scene:228 『空間歪曲』の滅空
「これは……正真正銘の化け物だ」
フォルカが声を上げた。イザークが同意するように頷き、声を上げる。
「探索者パーティが敵わなかったのも頷ける」
デニスも巨人を見て驚いていた。こんなデカイ化け物を倒せるのだろうか? そういう疑問が湧いてくる。
「『光子』の真名を使って倒せるか? それとも『空間歪曲』の滅空が必要か?」
滅空は実戦で試したことがないので、デニスとしては不安があった。
巨人トロルが洞穴の入り口付近を巨大な拳で殴った。爆発でもしたかのような轟音が響き地面が揺れた。洞穴に逃げ込んだ探索者パーティを脅して逃げ出て来るようにしたいのかもしれないが、逆効果だと気づく知能はないようだ。
「あの化け物を倒す手段がありますか?」
ローマンがデニスに尋ねた。
「確実に倒せるとは断言できないが、威力のある攻撃手段は所有している」
その間にも巨人はドシン・ドシンと無駄な攻撃を続けている。おかげで洞穴付近の岩や土砂が崩れ、洞穴が塞がろうとしていた。
「ダメだ。生き埋めになってしまう。デニス殿、急いでください」
トビアスの声で、デニスは『光子』を使う。真名の力を借りて周囲から光を集め始める。イザークたちは周囲が薄暗くなったので、デニスが何をしようとしているか分かった。
あの巨人を倒そうとすると強力なレーザー光が必要になる。それには広範囲から光を集めなければならない。巨人の周囲も薄暗くなり、何か異変が起きていることを巨人も気づいた。
洞穴への攻撃をやめた巨人が、周囲を見回す。そして、巨大なエネルギーを集めているデニスに気づいた。巨人が、デニスに向かって地響きを立てながら迫ってきた。
「デニス殿」
ローマンの顔が青褪めている。身の危険を感じたデニスは、急いでレーザー光を放った。強力な光の束が巨人トロルの胸を薙ぎ払う。
強烈な光線は、目標に命中すると膨大な熱エネルギーに変換された。巨人の胸が炭化して燃え上がる。巨人トロルが、痛みなど感じていないかのように胸を叩いて火を消そうとする。
デニスは胸を攻撃したことを失敗だと思った。分厚い胸だと巨人の急所までレーザー光が届かなかったからだ。もう一度レーザー光を放とうと光を集め始める。
それに気づいた巨人が腕を振り上げ地面を思い切り叩いた。その衝撃は地面を伝わってデニスたちを襲った。デニスたちの身体が揺れ、バランスを崩す。
おかげで光を集める作業が中断された。
「フォルカ、巨人を牽制するぞ」
イザークとフォルカが走り出した。それぞれが爆裂球を巨人の足に放つ。巨人の足が引き裂かれ血を流す。だが、それは掠り傷程度のダメージにしかならなかった。
怒った巨人が地面に落ちている岩を持ち上げ、イザークたちに向かって投げる。イザークたちは必死で逃げた。デニスにも岩が飛んできた。それを爆砕球で迎撃。
「おい、ちょっと、あれを見ろ」
ローマンが大声を上げた。デニスのレーザー光で焼かれて炭化した胸が再生を始めているのだ。デニスは溜息を漏らした。
「こういう光景を見ると、気力が挫けそうになるな。あいつの弱点はどこだと思う?」
デニスがイザークたちに尋ねた。
「頭か、首じゃないですか?」
イザークが答える。巨人の首は筋肉が盛り上がっており、首があるのかどうかさえ疑問に思える。
「頭だな。だが、レーザー光で攻撃するのなら、少し長めに当てないと貫通しないような気がする」
一瞬で貫通するほど強力な光を集めようとすると時間がかかる。また地震攻撃を食らうと、集めた光が無駄になりそうだ。
デニスは滅空を使うことに決めた。だが、滅空のリーチは短い。立っている巨人の頭に届きそうになかった。まずは巨人を倒すことが必要だ。
デニスは巨人に近付き爆砕球を、巨木のような足に放つ。右足の脹脛に命中し筋肉を粉々に砕く。巨人が右足を抱えて悲鳴を上げた。
デニスは容赦なく左足の脹脛にも爆砕球を放った。命中した瞬間、血飛沫が飛び巨人が地面を揺らしながら倒れる。イザークとフォルカ、ローマンたちが巨人の頭を爆裂球で攻撃した。
デニスは『空間歪曲』の力を引き出し、直径一メートルの球形状空間を歪める。無色透明だった空間が光の軌道を曲げ、向こう側に見える光景を歪ませる。滅空が完成した。滅空はわざと疑似引力が発生しないように歪ませている。
そうでないと、余計なものまで引き寄せて破壊してしまうからだ。
デニスが伸ばした左手の少し先に滅空が浮かんでいる。この空間の中では、原子同士が結合するあらゆる力を阻害することで物質を崩壊させる。
なので、二酸化炭素は炭素と酸素に分解し、水は水素と酸素に分解する。それはどんな物質に対しても同じだった。但し、例外もある。真名の力や特別な力に守られた物質だ。
デニスは倒れている巨人に駆け寄り、滅空を巨大な頭に押し付けた。滅空を押し付けられた巨人の頭が分解され、大穴が空いた。
これがトドメとなって、巨人トロルは消滅した。消滅した後、ドロップアイテムが残った。この世界では異様なものだった。迷宮の地面に落ちたのは銃だった。
デニスは拾い上げて不思議に思った。銃弾を装填する部分がなかったのだ。それに銃口が大きかった。グレネードランチャーほどの大きさがあり、銃口の内部は鱗のようなものが貼り付けられていた。
その鱗はワイバーンの鱗に似ていたが、色が金色だった。ちなみにワイバーンの鱗は緑がかった灰色なのだが、銃口の内部は金色だ。
「金色のドラゴンというと、太陽竜か? 『光子』の真名を使ったことと関係するのだろうか?」
太陽竜はクム領のミトバル迷宮に巣食っているドラゴンである。このドラゴンは光り輝くブレスを吐くらしい。
「デニス様、巨人トロルから真名を手に入れましたか?」
イザークが尋ねた。
「いや、真名は得られなかったが、こいつを残した」
「変な形をしたものですね。それは何です?」
「武器らしいのだが、よく分からない」
「へえー、武器なんですか?」
デニスたちが話している間に、ローマンたちが洞穴に入って探索者たちを助け出した。助けられた者たちは盛大に感謝の気持ちをデニスたちに伝える。
これで侯爵から頼まれた依頼は達成したことになる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
デニスたちが巨人トロルを倒した頃、地球のある国の財界人が集まり会合を開いていた。
「最近、我が国では景気のいい話がないようだが、なぜだと思うかね?」
自動車メーカーの代表であるナムが質問した。
この国の最大財閥のトップであるパクが不機嫌な顔をする。
「それは、新しい産業が出てきていないからに決まっている」
総合化学メーカーの代表であるホンが渋い顔をする。
「新しい産業というのは、どんなもののことを言っておるのだ?」
「例えば、翔空艇、スカイカー、ホバーバイク、宇宙太陽光発電などだ」
「どれも日本の新しい産業じゃないか」
パクが頷いた。
「現在、世界で一番成長しているのが、これらの新事業なのだから仕方あるまい」
日本は経済が停滞し、失われた数十年と言われた。だが、その停滞も終わった。その切っ掛けをマナテクノが生み出したのだ。日本の経済界は、動真力エンジンを基にする様々な乗り物の開発を始め、久しぶりにGDPが急上昇していた。
「スカイカーやホバーバイクと言えば、ミスター・ナムの領分じゃないのか?」
「馬鹿を言うな。私の会社は地上を走るものしか造っておらん」
「確かにそうだが、動真力エンジンを分解調査したはずだ。スカイカーやホバーバイクを製造しようと考えたのではないのか?」
「ふん、我々にはエンジンを造れないと分かっただけだった」
「それで諦めるのか。昔のようにエンジンだけ購入して、スカイカーを開発したらいい」
「車造り・航空機造りの難しさが分かっておらんな。自分の会社で一から開発するとなれば、莫大な予算と時間が必要になるのだぞ」
「一から開発する必要があるのか。日本が開発したものがあるのだ。そこから技術を読み取ればいい」
ナムは昔を思い出し、動真力エンジンを製造しているマナテクノと交渉することにした。自社で開発するスカイカーのエンジンを供給してくれるように頼むための交渉である。
数日後、日本に向かったナムは、雅也と会い交渉した。
「無理ですな。動真力エンジンの製造が追い付かないくらいトンダ自動車から注文が来ているのです」
「そこをなんとかできませんか? そうだ、我が国でエンジン工場を建設するというのはどうです? 政府に掛け合って、土地や税を優遇するように交渉しますから」
「申し訳ない。そういう案件もたくさん来ているのです。ですが、全てをお断りしています。動真力エンジンだけは、日本の技術として管理していくつもりなのです」




