scene:252 超越者教会の動き
超越者教会の教祖サプーレムがロシアに入ったと分かった頃から、ロシアの動きが活発になった。冷戦の頃のソ連は世界のスーパーパワーだった。
だが、今のロシアはGDPがトップ十位の中にも入っていない。スーパーパワーではなくなったのだ。ただ軍事力だけは強大だった。
最近になって、ロシアの潜水艦が頻繁に日本の領海を侵犯するようになった。このことを危険視した海上自衛隊は、六坂一等海佐をマナテクノに派遣した。
その応対に出たのが雅也だ。以前、開発に関係した特殊小型潜水艇について相談したいことがあると連絡を受けたからだ。
特殊小型潜水艇はマナテクノが開発したものではない。マナテクノはエンジンや共振データデバイスなどを提供しただけである。
「特殊小型潜水艇について、と聞きましたが?」
六坂一等海佐が頷いた。
「ロシアの潜水艦が、日本の領海を侵犯するようになりました。そこで小型潜水艇で防ごうと考えているのです」
ちょっと無理じゃないかと雅也は考えた。ロシアの潜水艦と言ったら、排水量が数千トンもある戦闘艦である。それに比べて、小型潜水艇と呼ばれるものは数十トン程度のものだ。
船体が小さいので武装も貧弱なものになる。到底ロシアの潜水艦を防げるとは思えなかった。そのことを六坂一等海佐に伝えた。
「潜水艦は、大きな水圧に耐えねばならないため、ある意味脆弱です。魚雷一発で沈むのですから、小型潜水艇でも戦えるのです」
「小型潜水艇に強力な兵器を装備しようとしたら、何かを犠牲にしなければならないと思いますが」
「はい、当初は航続距離か、速度を犠牲にするという案が出ました」
「まあ、仕方のないことですね」
「ですが、マナテクノがメルバ送電装置を開発したと聞いて、海中でも電気を送れるのではないかという話が出たのです」
「ああ、なるほど、メルバ送電装置ですか。確かに海中でも電気を送れます」
「やはり、そうでしたか。メルバ送電装置を動力源とする攻撃型潜水艇の建造に協力して頂けませんか?」
雅也は協力しても良いと考えた。ロシアの潜水艦というのが気になったのだ。ただ建造数が気になった。攻撃型潜水艇と呼べるような兵器は、大量に建造しないと抑止力にならない。
広い海に五隻ほどの攻撃型潜水艇を巡回させても、仮想敵国の潜水艦を牽制できないだろう。それに企業であるマナテクノの利益にもならない。
「協力を検討する前に、建造数を確認したい」
「まず十隻ほどを建造しようと考えています」
「一隻の予算は、どれほどになると考えておられるのです?」
その予算を聞いて、雅也は驚いた。安い戦闘機並みの値段だったからだ。まあ、本格的な潜水艦を沈められる性能がある攻撃型潜水艇なのだから、そのくらいの値段でも当然だということだろう。
まず十隻ということは、追加を考えているということだ。それならマナテクノの利益になるだろう。雅也は協力する方向で検討してみると答えた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その数日後、事件が起きた。特殊人材対策本部が管理する拘置所が襲撃され、囚われていたサザランド枢機卿が殺されたらしい。
特殊人材対策本部の黒部がわざわざ説明に来て、超越者教会がサザランド枢機卿の口封じをしたのだと伝えた。雅也が苦労して捕らえたのに、殺されてしまったことを謝罪に来たらしい。
「口封じをするより、奪還して逃げるということを考えなかったのかな?」
「失敗したことに対する懲罰だという意味もあるのでしょう。それに顔や指紋・DNAも知られたので、逃げられないと考えたのだと思います」
「なるほど、罰したのか。よほど厳しい組織なんだな」
「後はロシアに逃げた教祖のサプーレムを捕らえれば、超越者教会は消滅するでしょう」
黒部が帰り際に、振り返って言った。
「そう言えば、ロシアの有名な格闘家キーロヴィチ・クラシコフが来日するようです」
「ん、格闘技のイベントでもあるのか?」
「知らないのですか、世界チャンピオンのサイラス・エドキンズとタイトルマッチを行うことになっています」
「ということは、キーロヴィチは真名能力者か」
真名能力者で誰が最強かを決めた世界頂天グランプリで優勝したのが、サイラスである。そのタイトルを賭けて試合が行われるらしい。
仕事が忙しくて、格闘技の大会など長いこと見ていない。面白そうだ。久し振りに見に行くのもいいな。そう思った時、雅也の頭に疑問が浮かんだ。
格闘技好きでもない黒部が、なぜキーロヴィチを知っていたのだろうと疑問に思ったのである。
「黒部さん、なぜキーロヴィチのことを?」
「キーロヴィチが、超越者教会に関係しているという情報を手に入れたからです」
「それを早く言ってくれ。もう少しでタイトルマッチを見に行くところだった」
「近寄らない方がいいと、言おうと思っていたんです」
雅也が溜息を吐いた。
「チャンピオンのサイラスさんは、知っているの?」
「アメリカからの情報ですから、知っているでしょう」
「さすがチャンピオンは、度胸がある。あの宗教団体の正体を知ったら、近づきたくないと思うのが普通なんだけど」
「チャンピオンとして、自信があるのではないですか」
「益々試合を見たくなったけど、仲間を口封じに殺すような連中だからな。ところで、日本政府は入国禁止にしなかったんだな」
「超越者教会の情報は、政府でも一部の人間にしか知らされていません。聖谷さんは関係者なので、知らせたんです」
雅也は肩を竦めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その試合に雅也は行かなかったのだが、雅也の友人である仁木と斎藤は見に行った。
「斎藤さんは、サイラスと戦いたかったんじゃないか?」
世界頂天グランプリに出場した斎藤に、仁木が尋ねた。
「予選で戦えただけで十分です。私より仁木さんが出場していたら、いいところまで行ったんじゃないですか?」
斎藤が笑いながら言い返した。
「まさか、おれの格闘技は我流だから、底が浅いんだ」
二人が話している間に、試合開始が近づきサイラスとキーロヴィチがリングに上がった。
仁木はキーロヴィチの顔を見て、首を傾げた。
「おかしいな。顔が青褪めている。キーロヴィチほどの選手が緊張しているのか」
「そうですね」
試合開始が近づくにつれて、仁木は嫌な予感を覚えた。




