scene:220 宗教団体と小惑星
デニスたちが岩山迷宮を攻略している頃、雅也は研究室に閉じ込められ異界の最高神から与えられた知識を言葉にしていた。
「……面体トポロジー構造の……安定性の量子化学的分析を……が結合して出来た二量体や」
最高神から与えられた知識は、神の言葉により脳に刻み込まれている。だが、不思議なことに言葉にして口に出すと日本語に変換されていた。
但し、それを理解できるかどうかは別である。また、地球に存在しない概念や存在を言葉にする時は、オリジナルの神の言葉が発せられた。
「疲れた。もうダメです。ここまでにしましょう」
神原社長と数人の科学者が残念そうな顔をする。
「もう少しくらい、いいんじゃないか?」
「何を言っているんです。朝から始めて、もう夕方ですよ」
「む……仕方ない」
雅也は最高神の知識について、神原社長に話さなければ良かったと後悔していた。このところずっと、脳に刻まれた知識を記録に残し、科学者や他の学者に研究させようというプロジェクトに参加させられているのだ。
雅也が研究室から出ると、小雪が待ち構えていた。
「中村主任が実験室で待っていますよ」
「そうだった。面白いものを開発したので、見に来てくれと言われていたんだった」
小雪と一緒に実験室に行くと、中村主任がチームメンバーと会議をしていた。
「聖谷常務、遅かったですね」
「すまん、神原社長に捕まっていたんだ」
「社長にですか。それじゃあ、仕方がありませんね」
「見せたいものというのは、何なのだ?」
「これです」
中村主任が見せてくれたのは、超小型動真力エンジンを組み込んだドローンだ。最大長部分が四〇センチ、横幅二五センチで厚みが一五センチほどのスカイカーのミニチュアという感じのものだった。
「プロペラのないドローンか。しかし、超小型動真力エンジンだと製造原価が高くなったんじゃないか?」
中村主任が肩を落とした。
「そうなんです。普通のドローンとしては使えません」
中村主任がドローンを飛ばすというので見物した。このドローンはほとんど音がしないというのが特徴だった。
「これなら、偵察用ドローンとして使えるんじゃないか?」
「軍需品ですか」
「それなら少しくらい高くても需要があるだろう。そうだ、警察にも売れるかも」
中村主任が溜息を漏らした。
「そういうのは、監視社会になる手助けをしているようで、嫌ですね」
「監視社会か……もう手遅れじゃないのか。すでに監視社会に片足を突っ込んでいる」
「開発した以上、商売に繋げないとダメですから、偵察用ドローンとして考えてみます。ところで、世界各国から、どうやってディザスター1を破壊したのかという問い合わせが来ているそうじゃないですか?」
雅也が渋い顔をする。ディザスター1を破壊したのは、源勁結晶を利用した衝撃波発生装置である。これについては、日本国政府にも知らせないという方針なので、沈黙を守るしかなかった。
「核兵器ではないこと、それにマナテクノの極秘の新技術であると発表しただけだ。それ以上は社外秘となっているので、公表できないと宣言したよ」
「それでですね。我社のセキュリティチームから、サイバー攻撃が一〇倍に増えたと聞きましたよ」
「無駄なことを……我社の技術情報は、インターネットには繋がっていないというのに」
「我社は、共振データデバイスを利用したマナテクネットを使っていますからね」
雅也と中村主任が話していると、小雪が口を挟んだ。
「中村主任、なぜ開発チームがドローンを作っているのですか?」
中村主任の開発チームは、宇宙太陽光発電システムの構築に必要なものを研究していたはずなのである。
「我々が開発したのは、超小型動真力エンジンです。これは宇宙空間で荷物を運ぶロボットや船外活動での推進装置として使う予定なんですよ。ドローンは、ついでに作ったのものです」
小雪が腕時計を見て声を上げた。
「聖谷常務、会食の時間です」
最近、宇宙関連事業の責任者である雅也と話をしたいという経済人が増えた。おかげで今日の夜も宇宙開発支援会という集まりに呼ばれている。
その集まりは星菱電気の重盛社長もメンバーであるようなので、参加することにした。
会食の場所は、高級レストランの個室である。
「聖谷さん、よく来てくれた。感謝するよ」
重盛社長が雅也の顔を見ると近付いて声を掛けた。
「宇宙開発事業の責任者として、この会には興味があったので、お邪魔させてもらいました」
会食が始まり、メンバーを紹介された。その中には外務省の官僚も参加していた。岩渕という人物である。
「聖谷さん、マナテクノは小惑星ディープロックをどうするつもりなんですか?」
「もちろん、金属資源を掘り出して、宇宙開発事業に利用しようと考えています」
「それは宇宙太陽光発電システムに利用する、ということでしょうか?」
「宇宙太陽光発電システムにも利用するということです」
ひょろりとした岩渕は、鋭い視線を雅也に向けた。
「というと、他にも利用する計画があるのでしょうか?」
「もちろんです。マナテクノが設立された切っ掛けは、月旅行ですからね。ディープロックは中継基地にする予定です」
「中継基地……そんなものを建造するのですか。外務省に、各国から小惑星の共同開発を行いたいという申し出が来ているのですよ」
マナテクノにも同じような申し出が来ているが、具体的な計画というものはなかった。取り敢えず、マナテクノと共同開発するという契約を結んで、小惑星開発事業に参加したいと考えているようだ。
世界中がマナテクノの小惑星開発事業に注目しているのだ。この事業は宇宙太陽光発電システムを安価に建設する鍵を握っていると言われている。
この小惑星の資源を掘り出し、宇宙太陽光発電システムの部品を製作して使えば劇的に製造原価が安くなるという。もちろん、最初の開発投資は膨大なものになるが、小惑星に工場や住居ができれば一大産業になると計算しているのだ。
マナテクノでも宇宙に製錬工場を建設することを考え、製鉄会社などに協力を呼び掛けている。
重盛社長が割り込んだ。
「小惑星に埋蔵されている金属など、すぐに使い切ってしまいそうなものだが、各国は何を考えておるのだろう?」
雅也はニコッと笑って説明する。
「それはですね。利用できる小惑星がディープロックだけではないからですよ。太陽系には、ほとんどをニッケルや鉄などの金属だけで構成されるM型小惑星というものがあります。その小惑星から鉱石を掘り出して、ディープロックに運び建造した製錬工場で金属素材とすることができるんです」
動真力エンジンを所有しているマナテクノなら、そんな小惑星や鉱石を運ぶことが可能だと思われているのである。
「なるほど、M型小惑星か。無限の可能性があるということだな。ところで、マナテクノは株式上場を中止したというのは、本当かね?」
「本当です。マナテクノの経営状況が変わったので、事業の整理統合を行うことになったのです」
「なるほど、上場して資金調達を容易にしたかったが、その必要がなくなったのだな」
ディープロックを手に入れたマナテクノは、世界最高ランクの投資先と言われている。この先、資金不足で困るようなことはないだろう。
「残念だな。上場したら、購入しようと思っていたのに」
重盛社長が言うと、自分もそうだという経済人が声を上げた。
楽しい時間を過ごしていた雅也に、一人の男性が近付いた。黒いスーツを着たがっしりした体格の男である。
「聖谷雅也だな」
「そうだが、どなたですか?」
「ある宗教団体の者だ」
「宗教団体? 知らないな。何の用です?」
「小惑星ディープロックは、我々のものだ。全ての権利を我々に渡せ」
時々、こんな馬鹿が現れる。それほどディープロックというのは、大きな価値を持っているのだ。その男に気付いた経済人たちが聞き耳を立てて、話を聞いているのが分かった。
「ディープロックが、君たちのものだという証拠は?」
「証拠? そのようなものは必要ない。我らの主アズルール様からの、お告げがあったのだ」
雅也がニヤッと笑う。
「だったら、ディープロックの欠片が落下して地球の各地に被害を出した。それは全て君たちの責任だとなる。その責任を取るのだろうね」
その男の顔が引き攣った。
「馬鹿を言うな。それは別の問題だ」
「責任がないと言うなら、ディープロックは君たちのものではないということだ。帰れ」
「後悔しますよ。我々は主から特別な力を授かっていますからね」




