scene:225 新たな刺客
岩山迷宮の最終階層に捕らえられている迷宮主は、水晶球に映し出されるデニスたちの姿を見つめていた。
「こいつら、手強いようね。生意気だわ。どうやって殺してやろうかしら」
少し苛立ちを感じた巨人族の姫は、開いているように見える部屋の出入り口を見た。迷宮主は部屋から出ようとした。バチッと音がして弾かれる。
「忌々しい。何とかして出る方法はないのか?」
次の迷宮主が送り込まれるまで出ることは叶わない。ここから出られない以上、あの者たちを殺す手段は限られている。
数多くの真名を持つ姫は、その真名を使って魔物を創り出すことができる。デニスたちを攻撃するには、創り出した魔物に襲わせるしかないのだ。
「『光子』以上の強力な真名を核として、新しい魔物を創り出すしかない。何を使うべきか?」
姫が持っている真名の中で、最も大切にしているのは『複製』である。これは存在する真名と同じものを製作し与えることができる真名である。
この『複製』を使って、最高神が持つ『摂理』の真名を複製し手に入れようとしたのだ。だが、それを最高神に気づかれて、ここに居る。
姫は強力な真名を選び複製すると、それを核として強い魔物を創り上げて迷宮に放った。今度こそデニスたちを殺せると確信する。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
デニスたちは一〇層の砂漠エリアを進み始めていた。
「デニス様、この砂漠エリアは広すぎるのではないですか?」
イザークが文句を言う。
「僕に言われてもな。迷宮を創った神様に言ってくれ」
「迷宮って、神様が創ったものなんですか?」
「神様じゃないなら、誰が創ったんだ?」
イザークが首を傾げた。
「やっぱり神様かな……神様が創ったにしては、愛情が足りないような気がします。ゴホッ」
乾いた熱い空気を吸い込んだイザークが咳き込んだ。気を付けないと喉を傷めるのだ。
「水を飲め……」
デニスが水筒をイザークに手渡した時、フォルカが遮光ゴーグル越しに前方を睨んで声を上げる。
「また大サソリです」
デニスは爆砕球を放って、大サソリを仕留めた。
この砂漠エリアで遭遇した魔物は、大サソリと砂漠トカゲである。砂漠トカゲは全長五メートルほどの大型トカゲで、砂の中に潜っている。獲物が近付くと飛び出して噛み付くのだ。
その砂漠トカゲを発見するのは難しかったが、ライノサーヴァントを先行して歩かせることで解決した。砂漠トカゲにライノサーヴァントが近付くと、飛び出してくるからだ。
ライノサーヴァントが噛み付かれることになるが、『頑強』の真名の力を込めたライノサーヴァントは頑丈だった。
砂の中から飛び出した砂漠トカゲを倒すのは簡単だ。ライノサーヴァントに噛み付いている砂漠トカゲの首を宝剣緋爪で切り落とすのである。
遠くに何か建物のようなものを発見したフォルカが騒いだ。
「デニス様、何かあります。階段かもしれませんよ」
「よし、行ってみよう」
デニスたちは建物らしいものを目指して進んだ。近付いて分かったが、それは神殿のような建築物の廃墟だった。そして、廃墟の中に階段を発見する。
デニスたちは階段を下りて、十一階層に出た。目の前に広がったのは、広大な草原である。所々に小さな林のようなものが見えるが、八割以上が草原となっていた。
「やっと砂漠を抜けたのか」
イザークがホッとしたように言って、防暑装備を脱いだ。デニスとフォルカも脱いで、ライノサーヴァントに運んでもらっている袋の中に入れる。
このライノサーヴァントは砂漠トカゲの囮にしたライノサーヴァントとは別のものである。こいつが砂漠トカゲに襲われたら、荷物がボロボロになる。
デニスたちは、ここで野営することにした。砂漠で体力を消耗したと感じたからだ。ライノサーヴァントからテントを降ろし張る。イザークとフォルカが手慣れた様子で手早く完成させた。
石で小さな竈を作り、そこに焚き火を起こした。薪は近くの林から拾ってきたものだ。竈の上に金網を置き、鍋を載せる。その鍋に屋敷で料理人に作らせたスープを凍らせたものを入れる。
三人分のスープを缶に入れ凍らせてから蓋をしたものだ。砂漠エリアを通ったので、半分ほどが融けている。凍っていたものが全て融けて、スープの状態に戻ってから三人のカップに分ける。
イザークはハムと油、フライパンを取り出して三人分を切り分けると、フライパンで焼き始めた。フォルカはライ麦パンを取り出し三人分に分けた。
「侘しい食事ですね」
イザークが言う。デニスは笑ってから、
「昔は、これくらいが普通だった……いや、ハムが有るだけ贅沢だ」
イザークが笑った。
「そうでしたね。俺が子供の頃は、塩っぱいだけのライ麦パンとお湯みたいなスープでした」
「それを考えると、ベネショフ領は豊かになった」
イザークがデニスに視線を向けた。
「これもデニス様のおかげですよ」
「僕だけの手柄じゃない。従士や兵士、領民の全員が頑張ってくれたからだ」
フォルカが頷いた。
「この豊かになったベネショフ領を失いたくはないです」
デニスが頷いた。
「そうだな。全力で迷宮主を倒さなければならない。そのためには二人の協力が必要だ。頼むぞ」
イザークとフォルカが小さな声で返事をして頷いた。
食事をしてから、交代で寝ることにした。デニスはイザークに起こされ、二人が起きる時間になるまで見張りをした。
時間になって二人を起こし、残っていたライ麦パンを食べてから出発する。
十一階層で初めての魔物に遭遇した。それは赤い大きな狼だった。体長が三メートルほどで鋭い牙と爪を持つ赤狼である。
デニスは緋爪を抜いた。神剣の方が強力な武器なのだが、斬った手応えが全く無いので不安になる。空振りしたのではないかと感じてしまうのだ。
「素早そうな魔物だ。気を付けろ」
デニスは二人に警告した。イザークとフォルカは、蒼鋼製長巻を構えて赤狼を睨む。
デニスの警告通り、赤狼は非常に素早い魔物だった。巧みにイザークの斬撃を避けると、イザークに牙を突き立てようとした。その牙は装甲膜により弾かれたが、何回も攻撃を受ければ装甲膜も破れそうなほど強力な攻撃だった。
フォルカは体当りされて、宙に飛ばされた。デニスは雷撃球を放ったが、簡単に躱される。
「手強いな。接近戦に持ち込まれたのが、失敗か」
これほど素早い動きをすると分かっていたら、ある程度距離がある段階で『光子』のレーザー光で仕留めるべきだったのだ。
装甲膜を展開していたフォルカに怪我はなかったが、赤狼の強さを感じて青い顔になっていた。
「僕が仕留める。少し離れて援護してくれ」
デニスは前に出て緋爪を構える。
赤狼がひと跳びで距離を詰め、デニスに前足の爪を叩き込もうとした。デニスはステップして躱し、下から擦り上げるようにして緋爪の斬撃を放つ。
赤狼が身を捻り斬撃を躱そうとする。斬撃は赤狼の肩を掠めて、赤い毛を斬り飛ばす。赤狼が飛び退いた。それを追ってデニスが飛び込み、赤狼の頭に緋爪を振り下ろした。
その剣を赤狼が横から打ち払った。デニスの手から緋爪が飛び離れる。大口を開けた赤狼がデニスの首を噛み切ろうとする。その口の中に雷撃球を叩き込み、横に跳び退いた。
その瞬間、フォルカとイザークが放った爆裂球が苦しんでいる赤狼の体を引き裂いた。
「ふうっ、危なかった。こういう素早い魔物は危険だな」
「この先に進んだら、もっと素早い魔物が出て来るかもしれませんよ」
イザークが心配そうに声を上げた。
「そうだな。しっかりと戦えるように修業しないとダメかもしれない」
思い掛けない強敵に遭ったデニスたちは、迷宮の奥にいる魔物たちが強いことを感じた。それでも進むしかなかった。デニスは緋爪を拾い上げ進み始める。
それから二十分ほど歩いた頃、また強敵に遭遇する。六階層で戦ったオーガである。体長二メートル半、青い皮膚をした二本角の魔物だ。
「うわっ、ここでオーガか。どんどん強い魔物と遭遇するようになるな」




