scene:254 ロシアの原潜
「超越者教会のことは分かりましたが、それがマナテクノとどう関係しているのですか?」
木崎長官が苦悩の表情を見せた。
「ロシア海軍の原潜が行方不明になっています。その原潜の艦長が、超越者教会と関係していたようなのです」
「その原潜は、どの辺の海で活動していたのです?」
雅也が質問すると、暗い表情のまま木崎長官が、
「日本海です。自衛隊の情報分析官は、現在の日本で一番重要な場所を攻撃するのではないか、と言っているのです」
「重要な場所というと、首相官邸ですか?」
木崎長官は溜息を漏らした。
「マナテクノですよ。日本で一番重要なのは、マナテクノの本社と工場、それに竜之島宇宙センターなのです」
雅也は信じられないという顔をする。
「本気で原潜が、マナテクノや竜之島宇宙センターを狙うと考えているのですか? 信じられませんな。それに原潜なら、核ミサイルが搭載してあるのでは?」
木崎長官が頷いた。
「原潜に核ミサイルが搭載されているのは事実ですが、艦長だけの権限では発射できないようになっています。マナテクノを攻撃するなら、通常ミサイルになるでしょう」
「しかし、なぜマナテクノなのです?」
「超越者教会は終末論を唱えており、人類はもうすぐ滅亡すると予言している。だが、マナテクノは人類の未来を切り開いた。宇宙太陽光発電を足掛かりに、人類は宇宙へ拡大する徴候を示したことに怒りを抱いたようです」
雅也はその思考が理解できなかった。人類の滅亡が回避できれば嬉しいはずだ。それに怒りを覚えるとは、人類の滅亡を望んでいるのだろうか?
「政府としては、竜之島宇宙センターとマナテクノに、終末高高度防衛ミサイルを配置したいと考えている」
「その原潜の居場所を突き止めて、攻撃する事はできないのですか?」
雅也が質問すると、木崎長官たちは難しい顔になる。
「相手は原潜ですからね。困ったことに一度見失うと発見は難しいのですよ」
海上自衛隊は懸命にロシアの原潜を探しているが、まだ発見できないようだ。
「マナテクノや竜之島宇宙センターを狙っているのなら、太平洋側に出てきたということですか?」
「そのようです。一瞬だけ津軽海峡を通過した原潜らしいものを捉えたのですが、また見失いました」
日本海側なら海上自衛隊の艦艇を利用して探し出せたかもしれないが、太平洋側だと広すぎて難しい。それでも日本列島付近は、護衛艦が警戒しているので近づけないと思われる。
「護衛艦が巡回している外側に、原潜が潜伏していると思われます」
永野装備官が口を挟んだ。
「攻撃型潜水艇を大量に配備していれば、発見できたかもしれないのですが」
木崎長官が永野装備官を睨んだ。
「今更言っても、仕方ないだろう」
「ですが、この事態が終息したら、補正予算を組んでもらいたいです」
木崎長官が頷いた。
「分かっている。攻撃型潜水艇とステルス型攻撃翔空機を、大量発注しようという声が聞こえてきている」
「ん、ステルス型攻撃翔空機もですか?」
雅也が確認した。
「空自に導入されたステルス型攻撃翔空機の評判がいいんですよ」
ステルス型攻撃翔空機は、領空侵犯のおそれがある侵入機に対する緊急発進に使われている。整備が簡単なので、パイロットより航空整備士がステルス型攻撃翔空機を気に入ったらしい。
「結局、原潜への対策はどうするのです? 終末高高度防衛ミサイルの配備だけでいいんですか?」
雅也が確認すると、木崎長官が苦い顔になる。
「仮に核ミサイルが発射され、それが一発でも日本に落ちたら、大変なことになる。他に対策があるのなら、政府としても教えてもらいたいです」
「分かりました。マナテクノで開発しているスペースデブリ駆除装置があります。それをドローンに載せて配備しましょう」
マナテクノからアイデアを提示されるとは思ってもみなかった木崎長官と永野装備官が首を傾げた。
「そのスペースデブリ駆除装置というのは?」
「宇宙太陽光発電システムに衝突しそうなスペースデブリを排除するために開発しているものです。本来の威力は宇宙のゴミを弾き返すほどの威力しかないのですが、威力を極大化して核ミサイルを迎撃しようと考えたのです」
「そんなもので大丈夫なのですか? ドローンというとミサイルに比べてスピードが遅すぎる」
「我社が実験に使っているドローンは、自社開発したもので最高速度が時速五百キロほどです。ミサイルに比べれば遅いですが、自衛隊が協力してくれれば、海上でミサイルを撃ち落とせるでしょう」
二人は納得しているわけではないが、終末高高度防衛ミサイルの配備が承認されたというだけで満足したようだ。
「時間がない。永野君は終末高高度防衛ミサイルの移動を手配してくれ。聖谷常務はマナテクノの皆さんに避難するように伝えてください」
雅也はマナテクノに戻ると、スペースデブリ駆除装置を準備させた。マナテクノの本社に二機、竜之島宇宙センターに二機を配備し、各工場や研究所に一機ずつ配備することにした。
今回の事態はマナテクノだけで片付く問題ではなかった。マナテクノを狙ったとしても、正確にマナテクノに命中するとは限らないからである。
政府は国民に事態を公表する気はないのだろう。原潜の艦長が超越者教会と関係があるらしいという不確かな情報しか証拠がなかったからだ。
国民をパニックに陥らせるだけだと考えたのである。但し、標的だと思われるマナテクノには警告して、社員たちを避難させようと言うのだろう。
雅也は超越者教会が何を考えているか理解できなかった。
「社員には帰宅して待機するように指示を出しました」
小雪が報告する。雅也は頷いてから、
「社長と一緒に自宅に帰ってくれ」
「ダメです。最後まで残ります」
小雪は頑固である。雅也は溜息を漏らして一緒に臨時の対策室へ向かった。ここには数人の技術者と神原社長が自衛隊から送られてくる情報を見ていた。
「社長は帰ってください」
神原社長が振り向いて首を振った。
「ダメだ。社員が一人でも残っている限り、会社から離れるわけにはいかんよ。ところで、社員たちには何と説明したのだね?」
「テロリストが爆弾を仕掛けた、という情報が入ったので、念のために社員は帰宅させると伝えてあります」
神原社長が頷いた。
「ロシアの原潜に乗ったテロリストか。物騒な世の中になったものだ」
その原潜が自衛隊の護衛艦に発見された。




