scene:234 植物園の花見
デニスは新しく得た『光子』や『空間歪曲』の真名を使いこなせずにいると感じた。イザークからも新しく得た『水撃』の真名を使いこなせるようになる時間が欲しいと言われる。
迷宮の探索を一時中断して、それらの研究と修業を行う事にした。新しい真名として『怪力』しか手に入れていないフォルカには、トロルガンを貸し与える。
「デニス様、いいのですか?」
「我々は協力して、岩山迷宮を攻略しなければならないんだ。一人ひとりの戦力を上げないとな。但し、『怪力』の真名も使いこなせるように練習しろよ」
デニスはフォルカのために、腰に巻くガンホルダーを作らせた。射撃訓練をさせ、早抜きの練習もさせる。トロルガンを使うフォルカを見て、ベネショフ領の兵士は羨ましがった。
デニスは真名術も改良した方が良いと感じていた。それで最初に『光子』の真名について研究する。
現在は周囲の光を集め、共振・増幅してレーザー光として撃ち出すという攻撃技を使っている。この攻撃を【レーザー射撃】と名付けたが、巨大な魔物に対しては威力が弱い。
そこで光の波長を調整して赤外線に変換して撃ち出すことにした。赤外線レーザーである。しかも光の直径を一〇センチほどにする。
ちなみに【レーザー射撃】で放たれるレーザー光の直径は、五〇〇円玉ほどである。
問題はレーザーの直径を太くしたことで貫通力が弱くなったかもしれないということだ。デニスは海岸へ行き岩場で威力を試すことにした。
『光子』の真名を解放し、今までの【レーザー射撃】を発動する。光が集まり狙った岩にレーザー光が命中。命中箇所が高熱で溶けて溶岩のようになって流れ出した。
続けて赤外線レーザーに変更した真名術を放つ。命中した箇所が溶岩となって流れ出した。近付いて命中箇所を見比べてみる。
最初の命中箇所は、少量の溶岩しか流れ出しておらず穴も小さい。もう一方はかなりの量の溶岩が流れ出し、直径一〇センチほどの穴が開いていた。穴の深さを調べると、どちらも同じ程度だ。赤外線レーザーに変えたことで威力が増したのだろう。
「成功だな。【赤外線レーザー砲撃】とでも名付けようか」
ここまでは、雅也が調べた情報を元に生み出した真名術である。なので、簡単に開発が進んだ。だが、『空間歪曲』の真名になると、雅也の世界でも難しいものだった。
「ダメだ。全くアイデアが浮かばないな」
デニスが溜息を漏らすと、リビングのソファーに横になった。
「デニス兄さん、何をしているの?」
「何をしてるのぉー?」
アメリアとマーゴが来て、デニスに問いかけた。
「ん、考え事をしていたんだよ。マーゴたちは何をしていたんだ?」
「あのね、遊園地を見に行ったの」
ベネショフ領の大斜面の一画に遊園地を建設している。これは植物園と遊園地、公園を一緒にしたような施設だった。
まだ完成はしていないのだが、先に植物園が完成しており数多くの花が咲いているのだ。
「お花が綺麗だったよ」
マーゴは嬉しそうに言った。話を聞くと、大勢の領民が花を見に来ているそうだ。
「もう少しすると、風散り花が咲き始める。お弁当を作って花見に行こう」
「お弁当?」
マーゴが首を傾げた。当然だろう。この国は弁当というものがなかったからだ。ベネショフ領では、米をあまり食べないのでオニギリなどは使えない。サンドイッチでも作って持っていけばいいだろう。
デニスは真名術の修業をしながら『空間歪曲』の真名術については研究したが、あまり進展がなかった。
そして、風散り花が満開になったという知らせを聞いて、翌日に家族で花見に行こうと提案した。マーゴが喜び、家族で行くことになった。
サンドイッチと唐揚げや魚のフライ、ハムなどを用意してもらうように料理人に頼んだ。サンドイッチの作り方については、五日ほど前に教えて工夫するように指示していた。
料理人はサンドイッチの味付けに苦労したようだ。
翌日、花見にはちょうどいい晴れた日となった。デニスたちは遊園地の植物園区画へ行く。カルロスが先に行って場所取りをしているはずだ。
領主一家が勢揃いするので、護衛の数は多くなる。これは仕方のないことだ。こういう場合に備え植物園には東屋のようなものを最初から建設していた。
他の貴族を花見に招くこともあるだろうと考えて、設計段階から組み込んでおいたのだ。中央に丸いテーブルがあり、それを囲むように椅子が並べられている。
デニスたちは植物園を一周回って花を堪能してから、東屋へ行った。そこにはサンドイッチを始めとする食べ物とワインとジュースが用意されていた。
それを見たマーゴのテンションが上がる。飛び跳ねるようにテーブルの周りを回って、椅子に座った。
「これがサンドイッチという食べ物なの?」
母親のエリーゼが尋ねた。
「はい、古い文献に載っていたものを再現しました」
「白いパンに、ゆで卵を刻んだものを挟んだものやハムや葉野菜、チーズを挟んだもの、なるほど様々な食材をパンに挟んだのね」
ただ食材を挟んだだけではなく、調味料を加えて味を整えてあるのだが、味付けは料理人が最後まで工夫していたらしい。
「さあ、食べましょう」
デニスは玉子サンドを手に取って口に入れた。それを見たマーゴは、同じものを取って食べる。玉子サンドに齧り付いたマーゴが目を丸くする。
「すごーく、美味しい」
マーゴは気に入ったようだ。アメリアはハムと葉野菜、チーズのサンドイッチを食べて気に入ったらしい。
「本当に美味しいわね。これを、お食事会で出すのもいいかも」
エリーゼが呟いた。エリーゼは定期的に従士たちの家族を招いて食事会などを行っている。
デニスとエグモントは、ワインを飲みながら風散り花に目を向けた。
「久しぶりにホッとしたな。昼間からの酒も年に一度や二度ならいいかもしれん」
エグモントが笑みを浮かべて言う。
春の風がさわっと吹いた。その風で散った花びらが、ブリオネス一家の周りにひらひらと舞って落ちる。幻想的なほど綺麗だった。これなら近隣の領地からも見物に来るかもしれない。
食事が終わり、エリーゼとアメリア、マーゴの三人は植物園をもう一周すると言って離れた。残ったデニスとエグモントは、カルロスを呼んで酒を酌み交わし始める。
「デニス、最近迷宮にばかり行っておったから心配しておったが、どうなのだ?」
「以前に報告した十一階層の草原で止まっています。巨大ムカデを倒して手に入れた真名が使いこなせずにいるのです」
「焦る必要はない。三年あるのだ。ゆっくりと強くなり攻略を進めればいい」
「そうは思うのですが、手強い魔物が出てくるので、自分の力の無さを感じてしまうのです」
「力か。三人だけというのが、いかんのだ。もう少し人数を増やせばいい。数も力だぞ」
「そうなのですが、紅旗領兵団のことを聞かれましたか?」
エグモントが頷いて、声を小さくして話す。
「三十人の部隊で小さな迷宮に入り、二十メートルもある大蛇と遭遇して、半数が死んだそうだな」
「ええ、それだけの犠牲者を覚悟して迷宮を攻略する覚悟がありますか?」
エグモントは考え込んだ。
「……いざとなったら、そうするしかないと考えている。だが、具体的な敵が分からないのでは、人数だけ揃えてもダメだろう」
話を聞いていたカルロスが提案した。
「ボーンサーヴァントを兵士の代わりにできないのですか?」
できないこともない。実際に戦いでは役に立った。だが、魔物との戦いとなると心許ない。身体が小さすぎて、巨大な魔物の一撃で吹き飛ばされそうだからだ。
そのことをデニスが話すと、
「ならば、ライノサーヴァントを戦いに使うのはどうでしょう?」
「……ライノサーヴァントは突撃しかできないぞ」
「それでも役立つのでは?」
一瞬でも魔物の動きを止めてくれれば、その隙に攻撃することはできる。デニスが考えていた時、エグモントが話し始めた。
「そう言えば、ヌオラ共和国に巨人のスケルトンがいる迷宮があるという話を聞いた」
デニスが目を輝かせた。巨人スケルトンを倒せば、巨大なボーンエッグを手に入れられるかもしれない。
「本当ですか? どこです?」
「ヌオラ共和国の首都トレグラに近い……そうだ、メルダ迷宮だ」
デニスは興味を持ち、メルダ迷宮についての資料を集めることにした。




