scene:240 ドラゴン?
マナテクノはスカイカーやホバーバイクへの動真力エンジンの供給、救難翔空艇や武装翔空艇の製造販売、宇宙太陽光発電システムの建設などで莫大な利益を上げた。
純利益では日本一と評判になったマナテクノは、その利益を動真力エンジンや翔空艇の研究開発に投じ、残りを大型宇宙船の建造と配当に回した。
その配当は雅也自身も受け取ったが、ほとんどは持ち株の大部分を譲渡した聖谷研究所が受け取った。その聖谷研究所では数多くの研究が始まっている。
その中には人工光合成の研究がある。人工光合成というのは、光エネルギーと触媒を使って、水を酸素と電子と水素イオンに分解し、空気中の二酸化炭素と電子と水素イオンを使ってギ酸や糖、エタノールなどの有機物を生成するものである。
聖谷研究所で有望な触媒が発見されて話題になった。雅也が設立した研究所が早くも成果を上げ始めたのである。
一方、マナテクノでは大型宇宙船の建造が始まった。外観はドーム状の居住部と円筒状のエンジン部が結合したキノコ形をしている。
最初は全てを日本で建造してから宇宙に運ぶ予定だったが、その時に必要な推力が分かると諦めた。十六分割して日本で建造してから宇宙に運び結合することにした。
雅也と神原社長は精力的に大型宇宙船の研究と詳細設計を進めた。
その間にも世界各地では、魔物の出現が続いていた。そんな状況の中、久しぶりに特殊人材対策本部の黒部が雅也の前に姿を見せる。
「聖谷さん、お久しぶりです」
「ああ、黒部さん、本当に久しぶりですね」
二人は雑談を交わしてから用件に入った。
「実は真名について質問があって来たのです」
「どんな真名です?」
「一種類の魔物ではなく、多種類の魔物を召喚する真名は存在しますか?」
雅也はゼルマン王国の白鳥城で調べた魔物の資料を思い出しながら首を振った。
「いや、そんな召喚の真名はなかったはずです」
「やっぱりないのですか」
黒部が疲れた様子で溜息を吐いた。
「世界各地で起きている魔物の騒動の件ですか?」
「そうなんですよ。総理から直々に調べろという命令が来たんです」
「召喚された魔物は、どれほどの種類が?」
「ゴーレム・オーク・オーガなど十三種の魔物が出現しています」
「なるほど、一人の真名能力者の仕業ではないみたいだ。でも、目的が分からない。なぜ無差別に魔物を召喚するのか?」
「我々にも分からないのです。それで真名能力者が何か知っていることはないか調査しているのですよ」
雅也に心当たりはなかったが、ゼルマン王国の学者たちなら何か知っているかもしれないと思った。
「少し不安ですね。こちらでも調べてみましょう」
「それはありがたい。よろしくお願いします」
その時、黒部のスマホが鳴った。
「ちょっと失礼します」
スマホを取った黒部が眉間にシワを寄せる。電話を切った黒部の顔が厳しいものになっていた。
「どうかしたんですか?」
「東京のオフィス街に、巨大な鳥の化け物が現れたそうです」
「巨大な鳥……何だろう?」
黒部が東京へ行くというので、雅也が送ることにした。
「翔空艇の免許を取得したんですよ」
雅也が嬉しそうに言った。日本における翔空艇の免許は、ヘリコプターの免許に近かった。
ビルの屋上へ行くと、二機の翔空艇があった。一機は会社の翔空艇であり、もう一機が雅也の自家用機である。
雅也の翔空艇は特別製だった。出力増強型動真力エンジンを搭載した高機動翔空艇の試作機として開発されたもので、不採用になったものだ。
無駄に高性能なので製造原価が高くなったのだ。
「豪華そうな翔空艇ですね。新型ですか?」
「試作機の一つです。高性能なんですよ」
雅也は操縦席に座ると翔空艇を上昇させた。東京まで十五分ほどで到着。そのまま巨大な鳥を探した。すると、東京の空の一画に警察のヘリコプターが密集している場所があった。
「どうやら、あそこらしい」
高層ビルの屋上から何かが飛び立つ。それは鳥ではなかった。雅也は空飛ぶ魔物を見て思わず声を上げる。
「こいつは警察じゃなく、自衛隊の領分だろう」
雅也たちが目にしたのは、小型のドラゴンだったのだ。全長四メートルほどだったが、両翼の長さは一〇メートルほどだろう。
その巨体はメタルブルーを少し濃くしたような色をした鱗で覆われている。
警察のヘリコプターから銃弾が発射された。強力な銃から発射された一弾だったが、鱗に撥ね返されたようだ。
「やっぱり自衛隊が必要だ」
雅也が言うと、黒部が顔をしかめた。その時、無線機から周囲で飛んでいるヘリコプターや翔空艇は離れるようにという指示が出された。
雅也たちの他にもマスコミのヘリなどが飛んでいたようだ。それらのヘリが散り散りになって離れようとした時、なぜかブルードラゴンが雅也たちが乗る翔空艇を目指して飛んできた。
「えっ、どうして?」
黒部が驚いて声を上げる。
「もしかすると、魔源素を感じ取る能力があるのかも」
「ああ、翔空艇は魔源素を大量に使っているからですか?」
「そうです。それより、何かに掴まっていてください」
雅也は山の方へ進路を向けた。後ろからブルードラゴンが追ってくる。スピードは翔空艇の方が上なので、引き離すことは可能だったが、ブルードラゴンを都市部から引き離したかったので、距離を保って山間部へ向かう。
眼下の建物が疎らになり、山ばかりが見え始めた頃、雅也は自動操縦にして、翔空艇のドアをスライドさせて開ける。
「どうするんです?」
黒部が不安そうに声を上げる。
「反撃します」
ゆっくりと直進している翔空艇に向かって、ブルードラゴンが襲い掛かってきた。雅也は開けたドアから爆噴爆砕球を撃ち出す。
最初の一発がブルードラゴンの腹に命中。二発目が胸、三発目が翼に命中すると、ブルードラゴンは墜落していった。
黒部が首を傾げる。
「……ドラゴンにしては、弱いですね」
雅也が笑いながら説明する。
「あいつはフェイクドラゴンの一種ですよ。本物のドラゴンなら、我々は黒焦げになっています」
岩山迷宮には居なかったが、クム領の迷宮に棲息すると聞いたことがある。フェイクと言っても、強力な魔物だという事実は変わらず、頑丈な鱗を持っているので倒すのが難しいと聞いている。
「倒せたかどうかが、心配です。確かめに行きましょう」
雅也が提案すると、黒部がダメだと言う。
「ここは警察か、自衛隊に任せましょう。山の中なら強力な兵器も使えますから大丈夫です」
黒部が無線で対策本部みたいなところに連絡した。雅也は近くの山の山頂にある岩の上に翔空艇を着陸させて、応援が来るのを待った。
一時間ほどで自衛隊のヘリが来た。雅也たちを発見したヘリが無線で連絡してくる。黒部は状況を説明し、ブルードラゴンが落下した地点を教えた。
すると、武器を持った自衛隊員を山腹に下ろし始めた。
それから少し経って、下の方で銃撃音が聞こえる。ブルードラゴンの叫びが響き、左側の翼を穴だらけにされたドラゴンが、山間の小さな川に現れた。
雅也はスマホを取り出し撮影を始めた。
「聖谷さん、それをネットにアップなんてしないでください」
「分かってますよ。でも、これは魔物に関する貴重な資料になる」
黒部もそう思ったらしく、スマホを取り出して撮影を始めた。
ブルードラゴンは小川を川下に逃げ始める。それを追って自衛官が姿を見せ攻撃を始めた。乾いた音が弾け、ブルードラゴンの身体から火花が飛ぶ。
完全に銃弾が弾かれている。自衛隊は無反動砲を持ち出した。装甲車も破壊する無反動砲の攻撃には、ブルードラゴンも耐えられなかった。
傷つき血塗れになって息絶えた。それを見た黒部はホッとしたようだ。
雅也は早急にどうやって召喚しているのか、調査する必要があると感じた。




