scene:239 大型宇宙船
一基目の宇宙太陽光発電システムの完成が時間の問題となった。日本政府は、二基目・三基目の建設を決定。アメリカとイギリスも一基目の建設を決める。
マナテクノの本社で、雅也と神原社長が話をしていた。
「アメリカとイギリスが、受電アンテナ基地の候補を決めたそうだ」
日本で言うと竜之島宇宙センターのような場所だ。竜之島宇宙センターは宇宙船発着場と受電アンテナ基地を一緒にした施設なのだ。
竜之島宇宙センターから海上に向かって、広大な受電アンテナ基地が建設されている。この基地はメルバ送電装置が開発される前に、建設されたものだ。
メルバ送電装置は小規模実験の段階であり、宇宙太陽光発電システムで使えるほど大規模送電の実績がないのが現状なのである。
「また忙しくなりそうですね?」
「この前、経済産業省の役人が試算したという資料に書いてあったのだが、宇宙太陽光発電システムの経済波及効果は、三十年で二百兆円近くになるそうだ」
「大きいですね。でも、それは日本だけですから、世界全体となると凄い規模になる」
「やっと、日本の産業界が徐行運転から通常運転に戻ったというところだな」
周辺国の中には真似しようと起重船をコピーしたところもあった。だが、起重船ほどの高性能なものを造り出せなかったようだ。
ちなみに、その周辺国が建造したのは魔源素ではなく魔勁素の微小結晶を使った動真力エンジンを組み込んだ宇宙船である。
とは言え、宇宙船を手に入れた周辺国は、我々も本格的な宇宙事業に乗り出すと言い始めた。何を始めるのかと思っていると、金属小惑星を捕獲するのだという。
日本を真似て宇宙太陽光発電システムを建設するのかと思っていた雅也は、予想が外れて苦笑いした。
中国が狙っている金属小惑星というのは、中国が『金浮塞』と呼び、一般的には『メタルフォート』と呼ばれている。
その小惑星はスウェーデンの天文学者が発見したものだった。小惑星は地球の横を通り過ぎ、太陽系外へ向かう軌道を進んでいる。
中国はマナテクノがやったように小惑星を捕獲し、利用しようと考えているらしい。中国は小惑星メタルフォートが自分たちのものだと主張した。
この主張を中国以外の国が納得するはずもなく非難の声が上がる。中国人が発見したわけでもなく、最初に捕獲すると宣言しただけだったからだ。
中国では懸命に出発準備をしたようだ。そして、準備が整い打ち上げのカウントダウンが始まる。
その様子を雅也はマナテクノの社長室にあるテレビで見ていた。
「成功すると思いますか?」
雅也が神原社長に尋ねる。
「そうだな。中国も宇宙に関しては実績を上げているからな。問題は中国で初めて動真力エンジンを組み込んだ宇宙船という点だな」
テレビ画面の中の宇宙船が浮き上がった。そして、ゆっくりと上昇していく。打ち上げ成功かと思った瞬間、宇宙船が斜めになった。
「あれっ」
雅也が声を上げる。宇宙船が斜めに飛び画面から消えた。
「これは失敗だな。宇宙船はどうなったんだ?」
「さあ、クルーが脱出できたのならいいんですが」
その後のニュースで中国の宇宙船が墜落し爆発したことが報じられた。
「最近の中国には、運がない。どうしたんだろう?」
「天変地異が起きると、王朝が滅ぶという言い伝えがあるらしいけど、今の中国には王朝がないからな」
中国が衰退を始めた代わりに、日本が元気になった。マナテクノが中心になって始めた事業が日本に元気を与えたのである。
そして、マナテクノに世界中から富が集まり始めた。雅也と神原社長は火星に行くための宇宙船開発を始めることを発表した。
その宇宙船は『サガミ』と名付けられた。最大長が一八〇メートルの大型宇宙船である。これだけの宇宙船を、どこで建造するかで議論になった。
「地球上で建造すると、宇宙に運び上げるのに補助エンジンが何基も必要になる」
神原社長は宇宙で組み立てる案を勧めた。
「ですけど、宇宙空間で組み立てる事にすると、建造の進捗が遅くなります」
雅也は地上で建造することを提案した。補助エンジンなら何基でも造れる資金があるのだ。それをケチると建造が遅くなる。神原社長も地上で建造する案を承諾する。
マナテクノが火星行きの大型宇宙船を建造する予定だと公表すると、世界中から反応が返ってきた。
ほとんどはマナテクノの技術を称賛する声だったが、一部の国からは動真力エンジンの技術を独り占めしているから、そんな事ができるのだ、というやっかみの声が上がった。
「そんなものは無視すれば良いのだ」
神原社長が歯牙にもかけない様子で言った。小さな企業だったら、あらゆる手段で圧力をかけ、技術を取り上げようとする大企業や組織があったかもしれない。
だが、マナテクノは世界的大企業となり、圧力を掛けられる存在は日本やアメリカなどの国しかなかった。
日本は基本的に味方であり、アメリカも同盟国だ。友好関係にあるうちは敵対することはないだろう。
日本が好景気に沸いている時、世界の各地で魔物が突然現れるという事件が続いていた。その件を重要視したアメリカと日本、イギリスは、国際魔物対策組織を起ち上げた。
通称IMCと呼ばれるようになる組織は、魔物が突然現れた場所の情報を集め規則性がないか調べた。主席分析官のハーマンは、規則性を発見する。
「出現場所が波形を描いている。規則性があるぞ」
北緯三〇度から五〇度の間で波を打っている。その範囲には日本・アメリカ・中国・ヨーロッパが入っていた。
ハーマンの研究室に同僚のクレイヴンが入ってきた。
「今度は、ニューヨークにオーガが現れた」
「どこが対応に出たんだ?」
「州兵が出動したようだ」
「オーガだったら、州兵でも大丈夫か」
ハーマンはテレビのスイッチを入れた。こういう時は、ネットニュースよりテレビの方が早い。
テレビ画面にニューヨークの様子が映し出される。軍用車に乗った州兵がオーガを追い駆けていた。何発もの銃弾がオーガに撃ち込まれ、血が流れている。
だが、オーガは簡単には死なない。驚異的な再生能力で傷を治しながら逃げ回っていた。そして、逃げる邪魔となるものを破壊している。
それが人間であっても同じだった。スマホで動画を撮影しようとしていた若者が逃げ遅れてオーガに捕まり、州兵に向かって投げつけられた。
その若者は軍用車に撥ね飛ばされて死んだ。
「州兵たちは、何をやっているんだ」
ハーマンが声を上げた。次の瞬間、オーガがビルの中に逃げ込む。
ビルの中から慌てて逃げ出す人々の姿がテレビに映し出される。州兵はビルを包囲して、ビル内にいる人々を避難させることにしたようだ。
避難が終了した後、強力な武器を持った州兵がビルに突入。そして、七階でオーガと交戦した州兵は、オーガの頭を吹き飛ばして騒ぎを終息させる。だが、オーガが二十六人の人間を殺したという事実が残った。
この事件を知った人々は、自分たちの国の首脳に対策を立てろと大きな声を上げ始めた。それは日本も例外ではない。日本の黒岸総理は顔を強張らせてどうするか悩み始めた。




