scene:248 パイクリート船
デニスは氷の船を作るために、布で型枠を作らせた。布だけだと船の形を保持できないので、細い棒も使って型枠にすることを考える。それを見たフォルカが質問した。
「こんな布の型枠じゃ、水が漏れてしまいますよ」
「分かっている。この型枠を水で濡らして凍らせて使うんだ」
「なるほど、そういうことですか。これなら丸めて運べそうですね」
本当に船ができるか、何度か試してみて不具合を改良した。完成したと確信した後、デニスたちは迷宮に向かった。
十四階層までは問題なく進んだ。十五階層の湖まで来たデニスたちは、湖を観察する。
「魔物がいるんでしょうか?」
「どうだろう。それより船を造ろう」
デニスたちは船の型枠を作り、布製の型枠に水を掛けてから『冷凍』の真名を使って凍らせる。デニスは大量のおがくずと紙を持ってきていた。
布袋におがくずと紙を入れてライノサーヴァントに載せて持ってきたのだ。そのおがくずと紙、水を混ぜ型枠の中に流し込む。デニスはその混ざった水を一気に凍らせた。
これは雅也の世界でパイクリートと呼ばれているものだ。通常の氷と比べて熱伝導率が低く融け難く強度が高まるという特性を持っている。
このパイクリートは、第二次大戦中に氷山空母を作るための材料として考案されたものらしい。実際には造られなかったが、実験で強度が上がることは証明されているらしい。
氷の船が完成した。正確にはパイクリートの船なのだが、主成分は氷である。
デニスたちはパイクリート船に乗って島を目指して出発した。この十五階層には細い竹が生えていたので、その竹を竿として使い、パイクリート船を漕ぎ出した。
途中、船底にガツンと何かが当たる音がした。どうやら魔物が攻撃したらしい。パイクリート船に傷が刻まれたが、丈夫な船体は壊れなかった。
それから何度か船への攻撃があったが、パイクリート船は思っていた以上に頑丈だった。
「不思議ですね。どうしておがくずと紙を混ぜただけなのに、氷が丈夫になるのでしょう?」
フォルカが不思議そうにパイクリート船を見た。
「さあ、昔の誰かが発見したことだからな。詳しいことまでは知らない」
雅也の知識もあやふやなので、パイクリートについての専門的なことは分からなかった。
島に到着したデニスたちは、中央に建っている建物を目指した。それは貴族の屋敷のような建物である。玄関には、獣の牙を組み合わせた家紋のようなマークが描かれており、紐が垂れ下がっていた。
「この紐は何でしょう?」
イザークが首を傾げる。フォルカももの問いたげな顔をしていた。
「呼び鈴だろうか」
「罠ということはないでしょうね?」
「玄関に罠を仕掛ける意味がない。引っ張ってみよう」
デニスは紐を引っ張った。すると、玄関の扉がゆっくりと開く。
「ふーん、こういう仕掛けか。中を確かめよう」
デニスが先に中に入った。
「こういう場合は我々が先に入るものなんだが……カルロス殿に叱られそうだ」
イザークが愚痴のように零した。
二人が中に入ると、デニスが部屋の中の調度品を調べていた。
「おかしい。この屋敷は誰かが住んでいるようだ」
イザークが警戒するように周囲を見回す。
「まさか、迷宮に住んでいる者などいませんよ」
フォルカが声を上げる。
「だが、この屋敷は住んでいるような形跡がある」
「魔物じゃないですか?」
魔物だと言われて、デニスの顔が引き締まった。
「こんな屋敷に住んでいる魔物なんて……」
「居るじゃないですか。廃墟の建物に住み着いている闇の眷属が」
イザークが指摘した。
それを聞いたデニスが顔をしかめる。八階層の廃墟で棺に入ったままの魔物を殺したことがある。闇の眷属だったと思うのだが、最後まで正体が分からなかった。
「そうだな、吸血鬼やワーウルフなら屋敷に住んでいてもおかしくない」
イザークがデニスとフォルカに向かって頷いた。油断するな、ということなのだろう。
屋敷の部屋を一つずつ調査した。一階の部屋を全部チェックした後、二階へと上がる階段に向かう。階段を上がって二階の部屋を調べようとした時、二階の奥の部屋で大きな音がした。
デニスたちは奥の部屋へ急いだ。ガラスが割れる音がして何者かが庭へ飛び下りたのが気配で分かった。奥の部屋に入ると、窓ガラスが割れている。
デニスは割れた窓から外を見た。黒い服を着た男が庭に立っている。デニスたちも窓から飛び下りた。
「人間風情が、私の屋敷に踏み込んでくるとは……」
相手はワーウルフのようだ。顔が変形し鼻が突き出て剛毛が生え始めている。
男の骨格が形を変え猫背になる。それと同時に両手の指先から凶悪そうな爪が伸びる。人間から狼男へ変身する現場を、デニスたちは食い入るように見ていた。
今の瞬間が攻撃のチャンスだった。だが、目の前で起きている不思議な現象から目を離せなかった。
その化け物は完全な狼へ変身することはなかった。人間と狼の中間という姿でデニスたちに襲い掛かる。その動きは凄まじく俊敏で、予期しない攻撃だと避けることは難しい。
その凶悪な爪がイザークの胴に叩き込まれた。『怪力』の真名を使うイザークと比べても圧倒的に強いパワーでイザークを薙ぎ払う。
イザークの身体が宙に舞った。装甲膜を展開し『頑強』の真名を使っていたので、致命傷にはならなかったが、しばらく戦闘不能にするほどのダメージを与えた。
「フォルカ、イザークを頼む」
デニスが指示を出す。フォルカは『治癒の指輪』を取り出して、イザークの下へ走った。
ワーウルフはデニスに向かって牙を剥き出しにして唸る。怒気を孕んだ唸り声は、デニスの精神を揺さぶった。そこには恐怖を湧き上がらせる成分が入っていた。威圧し竦んだ相手を攻撃するというのが、ワーウルフの戦法なのだろう。
ただデニスは慣れていた。恐怖を抱かせるような敵と何度も戦い勝ってきたのだ。構えていた神剣をワーウルフに向けて突き出す。
ワーウルフは機敏に避けて反撃する。デニスは神剣で迎撃した。さすがにワーウルフの爪も神剣には敵わず、手傷を負う。
デニスは後方に跳び下がり、爆砕球を叩き込もうとした。だが、ワーウルフが追撃してきて格闘戦の間合いとなってしまう。
敵は放出系真名術を使われることを嫌がっているようだ。ワーウルフにとっては当然のことなのだろうが、デニスにとってはまずい状況だった。
ただ時間はデニスの味方だった。時間が経過すれば、イザークの治療を終えたフォルカが戦闘に参加する。そうなれば戦況は、一気にデニスたちが有利になる。
ワーウルフに焦りの色が見えた。強引に突進してきて凶悪な爪をデニスに叩き込もうとする。その攻撃をしゃがんで避けたデニスは、低い姿勢のまま神剣を横に薙ぎ払った。神が造り上げた刃がワーウルフの足を斬り裂いた。
絶叫を上げて倒れたワーウルフの首に神剣が振り下ろされた。刎ね飛ばされた首から上が、一瞬だけデニスを睨んでから消えた。
その時デニスの頭に新たな真名が飛び込んだ。『威圧』という真名である。
治療が終わったイザークが起き上がってデニスのところへ来た。
「申し訳ありません」
「いや、ワーウルフの素早さを知る前に、攻撃を受けたのだ。仕方ないだろう」
「デニス様、あいつはドロップアイテムを残したようです」
ワーウルフが残したものは、爪が付いた緋鋼製の籠手だった。イザークが好きそうな装備だったので、イザークに渡した。
「役に立たなかった上に、もらってもよろしいのですか?」
「次に挽回すればいい」
イザークは予想通り籠手が気に入ったようだ。




