scene:244 日本の七頭竜
この七頭竜にマスコミも気づき、ヘリを飛ばした。武装翔空艇を偵察のために飛ばしていた自衛官が顔をしかめる。
ヘリの騒々しい音が自衛官の耳にも聞こえてきたからだ。これは絶対に化け物にも聞こえているはずだと武装翔空艇のパイロットは思った。
「ロシアからの情報で、こいつは危険な叫び声を発することがあるんだ。あのヘリには、近付かないように注意しないと」
パイロットが相棒に告げる。その相棒は無線でヘリのパイロットに警告したが、それを無視して七頭竜に接近していく。
「あいつら狂っているのか?」
「たぶん、もっと近付かなければ、大丈夫だと思っているんです。自分たちで安全な距離を、これくらいだと決めたんですよ」
七頭竜は長い尻尾を振りながらイモリのように泳いでいる。その魔物が七つの頭をマスコミのヘリに向けた。
「危険だ。離れるんだ!」
無線で叫んだが、間に合わなかった。マスコミのヘリが七頭竜の『死の叫び』を浴びたのだ。ただ距離があったので、フラフラしながらも退避することができた。
それ以降マスコミのヘリが七頭竜に近付くことはなくなった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その映像がニュース番組で流された。雅也も放送を見て驚く。
「切り取ったはずの頭が、また生えている」
七頭竜の再生力はとんでもないもののようだ。
地球に現れた化け物は、日本海を渡り新潟か山形辺りに上陸しそうに見える。九州の時は後手後手に回り、批判された政府は、今回は最初から自衛隊に任せたようだ。
当然だろう。警察がなんとかできる相手ではなかった。越後平野に上陸した七頭竜と自衛隊の戦いが始まる。
雅也は自家用翔空艇で新潟県に来ていた。但し、自衛隊が七頭竜に近付くことを規制しているので、近くでは見れない。
そこで新商品を送り出すことにした。超小型動真力エンジンで動く高性能カメラ付きドローンである。このドローンはAI機能付きであり、コントローラーで細かい指示を送らなくとも自動運転で飛ぶものだった。
共振データデバイスを利用して送られてくる映像をタブレットに映し出す。
上陸した七頭竜は、怪獣映画に出てくる怪獣ほど大きくないので自衛隊でも勝てそうな気がする。だが、実際に自衛隊の攻撃が始まると、それほど簡単ではないことが分かった。
最初に攻撃ヘリから三〇ミリ機関砲での攻撃から始まった。だが、機関砲弾が七頭竜に命中しても、七頭竜は大したダメージを受けないようだ。
皮膚の表面に機関砲弾の先端が突き刺されるが、それ以上深く進まなかった。貫通力が足りないのである。
それを確認した自衛隊は、対戦車ミサイルを発射させた。今度こそと思ったパイロットが、魔物から爆炎が上がると勝利の叫びを上げたように見えた。
その爆炎が収まった時、七頭竜はほとんど無傷だった。
「信じられない」
現代兵器なら迷宮主でも倒せると思っていた雅也は、思わず声を上げる。
これほどの防御力を持っているとは思ってもみなかった。
七頭竜が繁華街を南に進み始める。この町の住民は避難が完了しているので、人命に関しては大丈夫だ。しかし、建物や公共物には大きな被害が出ている。
この巨大な魔物は、道路に駐車している車を壊し投げ捨てながら進んでいるからだ。今も一台の車が蹴られて窓ガラスを壊してビルに飛び込んだ。
地上で小銃を持って待機していた自衛官たちに退避命令が出たようだ。それを見た雅也はチャンスだと思った。
スノーボード用のゴーグルと付け髭を貼り付けてから外に出た。自衛官たちを避けながら繁華街に侵入し七頭竜に近付く。
『装甲』『頑強』『怪力』『加速』『爆砕』『爆噴』『光子』『空間歪曲』の真名を解放する。これだけの真名を同時に解放するのは初めてだったが、成功した。
この状態だと『頑強』『怪力』は自動的に発動状態になる。その後に装甲膜を展開し防御力を高めた。
ビルの角から大通りを覗くと、七頭竜が騒々しい音を立てながらこちらに進んでくる。雅也は最初に【赤外線レーザー砲撃】で攻撃することに決めた。
周囲から光を集めると思っていた以上に大量の光が集まった。この一撃でどれほどの頭を切り落とせるかで、勝負が決まりそうだと雅也は感じた。
雅也は大通りに飛び出し、赤外線レーザーを放った。強力なエネルギーを秘めた赤外線レーザーが七頭竜の首を焼き切っていく。
三つの首を焼き切った時、七頭竜が雅也に向かって車を蹴った。雅也は【赤外線レーザー砲撃】での攻撃を止めて回避する。
雅也の横を車が飛んで後ろのビルに突き刺さった。繁華街に衝突音が響き渡る。コンクリートの壁を壊して突き刺さったのだ、もの凄いパワーで蹴られたことが分かる。
七頭竜が怪我を負ったことで苦痛の叫び声を上げた。雅也はそれさえチャンスだと思い、『加速』を使って魔物の懐に飛び込むとルインセーバーを振り回す。
二つの首が斬り落とされ、残るは二つになる。その残る二つの頭が大口を開けた。
「まさか……」
雅也は近くのビルに飛び込んで耳を塞いだ。その瞬間、『死の叫び』が繁華街に響き渡る。周囲の建物でガラスにヒビが入り砕け散った。
一分ほど『死の叫び』に耐えた雅也が、ふらふらと立ち上がる。その眼は血走っていた。
「ここで仕留めないとまずい」
七頭竜はゆっくりと雅也が飛び込んだビルに近付いている。
雅也は魔物の足元に爆噴爆砕球を叩き込んだ。足元を払われたような形となった七頭竜は、バランスを取ろうとしたが、間に合わずに転ぶ。
二つの頭が雅也の近くに倒れ込んできた。ルインセーバーを構えた雅也は、二つの頭に滅びの刃を叩き付ける。頭が二つに切り裂かれた七頭竜が苦しそうに藻掻いていたが、最後に静かになり消えた。
そして、雅也の頭の中に新しい真名が飛び込んだ。『転写』の真名である。真名を転写できる力を秘めたもので、迷宮石に対して使えば、所有する真名の機能を完全にコピーする能力であり、人間に対して使えば真名自体をコピーすることができる。
どうしても欲しかった真名である。その時、武装翔空艇から声が聞こえてきた。雅也は退散することにする。駅前に走って地下街に潜ると、南に走って自衛隊に見付からないように街から脱出した。
新潟からマナテクノ本社に戻った雅也を、特殊人材対策本部の黒部が待ち構えていた。
「聖谷さん、また暴れたようですね?」
「あんなゴーグルと付け髭では、誤魔化せなかったか。でも、暴れたと言うのは心外だな。人助けをしたんだ」
「それは否定しませんが、ああいうことをするなら、こちらに連絡して欲しかったですね。現場の自衛隊は大混乱ですよ」
まあ、それはそうだろうと思う雅也だった。しかし、自衛隊が簡単に魔物と戦うことを許してくれたとは思えない。
「被害は最小限に抑えられたのだから、いいじゃないか」
黒部がわざとらしく溜息を漏らす。
「しかし、ミサイルでも倒せなかった化け物を、どうやって倒したんです?」
武装翔空艇からカメラで撮影していたのだが、距離があったので具体的にどうやって倒したのか、分からなかったようだ。
「それは……超爆裂真名術で倒したんだよ」
黒部がジト目で雅也を見た。
「頭の悪そうな中二病患者が、付けたような名前の真名術が本当に有るんですか?」
「将来、俺以外の誰かが開発するかもしれない」
雅也と黒部は相談して、特殊人材対策本部の極秘人材たちが倒したという報告書を提出することになった。
七頭竜の一件が片付くと、雅也は月旅行の準備に全力を注いだ。




