scene:259 フェシル人の歴史
デニスの頭に刻みつけられたのは、フェシル人の歴史だった。フェシル人は、高度な文明を築いた種族だったが、地球人の文明とは少し異なっていた。
地球人が宇宙に目を向けたのとは違い、フェシル人は別の次元に注目し研究を重ねた。そして、ある日次元の壁を越えて別の世界へ行く方法を発見したのである。
ちょうど同じ頃、惑星の寒冷化が始まった。周期的に起きていることだが、フェシル人は全球凍結するのではないかと恐れたようだ。
そして、別の世界を往復することができるようになったフェシル人は、理想郷的な世界を探して調査を進め、人が住むのに最適な世界を見付け出した。
それが『トゥンボリア』という世界である。トゥンボリアはフェシル人が考える理想郷と合致する素晴らしい世界だったようだ。
フェシル人は種族全員でトゥンボリアへ移住しようと計画し、巨大な移住船を建造した。海を航行する巨大な船に次元転移装置が搭載されているというものだ。
船という形なのは、トゥンボリアの海に転移して、移住船で暮らしながら陸地を開発するという計画だったからである。
最初の移住船が完成し、第一陣がトゥンボリアへ転移することになった。そして、十万人を乗せた移住船は転移した。だが、この転移が失敗し、移住船は全く別の世界に飛ばされた。
それが太陽系の火星である。火星に転移した移住船に乗っていたフェシル人は全員が死んだ。失敗だと気付いたフェシル人は原因を調査して、巨大な次元転移装置に欠陥があったことを突き止める。
そして、移住船が転移した世界を発見したフェシル人は、全員死亡という結果に悲しんだ。しかし、計画をやめようとは思わず、第二陣がトゥンボリアへの転移を成功させると次々に次元の壁を越えて、移住したらしい。
ただ移住に反対していた少数のフェシル人も居り、それらの人々は残って文明を守ろうとしたが、寒冷化で文明を守れなかったようだ。ちなみに、ここは移住しなかったフェシル人が残したものらしい。
デニスは椅子から離れて立ち上がる。
「デニス様、大丈夫ですか?」
イザークが心配そうな顔で尋ねた。
「ああ、問題ない。ちょっと疲れただけだ」
デニスは深い溜息を漏らした。フェシル人は愚かだったのだろうか。次元の壁を越えるほどの文明を持ちながら、全球凍結すると勘違いして、別の世界に逃げるというのは馬鹿げている。
だが、もし現在において寒冷化というものが世界を襲った場合、我々だったらどうしただろう。混乱して世紀末だとか言って騒いだかもしれない。
「フェシル人というのは、どういう種族だったのだろう?」
「悪魔のように賢い種族という評判ですな」
イザークが一般的なフェシル人の評価を口にした。
「我々と違う種だったのかな?」
フェシル人の特徴として、額の真ん中に小さな瘤を持っていたらしい。フェシル人は亜種または新人類とも呼ぶべき違う種だった可能性がある。
新人類だった場合、多くの旧人類が支配する世界で、新人類であるフェシル人は迫害されたのではないか。そして、トゥンボリアへ移住することを選んだのではないか。そう考える方がしっくり来る。
デニスたちは書斎に残された本を持ち帰ることにした。全てを持ち帰り、研究しようと考えたのである。一ヶ月掛けて全ての本を持ち帰ったデニスたちは、王都へ行き国王に報告した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
白鳥城の会議室で国王と会ったデニスは、フェシル人の遺跡と書斎の本、歴史について報告した。但し、移住船の第一陣の失敗については話さなかった。
「ふむ、フェシル人か。奇妙な者たちである。しかし、別の世界へ行ったというのは理解できぬ。その別の世界というのはどこにあるのだ?」
国王が額にシワを寄せて尋ねる。
そう質問されるとデニスも困る。説明が難しいのだ。
「船や徒歩で行ける場所ではありません。宗教的な言い方をすれば、神の国や精霊の国が別の世界ということになるでしょう」
国王はやはり分からぬと首を振る。
「しかし、どうやって別の世界へ行ったのかは分からぬのだな?」
「はい。その方法については、フェシル人でも一部の者しか知らなかったはずです」
「そうか。素晴らしい発見だ。賢人院の者たちに知らせておこう。ところで、迷宮主の討伐は進んでおるのか?」
「現在、十六階層を探索しているところですので、残り四階層でございます」
「なるほど、順調なようだな」
そう言った国王の顔色は優れなかった。
「どうかなさったのでございますか?」
「小さな迷宮は順調なのだが、ミモス迷宮や湖島迷宮のような大きな迷宮は、苦戦しておるようだ」
大きな迷宮ほど奥には手強い魔物が巣食っている。それらを倒しながら攻略するのだから、大変なのは当然だ。
国王に『転写』の真名について話し、迷宮攻略をしている者たちに有用な真名を転写すべきだろうか? デニスは迷った。
人命に関わるということを考慮して、デニスは国王に打ち明けることにした。それで人払いを願い出た。
「ここに居るのは、余の護衛とクラウス内務卿だけだぞ」
「陛下だけと考えておりましたが、クラウス内務卿は残ってもらっても構いません。ですが、これから話すことは知っている者を制限したいのです。護衛の方々、信用していないというわけではないのです。申し訳ない」
国王は考えた末に、護衛たちを部屋から出した。
「これほど秘密にしたいというのは、どういうことなのだ? もしかして、軍務卿を呼んだ方がいいのか?」
内務卿の言葉にデニスは首を振った。
「いえ、このことは軍務卿にも秘密にしてください」
デニスはそう言ってから、『転写』の真名について話した。
国王と内務卿は驚いた顔をする。
「そ、それは真なのか? 真ならば、デニス殿が持っている強力な真名を他の者に転写できるということですな」
内務卿は興奮した顔で言った。




