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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
26/313

scene:25 クールドリーマー

 デニスが発した警告は遅かった。不思議なハミング音に魅入られたローマンとトビアスは、ゆっくりと音のする方向に歩み始めている。


 デニスは最初ハミング音だと勘違いしたが、その音はドライアドの言葉だった。この種族の言語は、人間にはハミング音に聞こえるのだ。


「おい、しっかりしろ」

 デニスは二人の肩を掴み揺さぶった。それでも正気に戻らない。ローマンたちが奥へと進み、一本の奇妙な樹の前に出た。


 よく見ると、幹の部分の美しい女性の顔のようなものが浮かび上がり、その口からハミング音に似た言葉が発せられているようだ。


 ローマンたちがさらに進む。すると、ドライアド近くの地面からうごめく根が姿を現し、ローマンたちを絡め取ろうと動き始めた。


 デニスはハミング音が強くなっているのを感じた。意識が音に魅了され惹きつけられる。何度か魅了されそうになるが、デニスの精神には二つの意識が存在し、そのおかげで辛くも正気を保つ。


 少しだけ頭がはっきりした。その瞬間を利用して、今では反射的に形成できるようになった震粒刃を生み出した。震粒ブレードを構えたデニスは、ドライアドの前に飛び込んだ。


 うごめく根がデニス目掛けて動き出す。震粒ブレードで根を打ち払いながら、ドライアドに近付く。そして、ドライアドの顔に震粒刃を叩き込んだ。


 脳みそに突き刺さるような叫び声が上がった。その痛みに耐えながら、もう一度叩き付ける。また叫び声が突き刺さり、痛みで震粒刃が消えた。


 デニスは真名術が解けた金剛棒を何度も何度も叩き付ける。ドライアドの顔が歪み、夜叉のような顔になっている。攻撃を続けるしかなかった。


 いつの間にかドライアドの声が消えていた。うごめいていた根がピクピクと痙攣し最後には静かになった。緑の葉を付けていたドライアドが、黒く変色し塵となって消える。


 ポトリと何かが地面に落ちた。ドライアドの実である。それと同時に新しい真名を得たのを感じた。『言霊ことだま』という真名である。

「一匹しか倒していないのに……あのドライアドは、特別な奴だったのか」


 デニスが本から仕入れた知識によると、ドライアドは厄介な魔物だとなっている。しかし、これほど強力な魅了の能力を持っているとは書かれていなかった。


 ドライアドの叫びで痛めつけられた頭がズキズキする。それが治まるまで立ち尽くす。


 ローマンとトビアスが、意識を取り戻した。

「ううっ、頭が痛い。何があったんだ」

 トビアスが唸るような声を上げた。


「ドライアドだ。奴に操られたのだ」

 ローマンは操られている間の記憶があるようだ。デニスがドライアドについて尋ねると、やはり普通のドライアドではなかったらしい。


「貴殿を守るはずの我々が無様な姿を見せてしまいました。申し訳ない」

「いえ、僕も危なかった。偶然、最後まで耐えられただけですよ」

「素晴らしい精神力です」


 ローマンの褒め言葉は本心からのようだ。立派な騎士である人物からの言葉なので嬉しい。ただ冷静に分析すると、雅也の意識が加勢してくれたせいだと思われるので、正当な評価ではないと結論した。


「ドライアドの実は、手に入れられたのですか?」

 トビアスの質問に、デニスが肯定する。


「おめでとうございます」

「ありがとう。お二人が手伝ってくれたおかげです」

 ローマンは偉ぶらないデニスに好印象を持ったようだ。


 デニスはローマンたちから迷宮についての話を聞きながらクリュフに戻った。その中で貴重な情報を得た。真名に関するものである。


 真名は同じ魔物を連続で倒すと得やすいそうなのだ。影の森迷宮のような複数種類の魔物が襲ってくる迷宮では、真名を得るのも時間がかかるらしい。


 岩山迷宮のようなタイプの迷宮の方が、真名を得るには有利なのだと言う。但し、影の森迷宮でも時間はかかるが真名を得ることは可能なので、迷宮探索者たちはあまり問題にしないそうだ。


 クリュフに戻り、デニスはローマンたちと別れた。

 イェルクの屋敷へ駆け足で戻っていくデニスを見送ったローマンたちは、侯爵の屋敷に向かった。侯爵の執務室に入った二人は報告する。


「あのデニスという若者は、素晴らしい才能を持っているようです」

 影の森迷宮におけるデニスの活躍を、ローマンが報告する。始めはニコニコした顔で聞いていた侯爵だったが、途中から厳しい顔となる。


「ふむ、ベネショフの後継者は、それほど優秀か」

「侯爵閣下、厳しい顔をされていますが、なぜです?」

「我が侯爵家の後継者は、ランドルフだ。才能はどちらが上だと思う?」


 ローマンの顔が強張った。侯爵の息子であるランドルフは、真面目な青年である。王立ゼルマン学院を優秀な成績で卒業し、現在は領地経営の勉強をしている。


 頭は悪くない。武術の腕も平均以上である。だが、特出したものがなかった。ランドルフとデニスを比較すれば、どうだろう。武術の腕だけならデニスが上だ。精神力も上かもしれない。


 ローマンは思った通りに答え、そして、付け加えた。

「ただ、デニス殿は貴族としての教育を受けていないと言っておられました。普通は王立ゼルマン学院で勉強するのですが、事情があり領地で勉強していたそうです」


「なるほど、武術と精神力はデニス、勉学はランドルフか。ランドルフの協力者となるようなら育てる方がいいか」

 侯爵の顔に満足そうな笑みが浮かんだ。


 一方、デニスは屋敷に帰ると、医師にドライアドの実を渡した。エグモントは息子の頭に手を置き、

「よくやった。お前は自慢の息子だ」

 そう言って微笑んだ。


 医師が調製した薬は、イェルクに劇的な効果を発揮した。イェルクの腸に寄生した虫が死に、顔色が良くなったのだ。

「これでもう大丈夫でしょう」


 医師の言葉を聞いたエリーゼは泣いて喜んだ。そして、デニスを抱きしめる。

「本当に、あなたは自慢の息子です」

「にぃにぃ」

 マーゴがエリーゼの真似をして抱き着いた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 雅也が放火殺人犯である孝蔵を両親の下に戻し、その孝蔵が行方不明となった頃。アメリカで危機感を覚えた集団があった。


 それは同じ明晰夢を見る集団である。その集団の中心人物として、映画俳優として有名なバート・タルコットがいた。


 ネットを通じて知り合ったクールドリーマーたちが短時間で数を増やし、五〇名ほどになった頃、そのメンバーが行方不明となる事件が頻発したのだ。


 バートたち主要メンバーは、誰かが自分たちを狙っていると悟った。緊急の話し合いが行われ、自衛するためには何が最善か検討された。


 その結果、真実を公表することが抑止力となると結論した。

 ある日、バートが会見を行うとマスコミ各社に通達。その会場で、明晰夢と異世界の存在を公表した。


 新聞記者の一人が怒ったような表情で、壇上にいるバートへ、

「バートさん、ちょっと待ってください。我々は冗談に付き合うほど暇じゃないんですよ」


「私も冗談を言っているつもりはない。皆さんも信じられないと思う。しかし、異世界の存在は真実であり、我々の精神が異世界の人間と繋がっていることを、今後研究により証明するつもりです」


 テレビ局のリポーターが、

「それは、今現在は証明できないと言っているのですか?」

「そうです。ですが、異世界の人間と繋がった我々は、普通の人間と違う能力を得た。それは証明できます」


 会場がざわざわと騒がしくなった。

「具体的に何が証明できるというのです?」

 バートは数人の男女を壇上に呼んだ。その人々は顔を隠すためにミラー処理が施されたゴーグルをかけていた。また会場がざわつく。


「彼らも異世界の人間と意識が繋がっている仲間です」

 彼らを紹介した後、バートは真名と真名術について説明した。


「我々は魔法のような真名術が存在することを証明できる」

 リポーターが、

「どうやってです。ここで真名術を使ってみせるというのですか?」


 バートが頷いた。バートは一人の男性を指名した。男性はバートと同じ三〇代で、少し太った体形をしている。ゴーグルをかけた男性は、中に水が入ったペットボトルを少し離れた場所に置いた。


「彼、ここではG氏と呼びます。G氏は『冷凍』の真名を持ち、その真名術が使えます」

 G氏は水の入ったペットボトルを見詰め、手を伸ばした。その手の先にシャボン玉のような透明な球が生まれ、ペットボトルに向けて飛翔する。


 ペットボトルに命中したシャボン玉は弾けて消えた。その瞬間、ペットボトルの水が凍りつき膨張した。ペットボトルが破裂することはなかったが、変形し膨れ上がった。


 G氏が持ってきたペットボトルでは、手品の種が仕込んであるかもしれないと、テレビクルーが持ってきたペットボトルでもう一度繰り返されたが、結果は同じだった。


 極めつけは『硬化』の真名を持つB氏だった。『硬化』の真名を使った状態で、テーブルの上に置いた手をハンマーで殴らせる。勢いよく命中したハンマーが跳ね返った。


 この日、テレビ中継された会場で、いくつかの真名術が披露された。マスコミの中には手品だという者もいたが、映像は放送され世界中の人々がクールドリーマーの存在を知った。


 そして、世界各国で自分もクールドリーマーであると言い出す者が現れた。



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【書籍化報告】

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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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