戦闘ロボットの脚を一本切り飛ばした。普通なら装甲があるので切り飛ばせるはずがないのだが、ルインセーバーの威力は驚異的であり綺麗に切断される。
雅也は戦闘ロボットを睨み、もう一度ルインセーバーを振る。ガトリングガンが真っ二つになった。
「超越者教会の狂信者どもめ、こんなガラクタを日本に持ち込みやがって」
雅也は戦闘ロボットをバラバラに解体した。その後、不審船の近くにまで戻ると、レイモンドが衛星電話のようなもので誰かと連絡をしていた。
雅也は衛星電話を取り上げて、話し掛ける。
「お前は誰だ?」
「ふん、聖谷雅也だな。私は超越者教会の教祖サプーレムだ。君とは一度話したいと思っている。どうだね? 直接会わないか?」
雅也は一気に決着をつけたいと思っていたので承諾した。雅也とサプーレムがベトナムで会うことになった。雅也はアメリカと連携して、サプーレムを逮捕する方法を考え始めた。




