scene:232 宇宙から見た災害
雅也はジェネスのライブで思い切り歌ったことで少しスッキリした。緊張していた頃には考えもしなかったが、ストレス解消になったようだ。
フランスとドイツが宇宙太陽光発電システムのプロジェクトに協力を申し込み、ドイツとフランスの担当者数人ずつを現場に連れて行くことになった。
現場というのは衛星軌道のことである。
日本で開発された船外活動宇宙服を宇宙で初めて試すということで、雅也も一緒に行くことにした。船外活動宇宙服を実際に試すのは数多くのセンサーを身に付けたボーンサーヴァントなのだが、自分も着ることになるかもしれないものだったので、同行することにした。
竜之島宇宙センターで、大型起重船に乗り込んだ雅也たちは、座席に座って出発を待っていた。
「聖谷常務は、慣れているのでしょうな?」
一緒に宇宙へ行くことになったギャルドン補佐官が、緊張した顔で雅也に声をかけた。
ギャルドン補佐官は宇宙太陽光発電システムの担当になったらしい。
「心配せずとも大丈夫です。起重船は旅客機並みに安全になっています」
「しかし、民間ロケットが墜落したのは、一ヶ月ほど前だったと記憶しているが」
「起重船も民間宇宙船ですが、推進方法が根本的に違いますから、先月の墜落のようなことはありません」
民間ロケットの墜落は、燃料が漏れて引火したというものだった。起重船の推進機関は動真力エンジンなので、燃料に引火するということは起きない。
動真力エンジンのエネルギー源は、電気であるからだ。もちろん、その電気を得るために燃料として水素と酸素を積んでいる。燃料電池で発電しているのだ。
大型起重船が発進した。衛星軌道にまで上昇した起重船が、建設途中の宇宙太陽光発電システムの骨組みに近付いた。そこではたくさんの小さな作業員により、宇宙太陽光発電システムが組み立てられている。
「あの作業員は?」
ギャルドン補佐官が質問した。
「あれは、ボーンサーヴァントです」
「そんな、五〇体以上もいるじゃないですか?」
真名能力者にしか誕生させられないと言われるボーンサーヴァントを、五〇体も使っているので驚いたようだ。フランスでも自国の真名能力者にスケルトンを召喚する真名を手に入れさせようとしているが、まだ成功していない。
ギャルドン補佐官は羨ましいと思った。食料・水・空気がなくても宇宙空間で働ける存在は、宇宙の作業員として最適な存在だ。
フランスなら、ボーンエッグ一個を手に入れられるなら、億円単位の金を支払うだろう。
「今日運んで来た資材は、何ですか?」
「太陽光パネルとバッテリー、試作のマイクロ波電力伝送装置です。実際に宇宙太陽光発電を行い、電力を地球に送信する実験を行います」
「ほう、そこまで進んでいるのですか?」
「いえ、まだまだですよ。何度も実験して、不具合を直し実績を積み上げます。完成するには数年かかるでしょう」
と言っても、来年から送電を始めるつもりだ。
ギャルドン補佐官は、予想していた以上に進んでいる宇宙太陽光発電システムを確認して、日本に協力を申し出たことを正しかったのだと確信した。
宇宙太陽光発電システムは成功するだろう。そして、協力した国は自国の宇宙太陽光発電システムを建設し、電力供給システムに組み込むことになる。
「日本では、どれほどの宇宙太陽光発電システムを建設するのかね?」
「プロジェクトでは、日本の電力需要の半分を賄えるだけのシステムを建設する予定です」
「大きく出たな。だが、宇宙太陽光発電システムの建設費は高い。電気料金が高くなるのでは?」
「宇宙太陽光発電システムは、一基目より二基目、三基目と建設費が安くなるはずです」
「なぜです?」
「単純な量産効果と、エネルギー変換効率が高い太陽光発電セルが完成するからです」
ギャルドン補佐官が納得して頷いた。エネルギー変換効率が高い太陽光発電セルがあれば、宇宙太陽光発電システムを小型化できる。
日本の電気料金は高い。そのために様々な製造業では、製造原価が高くなる。それが宇宙太陽光発電システムを導入することで、製造原価が下がり国際的な競争力が高まると、日本政府は考えているようだ。
マナテクノを中心とする提携企業は、宇宙太陽光発電システムで作り出した電気を安価で優先的に配給されることになっている。プロジェクトに協力する条件として、政府が提示したものなので、この約束は守られるはずだ。
少しずつ衰退してきた日本の製造業も、少しは盛り返すかもしれない。
今度は雅也がギャルドン補佐官に尋ねた。
「フランスの電力は、原発中心だったのに、方針を変えるのですか?」
「電力供給の八割近くが原発というのが、無理だったのです」
国民が原発中心の電力供給を変えたいと思い始め、それに沿って政府が動き始めたのだという。
雅也とギャルドン補佐官は話をしながら、眼下に見える地球を見ていた。日本は夜になり、国の形に光り輝いている。九州の上には韓国があり、その左側に中国の都市部が輝いているのが見える。
その時、中国の一部で光が消えた。広東省辺りである。
「何だ? 大規模な停電でも起きたのか?」
雅也は竜之島宇宙センターに問い合わせた。
すると、中国で大地震が起きたのだと分かった。広東省の沿岸部には、津波の恐れがあるという。
雅也は運んで来た資材の運び出しを中断させ、広東省の上空に移動した。雅也が探しているのは津波である。月明かりで照らされた海面を探すと、海面が盛り上がっているのを発見した。
「津波だ」
雅也は起重船に取り付けられているカメラで撮影した映像を竜之島宇宙センターへ送り、ネットでライブ中継するように頼んだ。
その映像は政府にも送られ、外務省から中国・台湾・フィリピンへと伝えられる。
フランス人の技術者に計算してもらい、中国広東省の沿岸部に到達するのが、十二分後だと分かり中国語と英語でテロップを入れた。
地震により、どれほどの被害が出ているのかは、暗くてよく分からない。だが、今すぐ逃げなければ、大勢の死者が出ると分かる映像だった。
中国政府は混乱しているようだ。日本から呼びかけても返答がないという。仕方ないので、ネットで逃げるように呼びかけた。
こういう時、中国のインターネット検閲システムであるグレートファイアウォールは、障害となる。日本で一般的に使われている動画配信サイトやSNSサイトが使えないからだ。
広東省の都市部で光が灯った。停電が解消されたのかと思ったが、違っていた。大規模な火事が発生したようだ。
起重船から撮影していた津波が、広東省の沿岸部に到達した。少し遅れて台湾へも到達する。フィリピンには一〇分ほど遅れて到達したようだ。
津波が沿岸部にある町を押し流した。宇宙からの映像だとはっきりとは分からない。月明かりだけだと判別できないからだ。
ただ映像を解析してCG加工したものが、編集されるというので、それを見れば分かるかもしれない。
フィリピンの被害は、それほどでもなかった。一番被害が大きかったのが中国で、次が台湾のようだ。
日本政府は、即座に自衛隊の国際緊急援助隊を派遣することを決めた。ただ中国政府からは、受け入れを拒否されたようだ。
台湾は受け入れを承諾し、直ちに国際緊急援助隊が派遣された。この国際緊急援助隊は、六機の救難翔空艇を所有しており、まず救難翔空艇だけの編隊が台湾の被災地に到着。
その頃には日が昇っており、被害の深刻さが分かった。救難翔空艇は救助を待っている人々を救助して、安全な場所へと運んだ。
道が塞がれている場所もあったので、救難翔空艇が救助員を被災地に運ぶような事もする。救難翔空艇が被災地で活躍する場面は、テレビやネットでも流され、救難翔空艇の有用性が広まった。
日本の自衛隊の他にも、アメリカの救難翔空艇が活躍していた。救難ヘリも活躍しているのだが、ローターの回転で起きる強烈な風『ダウンウォッシュ』と騒音が、救助活動を邪魔している。
雅也たちが宇宙での任務を終えて地球に帰還した。資材の運搬と新しい船外活動宇宙服の試験も順調に行われ、重大な欠陥も見つからなかった。
雅也がマナテクノ本社へ行くと、神原社長と小雪がテレビを見ていた。国際緊急援助隊の活動が目に入る。
「救難翔空艇が活躍しているようですね」
二人が頷いた。
「これのおかげで、注文が増えるかもしれんぞ」
「また忙しくなるんですか? はあっ、またストレスが溜まりそうだ」
小雪が雅也に目を向けた。
「それより、中国の方はどうなんですか?」
「中国からは、情報が入って来ないので、分からないようだ」
衛星軌道からの映像で、甚大な被害が出ているのが分かる。ただ具体的な数字が、中国政府から出てこないので、どういう状況なのか分からなかった。




