scene:255 弾道ミサイル
ロシアの原潜を発見した護衛艦は、原潜に向かって進路を変える。発見されたことに気づいた原潜は、護衛艦に向かって魚雷を発射した。
護衛艦は投射型静止式ジャマーを発射し、自走式デコイで魚雷を誘爆させる。この護衛艦から日本政府に報告が送られ、他の護衛艦も急行することになった。
日本政府は直ちにロシアに抗議した。すると、原潜はロシアのものだが、テロリストに乗っ取られていると返事が来たのだ。
「そんな言い訳が通用すると思っているのか」
日本の閣僚は激怒したが、ロシアは日本に協力しようとはしなかった。
一方、海では原潜と護衛艦の戦いが始まっていた。初めは原潜が魚雷を撃ち、それを護衛艦が防御するという形で始まったが、それがエスカレートする。
護衛艦も魚雷を使い始めたのである。結果として、護衛艦と原潜の魚雷が相打ちという形で両方の艦に命中した。護衛艦は船首に命中して、大量の海水が艦内に流れ込み始め、原潜は艦尾に命中してスクリュープロペラが破損して推進力を失う。
原潜は浮上を開始し、あり得ないことを行った。四発の弾道ミサイルを発射したのである。弾道ミサイルには核弾頭がセットされており、日本は数十年の歳月を経て再び核攻撃を受けることになったのだ。
護衛艦は直ちに海上作戦センターへ連絡した。そこから永田町へ連絡が行き、閣僚たちを青い顔にさせ震え上がらせたのである。
その情報はマナテクノにも送られ、雅也も知った。雅也たちはスペースデブリ駆除ドローンを発進させた。弾道ミサイルを迎撃するためである。
マナテクノには自衛隊から永野装備官が連絡官として来ていたのだが、不安そうな目で飛んでいくスペースデブリ駆除ドローンを見ていた。
「本当に、あのドローンで大丈夫なんでしょうか?」
「スペースデブリ駆除装置は、万が一の時に備えての最終手段です。私としてはイージス艦による迎撃が成功することを期待しています」
「それはそうなのだが、イージス艦による迎撃も、終末高高度防衛ミサイルも実戦では初めてなのです。確実に成功させられるとは限りません」
国民が聞いたら一気にパニックになるようなことを永野装備官が言う。
大気圏外まで上昇した弾道ミサイルに向けて、弾道迎撃ミサイルが上昇し迎撃しようとした。だが、イージス艦に搭載されている弾道迎撃ミサイルは、潜水艦発射弾道ミサイルには対応していないものだ。奇跡的に一発だけ迎撃に成功しただけで終わる。
弾道ミサイルが大気圏に再突入し、それに向かって終末高高度防衛ミサイルが発射される。
雅也たちはその様子を固唾を呑んで見守っていた。マナテクノの工場がある工業地帯を狙って飛んでくる弾道ミサイルは、終末高高度防衛ミサイルによって迎撃された。
だが、マナテクノ本社と竜之島宇宙センターを狙って飛翔する弾道ミサイルは迎撃に失敗。マナテクノ本社にいた雅也たちは、顔を青褪めさせる。
「大丈夫ですよね?」
小雪が泣きそうな顔で雅也に尋ねた。
「ああ、大丈夫だ。スペースデブリ駆除ドローンは、弾道ミサイルの予測軌道に達した。待ち構えてスイッチが入るのを待つだけだ」
マナテクノ本社を狙った弾道ミサイルが、スペースデブリ駆除ドローンに近づいた。その瞬間、衝撃波発生装置が作動して強烈な衝撃波が発生する。
衝撃波発生装置に組み込まれていた大きな源勁結晶は、内包するエネルギーを衝撃波に変えて直径二十キロまで広がった。その範囲の中に弾道ミサイルが入り、衝撃波により弾かれる。
その瞬間、太平洋の上空で核弾頭が爆発。
「よし、やった」
雅也と小雪は抱き合って喜んだ。
竜之島宇宙センターへ向かって飛んできた弾道ミサイルは、スペースデブリ駆除ドローンの衝撃波によって弾かれて海に落ちてから爆発した。
「助かった。被害が出なかった」
永野装備官がホッとしたように言う。だが、神原社長が鋭い視線を向けた。
「本当に被害が出ないのか。放射能はどうなる?」
マナテクノの技術者たちが計算を始めた。
「上空で爆発した放射能は、偏西風で沖の方へ流されて、最終的にはロシアの東部にあるチュコト半島やアラスカに影響を与えると思われます」
それを聞いた永野装備官が顔を強張らせた。ロシアはどうでも良いが、同盟国のアラスカに影響が及ぶというのはまずいと考えたのである。永野装備官は急いで木崎長官に連絡する。
「竜之島宇宙センター近くの海で爆発した方は?」
雅也が技術者たちに尋ねた。
「黒潮に流されて、太平洋の東の方へ向かうと思いますが、簡単には計算できません」
「どちらもスーパーコンピューターを使って、シミュレートした方がいいな。永野さん、防衛省から政府に上げてください」
「分かりました。必ずシミュレートさせます。ところで、原潜はどうなったのだろう?」
推進力を失った原潜内では、ロシア人が慌てていた。船体にヒビが入り浸水しているのが分かったからである。艦長は大丈夫だと言ったが、最近の艦長が信用できなくなっていた乗組員は浮上して脱出させろと騒ぎ始めた。
混乱した原潜は浮上して海上を漂い始め、そこを集まってきた護衛艦に拿捕される。
簡単に拿捕されたのは、乗組員が艦長たち幹部を信用できなくなっており、指揮系統が機能しなくなっていたからだ。
逮捕された艦長は、公安警察に渡されて取り調べを受けることになったらしい。
この事件が公表されたのは、全てが終わった後である。放射能の件があるので、公表しないという選択肢はない。それを知った国民は、ロシアに対して反感を抱き始めた。
一方、厳重に管理されているはずの弾道ミサイルが発射されたことに、ヨーロッパ諸国やアメリカは危機感を覚えた。ロシアの内部で何か変化が始まっていると気付いたのである。
ヨーロッパ諸国は、ロシアの動きに不気味なものを感じて、軍事予算の増額を決めた。そして、アメリカが運用を開始した武装翔空艇に注目する。
この武装翔空艇はマナテクノのアメリカ工場で造られたB型救難翔空艇を、アメリカ軍が改造したものだ。元々大馬力の動真力エンジンと強化型基本構造で造られているので、軍用として使っても問題なかったのである。
EUの軍事関係者はB型救難翔空艇を大量に注文したいと相談に来た。マナテクノは政府と協議して輸出の許可をもらった。法律上は許可など必要ないのだが、軍事に転用することが分かっているので、あらかじめ許可を取ったのである。
世界に不穏な動きが見え始め、雅也は心の奥に不安をいだき始めた。




