scene:233 トロルガン
「聖谷常務、送電実験に成功しました」
マナテクノの主任研究員である岩渕誠司が、雅也の部屋へ報告に来た。
「送電実験? 宇宙太陽光発電システムの送電実験は、来月のはずだが」
「その送電実験じゃありません。メルバ震に電力を乗せて送ることに成功したのです」
「ほ、本当か……それが本当なら歴史的な発見だぞ」
「これが普及すれば、世界が変わります」
それを聞いた雅也は、首を捻った。共振迷石を使った送電システムで送れる電力量が判明していなかったからだ。
「どれほどの電力を送れるんだ?」
「理論的には無制限ですが、メルバ送電装置の大きさから制限がかかるようです。そこでお願いがあるのですが、大きな共振迷石を作ってもらえませんか」
「それは構わないが、メルバ送電装置は簡単にできるものなのか?」
「構造はシンプルですので、製造は簡単ですよ」
「それだったら、いくつか作ってくれないか。台湾で使うことになるかもしれない」
「台湾がどうかしたんですか?」
「地震だよ。台湾と中国に大きな被害が出ている。中国はよく分からんが、台湾では電力網が寸断されて、復旧に長い時間がかかりそうなんだ」
台湾では発電所自体も被害を受けており、大きな範囲で停電していた。その影響は世界全体に及んだ。台湾は世界最大の半導体チップ生産国なのだ。
台湾の半導体チップ生産が止まれば、世界の多くの製造業が生産ラインを止めることになる。マナテクノも例外ではなかった。少なからず影響を受けることになったのだ。
マナテクノでは、なるべく日本国内で部品を調達するようにしているが、どうしても海外から調達しなければならないものもある。その一つが台湾の企業で委託生産している半導体チップだ。
「直接台湾へ行って、確かめるしかないか。岩渕主任、送電装置の件は頼んだよ」
岩渕主任が部屋を出た後、小雪を呼んだ。
小雪が台湾に連絡を取っているが、向こうは混乱しており連絡がつかないらしい。疲れた顔の小雪が、部屋に入ってきた。
「ダメです。連絡が取れません」
「そうか、台湾へ直接行って確かめることにする」
「台湾へ行くの?」
小雪も行きたいというので、一緒に行くことにした。自衛隊に協力してもらい、救援物資を運ぶ輸送機に乗って、台湾へ飛んだ。
空港からは自衛隊の救難翔空艇で半導体チップ生産工場を確認する。工場は無事なようだが、信号機が機能停止していることから停電していると分かる。
周囲の山をチェックすると地崩れが起こり、広範囲で送電線を支える鉄塔が倒れていた。
「これは酷い。復旧には時間がかかりそうだ」
雅也は半導体チップを生産するミニマルファブ事業をもっと早く進めるべきだったと後悔した。
「マナテクノも、生産工場を集中しないで、全国に分散するべきだな」
「そうすると、管理が大変になりますよ」
小雪の言葉に頷いた。だが、自然災害の多い日本で製造業をするには必要なことだ。
「大規模にすることで得られるメリットを捨てることになるが、他の部分で工夫すればいい」
「例えば、どういうことです?」
「そうだな。安い電力を海外から買う」
「そんなことができるんですか?」
「岩渕主任の研究チームが、メルバ震を使った送電実験に成功した。実用化すれば、海外で発電した電気を日本で使えるようになる」
「法律は大丈夫なんですか?」
「日本も電力の全面自由化をしたから問題ない。それに宇宙太陽光発電システムを構築しているんだ。マナテクノも発電事業に参加することになる」
雅也は日本政府と交渉して、大規模停電となった台湾の地方に世界各地で発電した電力を販売することを提案し進めた。
その提案を受けた台湾は驚いた。日本との海底電力ケーブルが敷かれているわけではないのだ。どうやって電力を供給するのか疑問に思ったのだ。
日本政府はマナテクノで開発された新技術を使うとだけ説明した。日本政府も詳しいことは分からなかったのだ。だが、マナテクノは絶大な信用を持っていた。
それに大臣や官僚の前で、メルバ送電装置の電力送電実験を行い、装置が実際に稼働することを証明したのだから信用するしかなかった。
自衛隊の救難翔空艇の活躍や日本からの電力供給という援助もあり、台湾は急速に復興した。一方、中国は酷いことになっていた。
かなりの死者が出たようなのだが、中国から発表された死者数は台湾より少ないことになっていた。雅也はテレビで中国の公式発表を聞き溜息を漏らす。
「あの国は、相変わらずだな。公式発表が全く信用できない」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
台湾と中国が津波に襲われた頃、ベネショフ領のデニスは巨人トロルを倒して手に入れた謎の銃を調べていた。
銃身と銃把、引き金と謎の球形の部品が組み合わさった奇妙な銃だった。銃口は直径が四センチほどあり、銃口の奥には金色の鱗のようなものが貼り付けられている。
全体的な形はリボルバー式の拳銃に似ているが、シリンダーではなく球形の部品が組み込まれているのが変だ。それにハンマーがある場所に、ビー玉のようなものが付いていた。
不思議なことにトリガーガードの内側には、引き金が二つある。どちらの引き金を引いても何も起きなかった。
「デニス兄さん、まだ正体不明の武器を調べているの?」
妹のアメリアが、デニスの背後から話し掛けた。
「仕組みが分からないと使えないだろ」
デニスは銃口を庭に向けたまま二つの引き金のうち内側にある引き金を引いた。その時、後ろからアメリアが手を伸ばし、ビー玉のようなものに触る。
「きゃあ!」
アメリアが慌てて手を引っ込めた。
「どうした?」
アメリアの話によると、ビー玉のようなものに触った瞬間、何か吸われるような感じがして驚いたという。
「何だろう?」
デニスはビー玉のようなものに触ったが何も感じない。先程何をしていたか考えた。内側の引き金を引いている時に、アメリアが触ったことを思い出す。
内側の引き金を引きながらビー玉のようなものを触った。その瞬間、デニスの中にある真名の力が流れ出し、ビー玉に吸い取られ始めた。
反射的に指を離しそうになったが、我慢して真名の力を注ぎ込み続ける。
「デニス兄さん、黙り込んでどうしたの?」
「この武器は、真名の力を吸い込まないと作動しないらしい。今、真名の力を注ぎ込んでいるんだ」
三〇分ほどで終了した。デニスは銃を持って訓練場に向かった。アメリアが一緒に付いて来る。訓練場にはイザークとフォルカがいた。
デニスとアメリアの姿を見た二人が近付いてきた。
「今から訓練でもするんですか?」
「違う。この武器の使い方が分かったかもしれないんだ」
イザークの質問に答えたデニスは、真名術を練習する場所へ行った。そこには木の板で作られている標的が並んでいる。
その一つに銃口を向けたデニスは、銃の外側にある引き金を引いた。その瞬間、銃口から紅く輝く光が漏れ、何かが発射されて標的に穴が開いた。
デニスたちは標的に近付き、穴を確かめる。穴は焦げたような形跡はなく、鋭い刃物で抉られたかのような感じだった。
「何か不思議な武器ね」
アメリアが感想を言い、イザークが穴を調べてから、威力を調べようと言い出した。
「今度は、石を狙って攻撃してください」
訓練場に大きな石が持ち込まれ、標的の横に置かれた。デニスは石を狙って引き金を引いた。音もなく何かが発射されて、石に穴が開いた。
「うわっ、俺の頭ほどの厚みがある石を貫通していますよ」
イザークが驚きの声を上げる。この武器は相当な威力があると確かめられたデニスは、いろいろ調べた。
真名の力を満タンにすると、連続で十五回発射できるようだ。最大威力は岩に向けて放って確かめた。岩に三十センチほどの深さがある穴が出来上がる。
デニスは銃を『トロルガン』と名付けた。巨人トロルを倒して手に入れた武器という意味もあるが、トロルでも倒せる銃という意味もある。




