scene:21 カーバンクル
デニスは『装甲』を使いこなせるようになるまで、五階層に下りるのを待っていた。最近になって、『装甲』の真名を解放したまま戦えるようになった。
五階層に下りる準備ができたのだ。一日置きにアメリアたちを迷宮へ連れて行くことに決めていたので、明日はアメリアたちを迷宮へは連れて行かない。
まだ身体の出来ていないアメリアたちには、休息日が必要だと判断した。その代りデニスだけで迷宮に行き、五階層に挑戦しようと決断する。
翌朝、練習を終えたデニスがダイニングルームで食事の用意ができるのを待っていると、アメリアが起きてきた。寝ぼけた顔をしている。
「昨日は、疲れたか?」
「みゅふーっ。疲れたけど、すっごく面白かった。今日も迷宮へ行くの?」
「今日は一人で行く。アメリアはフィーネとヤスミンに文字の読み書きを教えてくれ」
母親のエリーゼに教えられ、アメリアは読み書きができた。それをフィーネとヤスミンに教えて欲しいとデニスは頼んだ。
「いいよ。でも、二人は迷宮探索者になるんだよ」
迷宮探索者には文字の読み書きなど要らないのではないか、と疑問に思ったようだ。
「岩山迷宮もそうだけど、迷宮は調査され資料として残っている。迷宮探索者になるのなら、その資料が読めた方がいいだろ」
「あっ、そうか」
アメリアはフィーネとヤスミンに文字の読み書きを教えることを承知した。デニスはもう一つ指示を出した。『魔勁素』の真名を使う練習をすることだ。
「アメリアは真名術が使えるようになった。もう迷宮に行く必要はないだろ」
「ダメ、魔勁素を身体の中でぐるぐる回すだけで、よく分からないんだもん」
アメリアは目に見えるような真名術を使いたいらしい。そうなると難しくなる。あの迷宮で得られる真名は、『魔勁素』『超音波』『嗅覚』『装甲』『結晶化』『雷撃』である。
その中で『結晶化』はよく分からないので除外し、目に見えるような真名術となると『雷撃』くらいだ。『嗅覚』でも満足するかもしれないが、護身用に『雷撃』の真名術を覚えるのもいいかもしれない。
この国は治安が良いとは言えない。『装甲』『雷撃』が使えるようになれば、何かの時に役立つだろう。しかし、問題は『雷撃』が五階層の魔物から得られる真名だという点だ。
小さな迷宮とはいえ、アメリアに完全攻略させることになる。
そんなことを考えていると、アメリアが睨んでいた。アメリアを無視して考え込んでいたからだ。
「そうだな。五階層に面白い真名を持つ魔物がいるんだ。調べてみるよ」
「約束よ」
五階層に挑戦するため、デニスは迷宮に向かった。迷宮に到着すると、迷宮の奥へと進み始める。最短距離で四階層まで到達し、最終階層の五階層へ下りた。
デニスの武器は金剛棒に代わっている。金剛棒で鎧トカゲを倒した後、使いこなせるように訓練した。
今までと同じような迷路である。金剛棒を持ったデニスは、用心しながら進んだ。前方から何かの気配が近付いてくるのに気付いた。
デニスは『装甲』の真名を解放する。身体に薄い膜が形成され、その状態で進み出る。やはりカーバンクルだ。青い水晶のような角を持つ狐が、出合い頭に雷撃球を放った。
青い水晶から火花のような放電現象を発生させる球電のような雷撃球が生まれ、デニスへ向かって飛んだ。速度は時速一〇〇キロほど。
デニスは避けられなかった。直径一〇センチほど雷撃球は、デニスの肩に命中。当たった瞬間、火花が飛び散り電流が爆ぜた。
バチッという音とキナ臭い臭いが漂う。だが、痛くはない。『装甲』が守ってくれたようだ。デニスはそのまま突っ込んできたカーバンクルに金剛棒を振り下ろした。
カーバンクルは絶命し塵となって消える。
「なるほど、『装甲』さえあれば、厄介ではないな」
デニスは奥へと進んだ。途中六匹のカーバンクルに遭遇し問題なく仕留めた。小ドーム空間を見付け、中をチェックする。
カーバンクル七匹がうろうろしている。その時、背後で何か小さな音がした。デニスは素早く振り返る。そこには一匹のカーバンクルが雷撃球を放つ寸前の姿があった。
「うわっ!」
デニスは反射的に雷撃球を避けるために小ドーム空間へと身を投げだした。後で冷静に考えれば、なぜそんなことをと思うのだが、その瞬間は身体が動いてしまったのだ。
敵の中に踊り込んでしまったデニスは、カーバンクルの集中攻撃を浴びた。飛来する雷撃球を飛び回って避けながら、金剛棒を振り回す。
雷撃球を何発も浴びた。装甲膜を展開したままだったので助かったが、それでなければ命を落としていただろう。
動き回るうちに冷静さを取り戻した。デニスは一匹ずつ確実に仕留めることに集中する。まず右端の奴に狙いを定め、走り込んで金剛棒を打ち下ろす。
一匹を仕留めた後は、戦いの主導権を握ることができた。次々にカーバンクルを叩きのめし、息の根を止める。数分後には決着が着いていた。
「はあーっ、無様な戦いをしてしまった」
だが、収穫はあった。戦いの最中に『結晶化』の真名を得たのだ。
一休みしてから、鉱床を探す。ここの階層にある鉱床は、石炭である。良質の無煙炭なのだが、価値はあまり高くない。
石炭ならば、露天掘りの炭田が北部地方にあるからだ。石炭を二〇キロほど担いで戻っても採算が合わないというのが実状で、五階層は人気のない場所だったらしい。
ただ石炭は鉄などより豊富に存在し、大量に運ぶ方法さえあれば燃料として使えるようだ。
デニスは採掘はせず、再び迷宮の奥へと進み始めた。二つの小ドーム空間を見付け、中にいるカーバンクルを仕留める。それでも二つ目の真名『雷撃』は手に入らなかった。
とうとう最後のどん詰まりまで辿り着いた。そこには三メートル四方の石壁があるだけだ。
「はあ、最後まで来てしまった」
『雷撃』の真名を手に入れられなかったことで苛立っていた。『結晶化』の真名が割と簡単に手に入ったので、『雷撃』もと思ったのだが、世の中そう上手くいかないようだ。
デニスは無意識に金剛棒を持ち上げ、石壁を叩いた。コンと軽い音がする。デニスの心に何か引っかかるものが残った。
「何だろう。何が気になるんだ?」
デニスはもう一度金剛棒で石壁を叩く。また軽い音が響き、それに違和感を覚えたのだと分かった。
「向こう側が空洞になっているのか?」
疑問に思ったデニスは、震粒刃を形成し石壁に叩き付けた。石壁に小さなヒビが入った。そのヒビを目掛け震粒刃を打ち付ける。何度も何度も。
突然、石壁がガラガラと崩れる。その奥にドーム空間が現れた。今までより倍ほど広いドーム空間だ。そこには一匹のカーバンクルが佇んでいた。
「こいつは、カーバンクルなのか?」
そう思うほど中にいる魔物は大きかった。普通のカーバンクルは中型犬ほどの大きさだが、このカーバンクルは大型犬より一回り大きい。カーバンクルの亜種のようだ。
そのカーバンクルの額に光る水晶角は、青ではなくルビーのように赤く輝いていた。カーバンクルの王のような風格を持つ魔物が、デニスを睨んだ。その目は怪しい光を放っている。
デニスは誘われるようにふらふらと中に入っていた。デニスの意識は麻痺したように考える力を失っていた。デニスの精神の中で傍観していた雅也は、命の危険を感じ精神の表面に浮き上がり始める。
ルビーカーバンクルがゆっくりと近付いてきた。その目には獲物を捕らえた満足感が浮かんでいる。その眼光は特別なものらしい。
ルビーカーバンクルがデニスの首に牙を突き立てようとした。その瞬間、金剛棒が持ち上がりルビーカーバンクルの額を叩いた。水晶角が根本からポキリと折れ地面に転がる。
ルビーカーバンクルが凄まじい悲鳴を上げ、地面を転げ回る。意識がはっきりしたデニスはチャンスだと考え、震粒刃を形成する。この魔物を仕留めるには必要だと思ったのだ。
デニスの意識がはっきりすると同時に、ルビーカーバンクルの額に攻撃を加えた雅也の意識は、また精神の奥へと沈み始める。
ルビーカーバンクルの雷撃球攻撃は、水晶角を折ったので心配する必要はなかった。地面を転げ回っていた魔物が急に飛び退いた。
唸り声を上げるルビーカーバンクルは、デニスを睨んで何かをしようとしていた。突然、一匹のカーバンクルが現れ、デニスを攻撃する。
「何でだ!」
驚きの声を上げたデニスの目前で、またカーバンクルがどこからか現れた。
「まさか……カーバンクルを召喚している?」




