scene:250 サザランド枢機卿
「ドローン攻撃か。被害の程度は?」
雅也が中園専務に尋ねた。
「今の段階で、死者三十二人、負傷者二百七十三人、行方不明者多数だそうです」
ニューヨークでは五十階建てビルの四十階をドローンが突撃し爆発した。ロサンゼルスでは円筒形の高層ビルが破壊されたらしい。
中園専務の話だと犯人は分かっていないそうだ。アメリカは中東地域の組織を疑っているが、犯行声明も証拠もない状況らしい。
アメリカは全力でテロの捜査を始めた。そして、ドローン攻撃の瞬間を偶然に撮影した映像を分析して、そのドローンが中国製だと突き止める。
但し、中国製ドローンなど掃いて捨てるほど存在するので、決定的な証拠にはならない。ただ攻撃に使われたドローンは特殊なもので、販売数が少なかった。
そこに注目したアメリカは、東アジアの独裁国家が関係しているのではないかという情報を掴んだ。
調査が進み、ニューヨークの株式市場で大規模な空売りを行い、巨額の利益を得た投資家がいることを突き止める。そして、それらの投資家が独裁国家と繋がっていることが判明した。
自国民を攻撃されたアメリカは、強烈な反撃を繰り出すことで知られている。激怒したアメリカは、東アジアの独裁国家を攻撃した。
独裁国の独裁者が住んでいると思われる豪邸をピンポイント攻撃したのである。それも目には目を、ということでドローンによる攻撃である。
豪邸は粉々に破壊されたが、運悪く独裁者は生き残った。右足を切断しなければならないほどの大怪我を負ったが、助かったのだ。
回復した独裁者は正気を失っていた。自国軍に米軍への攻撃を命じたのである。命令を受けた軍は、隣国の米軍基地にミサイルを発射した。
ミサイル攻撃された米軍基地が大きな被害を出した、という情報が世界に拡散する。アメリカ軍でも撃ち込まれたミサイルの全てを撃ち落とせなかったようだ。
ただ幸いなことに通常兵器だけの攻撃だった。しかし、兵士たちから大勢の死者が出たのは事実である。アメリカ側も中途半端な敵の攻撃に戸惑っていた。
こんな攻撃をするより、何も攻撃しない方がマシだった。アメリカ軍はダメージを受けたが戦闘に関しては支障がなかったからだ。
雅也たちは不穏な動きを知って、アメリカと独裁国を見守っていた。
「ああ、最悪だ。将軍様は気が狂ったとしか思えない」
雅也の言葉を聞いた神原社長が頷いた。
「本当にどうなるのか、不安で仕方がないよ」
アメリカ軍の本格的な空爆が始まろうとした時、将軍様が死んだというニュースが流れた。
「死因は何だったのでしょう?」
小雪が首を傾げて尋ねた。
「身内に殺されたのかもしれないな」
雅也が言うと、小雪が息を呑んだ。
「それは部下に殺されたということですか? それとも本当の身内に?」
「これからの交渉で分かるだろう」
将軍様の一族が地位を継ぐようだったら、本当の身内に殺されたのだろう。将軍様の暴走を一族が止めたという実績を軍が認めたということだ。
一方、軍の幹部などがトップとなるようなら、将軍様一族が排斥されることになる。
それからしばらくして、将軍様の一族が処刑されたという話が噂されるようになった。元独裁国は混乱し、難民が南や西の国に溢れ出す。
アメリカ軍は元独裁国へ入り、核兵器を押さえた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「気にいらんね」
超越者教会の司教西城玄斎は、独裁国が瓦解したというニュースを聞いて声を上げた。
その声を聞いたシスター戸村が西条司教に目を向ける。
「司教、どうかされたのですか?」
「ふん、我らを支援していた国が、減ってしまった。嘆かわしいことだ」
「ああ、将軍様の国ですか。あれはどうしようもない国です。縁が切れたことを喜ぶべきではないですか?」
「だが、あの国から人材を借りれなくなったのは痛い」
超越者教会は様々な非合法活動をしていたが、その時には独裁国の人材を活用していたのだ。
西条司教のスマホから着信音が響いた。スマホを出して確認すると、西条司教が慌てた。
「なぜだ? サザランド枢機卿が来日されるそうだ」
「サザランド枢機卿が……何かあったのですか?」
「たぶん、アメリカの追及が厳しくなったのだろう」
その数日後、サザランド枢機卿が日本の超越者教会を訪れた。
「お会いできて光栄に存じます」
西条司教の流暢な英語を聞いて、サザランド枢機卿が鷹揚に頷いた。
「世話を掛ける。日本に来た目的は、マナテクノの聖谷から、あるものを奪うためだ」
意外な名前を聞いて、西条司教が首を傾げる。
「日本を代表する企業ですが、その聖谷という人物が何を持っているというのでございますか?」
「それは秘密だ。我が超越者教会が、絶対的な優位を確立させるために、必要なものとだけ言っておこう」
「聖谷という人物が持っているというのは、間違いないのですか?」
サザランド枢機卿がジロリと西条司教を睨んだ。
「私が『託宣』の真名を持っていることは知っているだろう。私に限って間違うということはない」
ちなみに、託宣というのは、神が人にのり移ったり夢に現れたりして意思を告げることである。
「そうでございました。失礼をお許しください」
「まあいい。それより聖谷の予定が知りたい。調べられるか?」
「はい、手配いたします」
二日後、聖谷が財界のパーティーに出席することを突き止めた西条司教は、それをサザランド枢機卿に報告した。