scene:249 アメリカの危機
アジアにおいて、日本は一番最初に先進国となった国である。そのせいだろうか、アジア諸国の中には日本を真似て国を発展させようと考える国もある。
その中で産業構造も日本を真似ようとする国があった。日本が造船に力を入れれば、造船業に補助金を出して注文を集め、日本の自動車産業が伸びれば、自国の自動車産業を育成しようとする。
そんな国が最近の日本を見て、自分たちも動真力エンジンを基軸とした産業を育成しようと思ったのは当然のことだ。だが、それが難しいことが分かった。
様々な企業がマナテクノに共同研究を持ちかけたり、自国にマナテクノの工場を招致したりしたのだが、マナテクノは慎重だ。
仕方なく多くの国が微小魔勁素結晶を使った動真力エンジンの開発を進めた。それで分かったのが、大量生産できないということだった。
そこでスカイカーやホバーバイク用の動真力エンジンの開発は諦め、宇宙船用や軍事用のエンジン開発を始めたのである。
中国で開発された動真力エンジンを積んだ宇宙船が墜落。そのニュースは全世界に流れたが、注目されることはなかった。その直後に、マナテクノが火星行きの大型宇宙船を建造する予定だと公表したからだ。
その墜落を知っても、他の国は宇宙船用・軍事用のエンジン開発を諦めなかった。
アジアばかりでなく、ヨーロッパやアメリカでも微小魔勁素結晶を使った動真力エンジンの開発が進められている。
但し、どの国も大量生産の方法を発見できなかったので、高機能な動真力エンジンを研究するという方向へ進んだ。
高機能な動真力エンジンの開発には、大きな落とし穴がある。高馬力になるとエンジン自体に負荷がかかり、故障しやすくなるのだ。
その負荷を分散するためにエンジンの構造が複雑になり、最新のガソリンエンジン以上に高度な技術が必要になると言われ始めた。そんな動真力エンジンを造れる国は限られている。
アメリカの技術研究所がサイバー攻撃を受けた。この研究所では軍事用の動真力エンジンを開発しており、その情報を狙ったらしい。
もちろん、アメリカの軍事技術を研究している場所が、何のセキュリティー対策もしていないはずがない。当然反撃して、サイバー攻撃をしている国を突き止めた。
それがアジアの独裁国だと知ったアメリカは、コンピューターウイルス、最近はマルウェアと呼ばれるようになったものを使って反撃した。
アメリカは声明を出して、サイバー攻撃を仕掛けてくる国や組織には、反撃を加えると告げた。
それをネットのニュースで見た雅也は、この手の事件が多くなったと感じた。
「おはよう」
出社した雅也が小雪に挨拶の声を上げる。
「おはようございます。また、マナテクネットに大量の注文が入ったそうですよ」
「ああ、アメリカの件が、影響しているんだろう」
小雪も知っていたようで頷いた。
「それから、自分たちも月に行きたいという方々から、大量のメールが来ているようです」
予想できたことなので、驚きはない。だが、予想以上にメールが大量だったらしい。システム部ではサイバー攻撃じゃないのかと疑ったようだ。
「社長は何と言っているんです?」
「自分たちだけが行って、それで終わりというのは、他の人たちが納得しないだろうと」
「まさか、月旅行を事業化するつもりなの?」
「重役たちの間でも、事業化するべきではないか、という声が上がっています。月旅行なら高額を出してもいいという人々が多いようなんです」
そこに神原社長が入ってきた。
「朝早くから、どうしたのです?」
「トンダ自動車の殿田社長から言われたのだが、最近SDGsとか二酸化炭素削減という声を聞かなくなったというのだ。なぜだと思う?」
雅也は宇宙太陽光発電システムが関係しているのかと思ったが、確信はなかった。
「さあ、マナテクノと何か関係が有るのですか?」
「日本の宇宙太陽光発電システムが完成したことで、この分野で日本に主導権を握られたと考えた者たちが、路線変更したのではないかと、殿田社長が言っていた」
SDGsとか二酸化炭素削減と叫んでいたのは、その分野で主導権を握ろうとしていた者たちが、裏で画策していたのではないかと殿田社長は言っているらしい。
「でも、二酸化炭素削減を叫んでいたのは、発電事業だけじゃないですよ」
「そうだ。中国やヨーロッパ各国の自動車産業は、EV車が主力になると言っていた」
EV車に関しては、バッテリーとEV急速充電スタンドの問題がネックになっている。ところが、この問題を簡単に解決する方法をマナテクノが所有していた。
メルバ送電装置である。EV車に直接電力を送れば、充電スタンドは不要になり、バッテリーも小型のものになるというわけだ。
「ですが、メルバ送電装置は高価なものですよ。車に一台ずつ組み込むなんて考えられません」
雅也が反論した。
「そうだな。だが、そこのところをマナテクノの社員以外は知らん。勝手に脅威だと思っているようだ」
雅也は環境問題について関心が薄かった。宇宙太陽光発電システムを担当することになって、勉強したのだが、なぜ二酸化炭素だけ悪者になっているのか、今でも不思議に思っている。
「環境問題は、よく分からないな。なぜ二酸化炭素を目の敵にするのか理解できない」
小雪は不思議そうに雅也を見た。
「でも、二酸化炭素が増えると、温室効果が強化されて地球が温暖化すると習いましたけど」
「そう言われているけど、大気中に含まれる二酸化炭素は、〇.〇四パーセントで、そのうちのたった五パーセントが人間の活動によるものだと言われているんだ」
小雪が首を傾げた。
「そう言われると、二酸化炭素が原因で温暖化しているというのは……でも、産業革命以降に温暖化が始まったというグラフを見たことがあります。……分かりません」
そんなことを話しているところに、中園専務が飛び込んできた。
「大変です。アメリカでまたテロが起きたようです」
中園専務によると、ニューヨークとロサンゼルスのビルがドローン攻撃を受けて、大きな被害を出したらしい。




