scene:251 サザランド枢機卿2
雅也は小雪と一緒にパーティーに出席した。このパーティーは宇宙太陽光発電システムプロジェクトに関連した企業や役所の人々が参加している。
「聖谷さん、我社で月旅行が話題になっていますよ」
太陽光パネルの製造に関連する企業の社長である米良が雅也に声を掛けた。マナテクノは月旅行を事業化することを発表したのだ。
「様々な方面から、月旅行を事業化してくれという声が上がったのです」
「元々事業化するつもりだったのではないですか?」
「ええ、そういう話はあったのですが、宇宙太陽光発電システムのプロジェクトを優先する事になっていたのです」
「そうなんですか。ですが、火星行きの大型宇宙船の建造を始めたと聞きましたが」
「あれは時間の掛かるプロジェクトだから、早めに始めただけです。時間を掛けて少しずつ進めようという計画なのです」
「しかし、火星旅行の事業化は難しいのでは?」
「火星旅行を事業化する予定はありません。大型宇宙船の建造は、マナテクノの技術を発展させるための課題です」
米良社長が頷いた。
「ところで、アメリカやドイツで、起重船と似たような宇宙船を開発していると聞いたのですが、大丈夫なのですか?」
アメリカやヨーロッパの先進国なら、起重船を開発できるだけの技術力を持っていると雅也は考えていた。だが、微小魔勁素結晶しか作り出せない諸外国は、量産品を生産することはできないのも分かっている。
「マナテクノは技術力で負けるつもりはありません。そのために大型宇宙船の建造も行うのです」
雅也は顔見知りの財界人たちに挨拶をして回り、ホッと一息ついた。それを見た小雪が微笑む。
「雅也さんは、相変わらず、こういうのが苦手ですよね」
「こういう華やかな場所は、肩が凝るんだよ」
アメリカのカヴァナー国務省次官が挨拶に来た。二度ほど会議で言葉を交わした程度なのだが、大男のカヴァナー次官は親しげな態度で手を差し伸べた。その手を握って英語で挨拶する。
「ミスター・聖谷、これから日本は大変になるかもしれないよ」
将軍様の国が崩壊したおかげで、難民が日本にも来ている。その事を言っているのかと思った。
「難民の件ですか。それは政府が対応するでしょう」
「その件もあるのだが、超越者教会のサザランド枢機卿という人物が、日本に来ているようなのだ。その人物が、マナテクノ、もしかするとミスター・聖谷個人を狙っているという情報を手に入れた」
「危険な人物なのですか?」
「悪魔のように危険な人物だ。しかも真名能力者だという情報も入っている」
「アメリカで逮捕してくれれば、良かったのに」
「我々も努力したのだ。私には理解できない力を持つ真名能力者なのだよ」
カヴァナー次官は雅也が能力者だと知っている。しかし、アメリカの高官がパーティーの席で伝える情報なのだろうかと疑問に思った。もしかすると、盗聴や行動を監視されているということがあるのだろうか?
こういうがやがやと五月蝿いパーティーでの会話という形の方が盗み聞きされ難いと思ったのかもしれない。
雅也は情報の礼を言って考えた。真名能力者だというのが問題である。どんな真名を持っているのか分からず、備えようがない。
パーティーが終わり、雅也と小雪は社用車で帰宅することになった。まず神原社長の家へ行くように運転手へ指示する。
雅也がカヴァナー次官の言葉を考えていると、小雪の声が聞こえた。
「古坂さん、道が違うと思うけど」
運転手の古坂は返事もせずに、廃工場に社用車を入れた。そして、車のキーを持って外へ出る。ふらふらという歩みは危ないものに見えた。
廃工場の奥から数人の人間が出て来て、社用車を取り囲んだ。
「ミスター・聖谷、車から出て来なさい」
リーダーらしい男に英語で言われた雅也は、小雪を車に残して外に出た。
「何が目的だ?」
「君には、我が教会に入ってもらう」
「俺は神を信じていない。他の人間を勧誘してくれ。それに名乗らない人間は信用しないことにしている」
その男が笑った。
「これは失礼した。私は超越者教会のサザランドである」
本当に名乗ったので、雅也たちを帰すつもりがないと分かった。
「それでどういう用件なんだ?」
「あなたが七頭竜から手に入れた真名を渡してもらいたい」
この男は七頭竜が『転写』の真名を持っていたことを知っていたらしい。真名能力者なのは本当のようだ。問題はどんな真名を持っているかだ。
この自信溢れる様子から、凄い真名を持っているのは確実だろう。
「断る」
その瞬間、信者だと思われる男たちが雅也に襲い掛かった。雅也はすでに『装甲』『雷撃』『言霊』『加速』『怪力』『頑強』の真名を解放していた。
雅也は男たちを数秒で叩きのめした。地面に横たわる信者たちを見て、サザランド枢機卿は嫌悪の表情を浮かべる。
「ふん、真名能力者だというのは事実だったか」
雅也はサザランド枢機卿を睨み、油断なく構えた。
「無駄なことだ。『我の前にひれ伏せ』」
その言葉は強制力を持っていた。自然に身体が動き出そうとするのを、雅也は全意志力で抑え込んだ。
雅也はその声の正体を知っていた。『言霊』の真名を使った声による命令だったのだ。雅也はニヤリと笑う。
それを見たサザランド枢機卿が、
「なぜ、笑っていられる。儂は『我の前にひれ伏せ』と言ったのだぞ」
雅也は意志力を総動員して耐えきり、サザランド枢機卿に向かって手加減した雷撃球を放った。雷撃球がサザランド枢機卿に命中し、バチッと音を立てる。
その一撃でサザランド枢機卿が倒れた。彼の自信の源は、『言霊』の真名だけだったらしい。
その後、特殊人材対策本部の黒部を呼んだ。
サザランド枢機卿とその信者たちは誘拐未遂で逮捕された。運転手の古坂は正気に戻り、しきりに謝っていた。
『言霊』を封じられたサザランド枢機卿は初め黙秘していたが、厳しい尋問を受けると日本の信者である西条司教のことや教祖サプーレムについても白状した。
教祖サプーレムはロシアに居ることが分かり、アメリカはロシアと交渉を始めた。




