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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第7章 迷宮と宇宙編
246/313

scene:245 月旅行

 マナテクノで用意していた月旅行宇宙船が完成した。この宇宙船は『ツクヨミ号』と命名された。

「社長、本当にあれを持っていくんですか?」

 雅也が神原社長に確認した。


 確認したのは、神原社長が月に持って行くと言っている月面基地セットである。直径七メートルのドーム状の月面基地セットには、与圧空調システムが組み込まれており、基地内部では船外活動宇宙服を着用しなくても過ごせるようになっていた。


 マナテクノの社員で月旅行に行くメンバーは、神原社長以外は宇宙船のクルーである。操縦士と副操縦士、動真力エンジンの専門家と医師だった。


 驚いたことに協力会社から選ばれたメンバーの中に、川菱重工の恩田社長もいた。恩田社長は引退を考えており、記念になるようなことをしたかったようだ。


 ツクヨミ号を視察に来た恩田社長が、がっしりした宇宙船の姿を見て、

「私のような老人が、日本初の月旅行のメンバーになって良いものかと迷ったんだが、どうしても行きたくなったのだよ」


 恩田社長の言葉を聞いて、雅也が笑みを浮かべる。

「いいんじゃないですか。歳なんて関係ありませんよ。我社は目標を月から火星へ変えたんです。月旅行は本番前の準備運動ですよ」


「火星旅行か。普通に行けるようになったら、行ってみたいものだ」

「もしかすると、そういう日は近いかもしれませんよ」


 恩田社長が雅也に視線を向ける。

「ところで、中国が文句を言ってきたそうじゃないか?」

「ええ、無謀な月旅行はやめろと言ってきました」


 恩田社長が首を傾げる。

「何が無謀だと言うのかね?」

「大した訓練も受けていない者を、月に送り出すというのは、無謀だと言っているようです」


「しかし、ツクヨミ号のセールスポイントは、素人でも月に行けるようになるというものなんだろう?」

「そうです。恩田社長にも簡単な訓練は受けてもらいましたが、それほど厳しいものではありません」


「そうだったな。ちょっと拍子抜けしたほどだ」

 雅也はツクヨミ号を見上げた。

「この宇宙船は何度もテストとチェックを繰り返して、完璧な状態に仕上げています。月旅行を楽しんでください」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その数日後、ツクヨミ号が日本の竜之島宇宙センターから出発した。

「さあ、宇宙空間に出たぞ」

 宇宙船内服を着た神原社長が声を上げた。


 恩田社長が窓から外を見て頷いた。

「しかし、重力があると宇宙空間という感じがしないね」

 神原社長が同意するように頷いた。

「無重力状態を体験したいのなら、貨物区画に行けば、体験できますぞ」


 それを聞いた元防衛大臣の磯貝議員が、体験したいというので神原社長は貨物区画に連れて行った。ここには月面基地セットが積み込まれており、頑丈な金具とロープで固定されていた。


 神原社長たちが貨物区画に入った瞬間、身体に異変を感じた。無重力となったせいで血の流れが、重力のある地上とは異なるようになるのだ。


 こういう状態になることは講習を受けて分かっていたので、少しして慣れると無重力状態を楽しみ始めた。空中でぐるぐる回ってみたり、泳いでみたりしている。


「そろそろいいでしょう。月に向かって出発します。席に戻ってください」

 神原社長が声を上げた。子供に戻ったようになって楽しんでいた恩田社長たちが戻ってきた。


「どうでしたか?」

「楽しいね。吐き気がするかもしれないという話だったが、大丈夫だったよ」

 全員が座席につきシートベルトを締めると、神原社長は出発するように命じた。ツクヨミ号に組み込まれている複数の大型高出力動真力エンジンが最大の出力を出し始める。


 神原社長たちは座席のシートに押さえつけられ、髪の毛が鉛で出来ているかのように重く感じる。そのGに耐えていると、船長の声が聞こえた。


「月への軌道に乗りました。もう、シートベルトを外しても構いません」

 客席の前方には大きなスクリーンがあり、ツクヨミ号の船首に取り付けられたカメラからの映像が映し出されている。そこには月が映し出されていた。


「私たちは、あそこに行くんだな。着陸地点は虹の入り江と聞いているが、問題はないのかね?」

 神原社長が船長に尋ねた。

「問題はありません」


 問題も起こらず時間が過ぎて、ツクヨミ号は月に接近し着陸態勢に入った。着陸地点である虹の入り江は、雨の海の北西に伸びる玄武岩の溶岩で出来た平原である。


 ゆっくりと降下したツクヨミ号が、無事に着陸した。そのショックを感じた神原社長は、ニコッと笑って頷いた。月面に着陸したのが分かったのだ。


 ツクヨミ号に積み込まれていたボーンサーヴァントたちが、月面基地セットを運び出し虹の入り江に設置した。ドーム状の月面基地は、与圧結合アダプタでツクヨミ号の左舷ハッチと結合された。


 神原社長たちは、そこを通って月面基地に行けるのだ。月面基地の内部は与圧されており、船外活動宇宙服がなくとも活動できるようになっている。


 だが、用心のために神原社長たちは船内与圧服を着て向かった。

 軽い重力を感じながら移動する恩田社長は、楽しそうだ。月面基地には大きな窓が備え付けられており、そこから月面の景色を観察することができる。


 神原社長はその景色に見入った。

「人間は、もう一度ここに来ることができたんだな」

 その言葉を聞いた恩田社長が笑った。


「子供時代は、自分が大人になった頃には、簡単に月に行ける世界になっていると思っていたんだが、宇宙というのは手強い相手だったようだ」


 神原社長が頷いた。

「しかし、これからですよ。マナテクノはどんどん宇宙に突き進みますよ」

「次は火星か」

「いえ、次は宇宙太陽光発電システムの完成です」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 マナテクノによる月面着陸は、世界を騒がせた。月面基地の映像や宇宙船内での映像がテレビやネットで流され、それを大勢の人々が見た。


 その映像を見てフェイクだと騒ぐものもいたが、高性能な天体望遠鏡で月面基地が観測できるので、すぐに黙ってしまった。


 月旅行から帰ってきた神原社長は、今まで以上に精力的に働くようになった。

「どうしたんですか?」

「宇宙を感じた時、今生きている時間を大切にしようと思ったのだ」


 その答えを聞いた雅也は、何か分かる気がした。宇宙に出ると宇宙の広大さと同時に小さな自分を感じて、精神的に影響を受けることがあるのだ。


 月旅行はマナテクノにとって大きなイベントだったが、将来始めるかもしれない月旅行ビジネスの予行演習に過ぎず、本番はこれから始まる宇宙太陽光発電の稼働テストだった。


 完成した宇宙太陽光発電システム一号基は、稼働を開始した。太陽光を受けたソーラーパネルが一〇〇万キロワットの電気を作り出し地上に送り始める。


 一号基は二系統の送電システムを持っている。マイクロ波送電アンテナによる送電とメルバ送電装置による送電である。


 メルバ送電装置は一〇〇万キロワットの大電気を一度に送電する事はできなかったので、電力の一部だけを送電する。


 一度稼働を始めた宇宙太陽光発電システムは止められることはなかった。協力会社の一つである電力会社が電気を買取り始めたのだ。


 月旅行を成し遂げ、宇宙太陽光発電システムを完成させたマナテクノは、再び世界中の人々に名を知らしめることとなった。



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] 無重力状態の細かい描写が良いですね。 人工重力が有るのは大きい。 [気になる点] 探査機かぐやが見つけた、溶岩洞窟を利用した地下居住地を作ったりはしないのかな?
[一言] Amazon創業者や80歳を越える高齢者がそこまでの訓練も受けずに宇宙へと飛び出し、無重力を体験して帰ってきたニュースは、結構衝撃的でしたよね。 しかもパイロットなしで、自動制御。 科学の進…
[一言] なんかあまりに一瞬で月に行ってしまいちとご都合主義すぎやしませんか?
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