scene:219 岩山迷宮一〇階層
ハイネス王子やテレーザ王女が迷宮で真名を手に入れている間、デニスは岩山迷宮の探索を続けていた。せっかく訪ねてくれたテレーザ王女には悪いのだが、今は迷宮の探索を優先したいと思っていた。
デニスたちは、また九階層にまで来ていた。イザークが遠くに見える湖に目を向ける。
「デニス様、今度こそ湖まで行きましょう」
「そうだな。下へ行く階段が見付かればいいんだが」
湖に近付いた時、湖の中央が波立ち巨大な魔獣の頭部が現れた。
「水竜か」
「初めて見ました。デカイですね」
その水竜は首長竜に似ており、四つの足はヒレになっていた。
「あれだと陸には上がれないな。襲われることはないだろう。周囲を調べよう」
デニスたちは湖を時計回りに歩き調べ始めた。その後ろを荷物を載せたライノサーヴァントが付いて来る。水竜はデニスたちには気づいていないらしい。というか、気にしていないようだ。
湖を半周したところで、岸から桟橋のようなものが湖の中心へと伸びているのに気付いた。その長さは三〇メートルほどで、かなり深いところまで伸びている。
「あの桟橋の先にあるのは何でしょう?」
フォルカが声を上げた。デニスは桟橋の先に注目。何か黒いものが見える。
「まさか……あれが階段なのか?」
イザークがジト目で桟橋を見ている。
「デニス様、水竜と桟橋の組み合わせは、非常にまずいような気がするのですが?」
「そうだよな。きっと、桟橋を渡ろうとすると水竜が襲ってくるんだろうな」
「全速力で走り抜けて飛び込めば、大丈夫ですよ」
フォルカだけは、やる気満々だった。実際にやってみると言うので、デニスは許可した。
桟橋の端に立ったフォルカは、前方にある階段を睨んでから走り始めた。フォルカの足がタタタ……とリズムを刻む。その音に気付いた水竜が桟橋の方へ顔を向け、水で形成された巨大な刃を高速で吹き出した。
その巨大水刃はフォルカに向かって飛翔する。
「湖に飛び込め!」
デニスの命令でフォルカは湖に飛び込んだ。フォルカがいなくなった桟橋の上を通過した巨大水刃は、向こう岸の森に飛び込み、木々を切り倒した。その木々の倒れる音が迷宮に響き渡る。
湖に潜ったフォルカが水面に顔を出す。そのフォルカに向かって、水竜は勢いよく泳ぎ始めた。
「イザーク、時間を稼ぐんだ」
デニスの指示で、イザークは爆裂球を放つ。同時に、デニスも爆砕球を放っていた。水竜の背中に二人の攻撃が命中し水飛沫と血を空中に撒き散らす。
水竜に気づいたフォルカは、懸命に泳ぎ始めた。その背後に水竜が迫っている。デニスがもう一度爆砕球を放った。それが水竜の首の付根に当たり大量の血を噴き出させる。
その攻撃で水竜の泳ぐ速度が落ちた。
「水竜が弱っている。ここで仕留めるぞ」
デニスたちは桟橋を走り出し、水竜に近付くと、爆砕球と爆裂球で攻撃した。何度も何度も攻撃すると段々と水竜が弱り始め、イザークの爆裂球が命中した時に息絶えた。
「ガハッ、ハアハア……。酷い目に遭った」
フォルカが湖から陸に上がり肩で息をしていた。デニスが桟橋を戻り近付いて声をかける。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます。命拾いしました」
デニスが振り返ると、イザークが水竜を倒した時の状態で立ち尽くしている。
「イザークさんは、どうしたんですか?」
「たぶん、新しい真名を手に入れたんだろ」
フォルカが桟橋の上で立ち止まっているイザークに近付いて、新しい真名について尋ねた。
「水竜から、『水撃』の真名を手に入れた。先ほど水竜が放ったように、水を様々な形にして撃ち出せるようだ」
「凄いじゃないですか」
デニスは注意しながら桟橋を進み、二人を追い越して階段を確かめた。
「やっぱり階段だ。二人とも来てくれ」
フォルカとイザークが桟橋を駆けてきた。そして、階段を確かめる。
デニスたちは階段を下りた。一〇階層へ到達したのだ。
階段を下りた先にあった一〇階層は、広大な砂漠だった。太陽が見えないのに気温が四〇度以上はありそうだ。砂漠から吹き付ける風には、熱気と砂が混じっている。
「このエリアを攻略するには、大量の水を用意しないとダメだな」
「試しに、ちょっと歩いてみませんか?」
イザークが提案したので、デニスたちはライノサーヴァントを連れて、歩き始めた。
「砂に足を取られて歩き難い。それに暑いせいか、体力の消耗が激しそうだ」
デニスが感想を言うと、イザークたちが同意した。フォルカが周囲を見回す。
「見回した限りだと、砂丘の連続ですね」
デニスは砂丘の上に登って前方を確かめた。薄っすらと山のようなものが見える。目標としては、その山を目指すのがいいだろうと思った。
「デニス様、水を飲んでください」
イザークがデニスの横に並んで、水筒を渡した。デニスは水を飲み始めて、自分が喉が乾いていたことに気づいた。
「イザーク、こんな場所にいる魔物というと、どんな化け物だろう?」
「そうですね。砂漠にはサソリが定番じゃないですか」
「なるほど、ああいう奴か」
デニスが指差した方向に、巨大なサソリがいた。距離は二〇メートルほど離れている。大きさは全長三メートルほどだ。
「俺たちに気づいているようですよ」
「ああ、撃退する。『光子』の真名を試したいんで、僕に任せてくれ」
「分かりました」
フォルカが何か始まりそうだと気づいて、砂丘を登ってきた。
「どうかしたんですか?」
「サソリの魔物だ。今からデニス様が攻撃する」
デニスは『光子』の真名を解放する。この真名は光を操る力を持っている。まずは周りから光を集める。その真名の力が働き始めると、周囲が暗くなった。
「これは……デニス様の真名の力?」
イザークが思わず声を上げた。
デニスはその声を無視して集中する。光束を共振させ増幅し巨大なサソリに向けて解き放つ。
『光子』の真名で制御できなかった光が溢れだし、一瞬強い光を放った。その瞬間強烈なエネルギーを持つレーザー光が砂漠のサソリを貫く。
一瞬、目が眩んだデニスたちは、次の瞬間に砂漠に倒れた巨大サソリを目撃した。音は聞こえなかった。強烈な光だけが、『光子』の真名で激熱光線を発生させた証だったようだ。
もちろん、レーザー光のようなものが飛んでサソリを倒したのだが、レーザー光自体は目に見えないので実感が湧かない。
巨大サソリの死骸は消えたので調べる事もできない。フォルカが首を傾げている。
「デニス様の真名は、どうやってサソリを倒したのです?」
「強い光が、サソリを貫いて殺したらしい」
デニスが説明しても、フォルカは納得した顔にはならなかった。
「この真名は、迷宮より外で使った方が、威力が強くなるようだ」
「なぜです?」
「光を集めて武器とするからだ。太陽のある外で使った方が威力が上がる」
「なるほど、迷宮主を倒す切り札にはならないということですか?」
イザークの指摘に、デニスが渋々同意した。だが、『光子』の真名については、まだまだ別の使い道はありそうだとデニスは感じていた。雅也と相談しながら研究を続けるべきだろう。
「何だか、肌がヒリヒリする。あれっ、赤くなっている」
フォルカが言い出した。デニスも確認すると、素肌を露出している部分が赤くなっている。
「紫外線か?」
「何です。紫外線というのは?」
「太陽の光は、いろいろな光を含んでいるんだ。その中の一つに紫外線というのがある。その紫外線は、夏などに日焼けの原因となるものだ」
「でも、迷宮には太陽なんてありませんよ」
「ないけど、紫外線が出ているのだろう。戻るぞ」
デニスたちは九階層に戻り、一度ベネショフに戻ることにした。




