scene:260 迎撃ミサイルの開発
重要な情報を国王に伝えたデニスが屋敷に戻った後、『転写』の真名について聞いた国王と内務卿は話し合いを始めた。
「デニス殿が、軍務卿には秘密にするように言ったのは、軍事に使うのは反対だということでしょうか?」
「軍を強化して、他国に攻め入ろうと考える軍人を警戒したのだろう」
「しかし、他国に攻め入ろうと考える軍人が出て来るでしょうか?」
「何かと厄介を掛けるヌオラ共和国やラング神聖国を攻め取って、支配下に置こうという軍人がでないとも限らない」
国王の言葉にクラウス内務卿が頷いた。その後、迷宮を攻略している者たちの中から強化する人材を国王は選んだ。その条件は信用でき実力がある者である。
二十人を選び出した国王は、数日後にその者たちを城に呼び出す。
「陛下、申し訳ありません。迷宮攻略が進んでいないのは、ひとえに我々の力不足が原因でございます」
迷宮攻略者の一人が、迷宮攻略が進んでいないことに不満を持つ国王が呼び出したのだと思い謝罪する。
「諸君らが奮闘しておるのは承知している。謝る必要はないのだ。しかし、迷宮攻略が進んでいないのも事実」
内務卿が前に出て、呼び出した理由を説明する。
「迷宮攻略を進めるためには、強力な真名が必要になる。幸いにもベネショフ領の岩山迷宮で、真名を転写する迷装具が発見された。その迷装具を使って強力な真名を転写する」
迷装具というのは、迷宮装飾品とは違い身に付けるものではない迷宮産の道具のことである。
「内務卿閣下、その迷装具は何度でも使えるものなのですか?」
「いや、使える回数に制限がある。故に諸君らだけを選び、呼び出したのだ」
質問した迷宮攻略者は軍出身の者だったようだ。制限なしで強力な真名を転写できると分かったら、軍事に利用できると思ったのだろう。
国王と内務卿は、転写できるのは迷装具の力だとした上で、その迷装具がベネショフ領のブリオネス子爵から国王に献上されたと伝えた。
迷宮攻略者たちはブリオネス子爵が貴重なものを献上したことで、愛国心溢れる人物だと思ったようだ。
迷宮攻略者たちは目隠しをされて、デニスから真名を転写されることになった。
「陛下、なぜ目隠しが必要なのです?」
「献上された迷装具は、目に光を当てないようにして、使うものなのだ」
適当に言い訳してから、国王はデニスに合図する。デニスは『怪力』『爆砕』『爆噴』『光子』の四つの真名を各人に転写した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ロシアの原潜からの攻撃を防いだ数日後、雅也は防衛装備庁の木崎長官と話をしていた。
「ヨーロッパでは、ロシアの動きを酷く気にしているようですが、どうしてなのです?」
雅也の質問を聞いた木崎長官は、
「EU各国は、歴史的にロシアの存在に警戒感を持っていますから……ただ今回のロシアの行動は戦争になってもおかしくないほどだと、日本政府とロシア政府の間で大きな問題になっています」
ロシアと日本、それにアメリカが加わって毎日のように会議が行われている。それとは別に各国がロシアに非難決議を行っていた。
「ロシアに入り込んだ狂信者たちは見つかったのですか?」
木崎長官が溜息を漏らす。
「はあっ、それがどこに隠れたのか発見されていないのです」
自衛隊が厳しく警戒するようになったので、日本に対するロシア軍の動きはなくなったそうだ。ただヨーロッパ方面のロシア軍が何か怪しい動きを始めているという。
「ところで、スペースデブリ駆除装置ですが、本格的な地対空ミサイルとして、製品化できませんか?」
「……ミサイルは無理です。ノウハウがありません。マナテクノが作るとなると、ミサイルに似ている無人翔空艇になると思います」
時間を掛ければミサイルも開発できるが、その時間がないという話だ。
「それでも構いません。本当は大型宇宙船サガミの建造を中断して、地対空ミサイルを開発して欲しいのだけれども」
「それはできません。火星に行きたい理由が増えたので、マナテクノでは必ず大型宇宙船サガミを完成させます」
政府は妙にマナテクノに期待しているようだが、マナテクノは一民間企業にすぎない。通常なら防衛装備庁の研究部署で開発するのが本来のやり方なのだ。
ただ今までのやり方で開発したのでは間に合わないのだろう。それに源勁結晶を利用した衝撃波発生装置は雅也しか作れないのも問題だった。
マナテクノが衝撃波発生装置だけ作り、ミサイル部分は防衛装備庁が作るというのも考えられるが、長射程のミサイルを完成させるのに、何年も必要だと分かっているので、マナテクノに頼んだのだ。
マナテクノの開発陣は、既存の部品や装置を使って短期間に必要とする機能を持つ製品を開発するというやり方を得意としている。
本当は時間を掛けて開発したいのだが、依頼主である政府、特に防衛装備庁が許してくれないのだ。例外的にじっくりと開発しているのは、大型宇宙船サガミである。
マナテクノの膨大な資金と人材を注ぎ込んで開発しているプロジェクトである。十数年は掛かると思われていたのに凄い勢いで進捗している。
基本的な船体設計が終わり、超高出力動真力エンジンの開発が始まっていた。火星に三ヶ月で到着という推力が出せるエンジンである。
雅也が考えた時、この新開発のエンジンの構造を翔空艇のようなミサイルに利用できないかと思った。
木崎長官には社長と相談してみると言って、迎撃ミサイルの話は終えた。
「そう言えば、面白い話を聞いたよ」
雅也は首を傾げて、
「何のことでしょう?」
「アメリカが戦闘ロボットのようなものを開発したらしい」
戦闘ロボット? 昔見た筋肉ムキムキの映画スターが出て来るSF映画を思い出す。
「それがどうしたのです?」
「マナテクノに協力してもらえないかと言っているようだ」
「無理です。マナテクノのキャパシティを超えています」
雅也はきっぱりと断った。




