scene:22 未知の迷宮
普通のカーバンクルとデニスとの戦いとなった。カーバンクルたちは雷撃球攻撃を仕掛け、デニスは避けながら反撃する。
ルビーカーバンクルは、カーバンクルを召喚することに集中しているようだ。デニスはカーバンクルを一匹仕留めた。その瞬間、『雷撃』の真名が頭に飛び込んできた。
「ヤバイ、これじゃダメだ」
ルビーカーバンクルを仕留めなければ、デニスの方が先に体力が尽きると分かった。『装甲』は解放している。数回の雷撃球攻撃なら耐えられる。
カーバンクルの攻撃を無視して、ルビーカーバンクルに特攻をかけることにした。敵に向かって駆け出すデニス。その身体に雷撃球が命中する。
その攻撃に耐えながら、デニスは突き進んだ。三発目の雷撃球が命中した時、装甲膜が揺らぎ漏れた電流がデニスの神経を攻撃する。
「イッ!」
痛みを堪えたデニスは、ルビーカーバンクルを睨みつけ突進。最後の一歩を跳躍し震粒ブレードを振り下ろす。太い首に命中した震粒刃が、その皮と肉を削り取る。
悲鳴を上げるルビーカーバンクル。デニスは装甲膜が長く保たないことを感じ、速攻で仕留める決意を固めた。
デニスはルビーカーバンクルの首を集中的に狙った。何度目かの攻撃で震粒ブレードが首の半分まで食い込む。デニスの勝利だ。
ルビーカーバンクルが粉々に砕け塵となる。同時に召喚したカーバンクルも消えた。召喚主が死ぬと召喚した魔物も消えるらしい。
デニスの頭に新たな真名が飛び込んだ。それは『召喚(カーバンクル)』である。
「召喚か……希少な真名だ。だけど、使えるかどうかは微妙だな」
召喚の真名は、いくつか知られている。だが、利用価値は高くないらしい。今回のカーバンクルを召喚する真名は例外的に利用価値が高いもののようだ。
雷撃球攻撃を使える魔物は、戦力となる。だが、連携して戦うのは難しいと言われる。召喚した魔物を完全に制御するには、精神力で召喚した魔物を制御する必要があるからだ。
魔物を指示通り戦わせようとすれば、召喚者が戦えなくなるという。それでは意味がないと、召喚を使う者は少ないようだ。
強力な魔物を召喚できるようになれば使えるのだろうが、そんな魔物を召喚する真名を得るには、ルビーカーバンクルのような数段強い魔物を倒す必要がある。
但し、貴族の中には配下に手伝わせて魔物を倒し、最後の止めだけを刺して、召喚の真名を手に入れる者もいるらしい。
デニスはルビーカーバンクルのいたドーム空間を『ボス部屋』と名付ける。ボス部屋には鉱床はなく、その代り奥に大きな扉が見付かった。
「この扉は何だ?」
デニスは高さ三メートルほどもある扉を開けた。その向こうには、信じられない空間が広がっていた。広大な面積を持つ森林である。
デニスは外に出てしまったのかと思った。しかし、上を見ると岩盤に覆われた天井がある。まだ迷宮の中のようだ。この迷宮の六階層が発見された瞬間だった。
「大発見だ」
何十年、何百年も岩山迷宮は、五階層までだと信じられてきた。だから、取るに足りない迷宮だと思われていたのだ。それが今回の発見で覆った。
ここから見渡す六階層は、数キロ四方もある森林のようだ。この規模の迷宮は、王都の近くにある三大迷宮くらいしか知られていない。
こういう森林型迷宮では、多種多量の食料や素材が採取できる。天然の素材庫とも呼べる存在になっていることが多く、ベネショフ領は大きな収入源を得たことになる。
六階層への扉は、崖の中腹にある穴に取り付けてあった。六階層の地面から扉へは、一〇メートルほどの高さがある。地面に下りるには、崖に掘られている道を下りるようだ。
迷宮では慎重に行動しなければならないという鉄則を破ったデニスは坂を下りた。どんな階層か知りたいという欲求に負けたのだ。
普通の森林のように見えるが、太陽のない迷宮で青々と茂っていること自体が不自然だ。天井は曇り空のような感じで光っている。
風も吹いているようだ。改めて迷宮の不思議を感じた。デニスは森を注意深く観察する。森から小柄な子供のような人影が出てきた。
「人間……いや、人型の魔物か」
その魔物は濃い緑色の皮膚をした醜い小鬼だった。ゴブリンと呼ばれる魔物である。本で読んだゴブリンの情報を思い出す。
知能は五歳児並みだが、道具を器用に使いこなす魔物だと記載されていた。力は成人男性並みだとあったので、小さいからといって侮っては痛い目に遭う。
ゴブリンがデニスに気づいた。手に持っている棒を振り上げ、こちらに走ってくる。デニスは金剛棒を上段に構えた。もう一歩で間合いに入るという瞬間、こちらから飛び込んで袈裟懸けに棒を振り下ろす。
ゴブリンの脳天に金剛棒が叩き込まれた。一撃でゴブリンは倒れ、塵となって消える。デニスは戻ることにした。少し疲れを感じたからだ。
坂を登って扉に戻る。中の様子に変わりはない。何かキラリと光るものが目に入った。ルビーカーバンクルの水晶角である。ドロップアイテムとして残ったようだ。
「これって高く売れそうだな」
デニスは水晶角を巾着袋に入れ、とぼとぼと戻り始める。石炭を持って帰ろうか迷ったが、精神的に疲れていたので採掘はやめた。
屋敷に戻り、領主であるエグモントに報告した。
「な、何だと……六階層を発見した」
エグモントは酷く驚いた様子を見せた。
「調べてみないと分からないけど、貴重な薬草や食料が採取できるかも」
「それは朗報だ。だが、それを取りに行ける人材が、お前一人というのでは役に立たん」
「他から呼ぶのはどう?」
エグモントが否定して首を横に振る。
「まだ、他領に六階層の存在を知られたくない。他領から人を雇えば、いずれ知られてしまう」
小迷宮と呼ばれる以外の迷宮は、資源の供給地として貴族なら手に入れたい存在である。そんなものが、ベネショフ領にあると知られれば、ちょっかいをかけてくる者が現れるかもしれない。
エグモントはそういう連中を恐れているようだ。
「地道に迷宮探索者を育てるのが、一番の近道なのか」
デニスの言葉に、エグモントが頷いた。
「時間はかかるが、それが確実だ」
「なら、アメリアたちを実験台にするかな」
「おい、実験台だと」
エグモントが目を吊り上げている。言い方がまずかったようだ。
「アメリアたちを迷宮探索者に育てられるか試してみるだけ。無茶はしないよ」
「本当だろうな。アメリアに大怪我でもされたら、エリーゼの奴に殺される」
偉そうにしているエグモントだが、実際は尻に敷かれているようだ。母親のエリーゼが屋敷にいれば、アメリアの迷宮行きは反対されただろう。
迷宮の話が終わり、エグモントが何かをためらっているような様子を見せた。
「何か問題でもあるんですか?」
エグモントが意を決して話し始める。
「ヴィクトール準男爵に借りている借金のことだ。どうにかして早めに返したいのだが、目処が立たんのだ」
借金を返すために知恵を貸せとエグモントは言う。
デニスにはアイデアがあった。正確に言うと雅也から出たアイデアである。ベネショフの町の北に森がある。そこには赤い花を咲かせ、大きな実をつける樹の林があった。
その林を見た雅也が、椿の樹に似ていると言い出したのだ。椿の実からは油が取れる。その油が売れるのではないかと、デニスに伝えていた。
それを思い出したデニスは、少し調べてみるとエグモントに言い待ってもらうことにする。その間に、雅也に椿の実から油を抽出する方法を調べてもらおうと考えた。
ちなみに椿に似た樹は、サンジュの樹と呼ばれている。その実はリスや野ネズミの食料となっているようだ。




