scene:243 七頭竜
七つの頭を持つ迷宮主がデニスたちに向かって迫ってきた。デニスはルインセーバーを発動した。五メートルの長さがある禍々しい滅びの剣が出現し、デニスが構える。
「ゲレオンとミヒャエルは、後ろから援護してくれ」
「分かりました」
二人の声を聞いて、デニスは前に進み出た。
黒旗領兵団のバステル団長が、ゲレオンたちに歩み寄った。
「申し訳ない。あなた方を戦わせることになってしまった」
「今はいい、デニス様の援護に集中するんだ」
迷宮主がデニスに迫り、七つの頭の一つが大口を開けて食い付こうとした。デニスは伸びてきた首にルインセーバーを叩き付ける。
爆噴爆砕球の爆発でも軽い傷しか負わせられなかった七頭竜の首が刎ね飛んだ。その瞬間、残った六つの口から叫び声が迷宮に響く。
それは『死の叫び』ではなかったが、人間が身体をすくませるほどの迫力を持っていた。デニスは耳に痛みを感じて、反射的に跳び退いた。
「こいつ、ただの叫びも武器になるのか」
デニスが呟いて、ルインセーバーの切っ先を迷宮主に向ける。その時、迷宮主の六つの口が同時に大きく開けられた。
「やばい、総攻撃だ」
デニスは爆噴爆砕球を放ち、後方から爆裂球が飛び七頭竜へ向かった。盛大な爆発音が響き爆炎の背後に迷宮主の姿が見えた。
六つの頭の中で『死の叫び』の発動を阻止できたのは、四つだけだった。残った二つが『死の叫び』を放つ。
デニスは頭が締め付けられるように痛み始めた。少しでも迷宮主から距離を取ろうと逃げ出す。それはゲレオンたちも同じだった。
一方、バステル団長たちは気を失い倒れている。この差は装甲膜を展開しているかどうかの違いだ。
「デニス様、どうします?」
ゲレオンが顔を歪めながら問う。
「取り敢えず、耐えろ。あの『死の叫び』が終わったら、【赤外線レーザー砲撃】で攻撃する」
デニスたちは辛うじて『死の叫び』を耐えきった。その直後から【赤外線レーザー砲撃】の準備のために周囲から光を集め始める。
デニスは残る六つの頭を目掛けて、赤外線レーザーを放った。七頭竜の一番右側にある頭部の首を赤外線レーザーが焼き切る。
ドサリと迷宮主の蛇のような生首が地面に落ちた。二つ目の首を焼き切ろうとした時、地面に落ちた頭が首をくねらせながらデニスの方へ近付いてくる。
「援護します」
ゲレオンが叫んで爆裂球を放った。爆裂球がデニスに迫っている迷宮主の頭に命中し爆発する。その爆発は迷宮主の頭を止めたが、デニスのバランスも崩す。
【赤外線レーザー砲撃】の準備で溜め込んでいた光が、デニスの制御を放れ飛び散った。
デニスは素早く神剣を抜くと、爆発で弱った頭を真っ二つに切り裂いた。そのデニスに巨大な爪が襲い掛かった。七頭竜の前足が振り下ろされたのだ。
反射的に跳び下がったデニスを追って、迷宮主がドタドタと走り寄る。
「もう一度、後ろへ跳べ!」
バステル団長の声が聞こえた。デニスは考える余裕もなく後ろに跳んだ。後ろにあったのは秘跡門だった。デニスは何事もなく通り抜けた。
だが、デニスを追ってきた七頭竜は、秘跡門を潜った瞬間、消えてなくなる。
「し、しまった」
デニスは何が起きたのか理解して呟いた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也はマンションの寝室で目を覚ました。
「……」
夢の中で見た光景が何を意味するのか、それを理解するまで頭を抱えてジッとしていた。
「まずいぞ。あの迷宮主が地球に送られてしまった」
雅也はスマホを使って検索したが、あの迷宮主が暴れているというニュースはなかった。
「あの七頭竜が、海にでも落ちて溺れ死んだというのなら、めでたしめでたしで終わるんだけど」
雅也は着替えて、会社に行く支度をした。
マナテクノに出社した雅也は、宇宙太陽光発電システムの進捗をチェックしてから、もう一度迷宮主が地球で暴れていないか確認した。
ドアがノックされ、雅也が返事をすると小雪が入ってきた。
「おはようございます。今日の予定は、午後一時から月旅行の参加者を決定する会議があります」
雅也と神原社長の目標は、月から火星に変更したが、月旅行を諦めたわけではない。新しく建造した大型起重船で月に着陸して戻ってくるという計画を立てたのだ。
この大型起重船は、宇宙太陽光発電システムのプロジェクトに使う予定の宇宙船だが、その前に月まで行くことを計画した。
この宇宙船は初期型にはない改良が加えられていた。一つは動力源としてメルバ送電装置が組み込まれたことだ。地上で発電した電力をメルバ送電装置で宇宙船に送り動力源として使えるのだ。
もちろん大容量のバッテリーも組み込まれているが、バッテリーはメルバ送電装置が故障した時の予備電源として積み込まれている。
もう一つの改良は、操縦室と休憩室に人工重力発生装置を組み込んだことだ。無重力状態は人間にとって不自然な状態だ。操縦などの一番集中力を必要とする作業中に、無重力はマイナスだろうと考え人工重力発生装置を組み込んだのだ。
「政府枠なんて、作らなきゃ良かった」
雅也は人選が遅れている政府枠の五人について後悔していた。政府にも協力してもらうので、日本人で初めて月面着陸するメンバーの中に、政府が推挙する人物を加える事にしたのだが、政治家の間でもめているのだ。
「そうだ。また魔物が現れたというニュースを知らないか?」
雅也は小雪に確認した。
「それは、ウラジオストクに化け物が現れた、と騒動になっている件ですか?」
雅也はスマホを取り出して検索してみた。
「あった。ドラゴンと蛇のキメラのような化け物か……間違いないな」
「その化け物がどうかしたんですか?」
「こいつは迷宮主なんだ。デニスが戦って逃げられた魔物なんだよ」
「でも、ロシア軍が退治してくれますよ」
「そうだといいんだけど、こいつの再生力は半端じゃないから、中々仕留められないで、ロシア軍が逃がすと大変なことになる」
「まさか、日本海を泳いで日本に来ると思っているの?」
「それは分からない。こいつが泳げるかどうかも知らないから、ちょっと動きを確認しておいてくれないか」
「分かりました」
雅也は仕事を片付け、午後から会議に出席した。月旅行に行くメンバーを確定させる。マナテクノの人間が四人と政府枠の五人、それに宇宙太陽光発電システムのプロジェクトで協力している会社の人間が三人である。
その中には神原社長の名前があったが、雅也の名前はなかった。中園専務が二人が一緒に月へ行くことを反対したのだ。
会議が終わり外に出た時、小雪が小走りで近寄ってきた。
「どうかしたのか?」
「あの迷宮主が、ウラジオストクから撃退されました。海に逃げたそうです」
「ロシア軍なら仕留めるんじゃないかと思っていたけど、逃したのか。西に行ったら朝鮮半島だけど、南に行ったら日本か」
「どうします?」
「探し出して仕留める。あいつから欲しい真名が手に入りそうなんだ」
雅也は自衛隊にも頼んで探してもらった。そして、自衛隊が南下している七頭竜を発見する。




