scene:230 フランスとドイツ
フランスのギャロワ大統領とドイツのレーゼル首相が会談を行い、環境と産業についての話し合いが行われることになった。
「ギャロワ大統領、スカイカーとホバーバイクについて、どう思われますか?」
「これから一番伸びる産業になるのじゃないか」
レーゼル首相が頷いた。
「日本が羨ましいですな。スカイカーとホバーバイクなどの産業と宇宙産業の二つを手に入れた」
「全くですな。ですが、羨んでばかりでは、EUが衰退していく。どうしたら良いと思われる?」
レーゼル首相は厳しい顔をして口を開いた。
「その前に、一つ確かめたいのですが、フランスでは魔勁素を使った動真力エンジンの開発を行っていたはずですが、どうなりました?」
「たぶん、ドイツでも同じだと思いますが、少量だけの生産なら可能です。但し、大量生産は無理です。スカイカーとホバーバイクの動真力エンジンは、日本から輸入しなければならないでしょう」
「ドローンのような方式の飛行システムで、スカイカーとホバーバイクを製造して売っている企業があります。それはどうですかな?」
「日本のものに比べると、安全性と騒音に問題があるようです。話になりません」
「我が国も同じです。今回はアメリカに出し抜かれた感じですな。あれほど素早くマナテクノと共同関係を築くとは思ってもおりませんでした」
ドイツのレーゼル首相の言葉に、ギャロワ大統領が頷いた。
「さすがアメリカという他はありませんな。それより宇宙関係はどうです。少量でも動真力エンジンが開発できたのなら、それで宇宙船の開発を、と考えているのではないですか?」
「それはそうでしょう。日本ばかりに、宇宙開発を任せるわけにはいきません。……しかし、小惑星ディープロックを日本に取られたのは痛いですな」
「全くです。日本はディープロックから掘り出した資源で、金属製錬工場を宇宙に建造するそうです」
「宇宙太陽光発電システムの建設も進んでいるそうですな。ドイツでは、そのプロジェクトに協力を申し出るつもりです」
「今からですか? さすがに遅いのでは?」
ギャロワ大統領の疑問に、レーゼル首相は顔をしかめる。
「指を咥えて待っているだけよりは、マシでしょう。炭素と水素から製造する合成液体燃料のイーフューエル製造技術を提供するのと引き換えに参画するつもりです。我が国も宇宙太陽光発電システムを建造しなければなりませんからな」
「ドイツがそういう方針ならば、フランスも小型原子炉の技術を引き換えに参加することにしましょう」
原子力発電を国策として増やしたフランスだったが、時代は脱原発に傾いている。フランスも原子力一辺倒では、ダメだと考え始めているのだ。
ギャロワ大統領は信頼している主席代表補佐官のジャック・ギャルドンに日本行きを命じた。宇宙太陽光発電システムのプロジェクトを指揮している倉崎大臣に協力を申し出ることとマナテクノへ行って、動真力エンジンの供給について協議することを命じたのだ。
ギャルドンは喜んで日本に向かった。大ファンであるジェネスのライブが見れると思ったのだ。チケットは日本のフランス大使館に頼めば手に入るだろう。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ギャルドンが日本行きの飛行機に乗った頃、雅也はタブレットで新聞の電子版を読んでいた。そして、ニヤッと笑う。与帯代議士が何か仕掛けてきそうだと感じた雅也は、先手を打ったのだ。もはや、敵が仕掛けてくるのを待っているなど許されない立場になっているのである。
「何を笑っているんです?」
雅也の顔を見た小雪が声を上げた。
「この前会った不愉快な議員の記事を読んでいたんだ」
小雪が頷いた。
「ああ、与帯代議士ね。何かしたんでしょ?」
「さあね。あの人も良心の呵責に耐えきれなくなったんじゃないか」
小雪が笑った。与帯代議士は、そんな人物ではなかったからだ。
「そうだ。ジェネスさんから招待状が届いていました」
「一緒に行こうか?」
小雪が嬉しそうに頷いた。最近の小雪は大学生だった頃とは違い、大人の女性になったと感じることがある。雅也はそれを好ましいと感じた。
雅也が小雪にコーヒーを頼んで、溜まっている書類に目を戻した。と言っても、紙の書類ではないマナテクネット専用端末に送られてきたデータである。
その中に航空自衛隊に預けたステルス型攻撃翔空機『サイレントキャット』の試作機を一〇機製造してくれという注文があった。
「ん……何で一〇機も必要なんだ? あれは試作機の段階で終わりになったはずじゃないのか?」
防衛装備庁の依頼によれば、初期型のイーグル戦闘機の中で老朽化が激しい機体の代替機にするという。
サイレントキャットの武装は、二〇ミリバルカン砲と短距離空対空誘導弾、中距離空対空誘導弾である。現在、航空自衛隊が使っているものを使えるようにしたものだ。
「まあいい、一〇機ほどだったら、既存の工場で対応できるだろう」
雅也は引き受けることにした。
小雪がコーヒーを持って部屋に入ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう。防衛装備庁が、サイレントキャットを一〇機も注文してきているのだが、どう思う?」
雅也は防衛装備庁からの注文書を小雪に見せた。
「空自から派遣された技官から聞きましたけど、本当は新型のイーグルⅡ戦闘機を買いたかったけど、予算が通らなかったと聞いています。その代替案じゃないですか? そんなことより大変です。ジェネスの婚約者が交通事故を起こして、日本に来れなくなったそうです」
「大怪我をしたのか?」
「足の骨が折れたそうですが、一ヶ月ほどで治ると記事に書かれていました」
「そうか、デュエット曲は残念だけど、ライブが中止になるわけじゃないんだろ?」
「ええ、それは大丈夫……」
雅也のスマホが鳴った。
「誰だ。新星芸能事務所の瀬戸田社長……何だろう?」
雅也が電話に出ると、押しの強い瀬戸田社長の声が聞こえてきた。何でも世界が誇る歌姫のジェネスが会いたがっているから来てくれという。
電話を切った雅也が首を傾げた。そんな雅也を小雪が見て、
「どうかしました?」
「いや、ジェネスさんが会いたがっているから来てくれと言うんだが、何だろう?」
「瀬戸田社長が絡んでいるのなら、雅也さんに歌って欲しいんじゃないかしら」
「でも、会いたがっているのが、ジェネスさんだからな」
雅也と小雪は会いに行くことにした。ジェネスはある音楽スタジオに居るというので、そこに車で行く。そのスタジオに入ると、ジェネスと瀬戸田社長の姿が見えた。
新星芸能事務所はジェネスが所属する会社と関係があり、日本での公演に協力しているそうだ。
「瀬戸田社長、ジェネスさんが会いたがっていると言っていましたが、どうしたんです?」
「オブライアンさんが、事故に遭った件で、ジェネスの精神が少し不安定になっているのよ。そこでオブライアンさんの代わりを、Shizukuに頼みたいの」
「無茶言わないでください」
雅也が断ろうとすると、ジェネスが雅也に近付いて頭を下げた。
「ミスター聖谷、ちょっと信じられないのですけど、あなたが日本で最高のシンガーだと聞きました。お願いします。最高のライブにしたいのです」
「デュエット曲は、二曲だけだったはずだから、歌ってあげたら。私も久しぶりに聞きたいな」
小雪も瀬戸田社長の味方した。
雅也は苦笑いして承諾した。以前は人前で歌うなどというのは、緊張するので嫌だった。だが、今は常務という仕事で大勢の前で喋ることが多くなり、緊張しなくなっていた。
それに雅也にとって、歌は仕事の一部となっており、負担になるわけではなかったのだ。今回は純粋に楽しめば良いと開き直った。
「んー最高のライブになるわ。ありがとう。さすが聖谷さんよ」
瀬戸田社長が満面の笑顔で、雅也に感謝した。話が決まると瀬戸田社長は帰っていった。他に問題が発生したらしい。
それを見送った雅也たちは、肩を竦めた。
「ミスター聖谷、あなたが最高のシンガーだというのは、ほんとうなのですか?」
ジェネスから尋ねられた雅也は、首を傾げた。
「自分がシンガーだと思ったことはないんだけどな」
「でも、瀬戸田社長は高く評価していたわよ。一度あなたの歌を聞かせてくれませんか?」
「まあ当然でしょう。何を歌うか。英語で歌える曲というと、ビートルズの『レット・イット・ビー』にするか」
雅也が言うと、ジェネスが微笑んだ。




