scene:218 ハイネス王子の頑張り
王子と王女がベネショフ領を訪れると決まると、王家の持ち船から御座船が決まり、護衛やメイドが選ばれた。王子たちがベネショフ領へ行くと決まってから時間がかかったが、御座船がベネショフ領に到着する。
御座船から降りたハイネス王子は、ベネショフの街を見渡した。辺境の街だと知っていたので、もっと長閑な風景が広がる場所だと思っていた。
だが、目の前の風景は綺麗に整備された住宅地だ。大きな道路と綺麗な街並み、整備された港湾などが広がっている。
「テレーザ、住みやすそうな街じゃないか」
王女はジッと街並みを見て笑みを浮かべていた。
「はい、綺麗な街です。本当に楽しみです」
ブリオネス家が総出で王族を出迎えた。アメリアが満面の笑顔でテレーザ王女に近付き、声をかけた。
「テレーザ殿下、お久しぶりです」
「また会えて嬉しいわ」
エグモントは王族とギュンターが率いる近衛兵を新しい領主屋敷へと案内した。ちなみに、海岸付近にあった古い領主屋敷は、商人たちが泊まる宿屋になっている。
新しい領主屋敷は、大斜面の最上段にある。王族を歩かせるわけにはいかないので、ライノサーヴァントを用意した。ライノサーヴァントが引く馬車というのも考えたのだが、馬車よりライノサーヴァントに騎乗する方が喜ばれると思ったのだ。
テレーザ王女はアメリアのライノサーヴァントに一緒に乗ってもらうことにした。ハイネス王子は、デニスのライノサーヴァントに乗ってもらった。テレーザ王女のように二人乗りではなく単独である。
近衛兵とメイドは、馬車に乗せて領主屋敷に向かう。
大斜面の開発は、貯水池・道路・用水路・紡績工場・工員と家族が住む下町・領主屋敷・領庁などが完成していた。今建設中なのは、機織り工場である。
「道の両側に植えてあるのは、何の木なのです?」
テレーザ王女が質問した。アメリアが木に目を向けた。
「あの木はイシバとスガイの木です。秋になると、イシバが黄色く、スガイが赤く紅葉するので、美しい並木道になるんですよ」
「素敵なところね」
「新しい領主屋敷も、気にいると思います」
領主屋敷に到着すると、エグモントが王族を客室に案内した。
新しい領主屋敷には、貴族の来訪もあり得るので、貴族用客室も用意してある。その部屋を王族二人に使ってもらう。デニスは近衛兵とメイドたちを客室に案内する。
客室の一つ一つに発光迷石ランプが備え付けられているので、近衛兵やメイドたちは驚いていた。
客室に荷物を運び終わると、テレーザ王女とハイネス王子はリビングでデニスと話を始めた。
「デニス、神剣を手に入れたと聞いたが、見せてくれるか?」
「はい、殿下。これが神剣でございます」
デニスは迷宮で手に入れた神剣をハイネス王子に渡した。鞘がなかった神剣は、ベネショフ領で作られた鞘に納められている。綺羅びやかな鞘ではないが、蒼鋼製だった。
ハイネス王子が鞘から神剣を抜いた。赤い宝石で出来ているかのような刃に、王子が息を呑んだ。テレーザ王女も目を見開いて神剣を見つめる。
「これが、神剣か……」
王子が呟き、大きく息を吐きだしてから鞘に納めた。
デニスは神剣を返してもらい、王子の予定を尋ねた。
「その神剣が本物かどうか、明日にでも試してから、岩山迷宮で修業したいと思っている」
王子はいくつか欲しい真名があると言う。護衛は近衛兵が務めるので不要だそうだ。
近衛兵の部隊長であるギュンターが、カーバンクルのいる階層を尋ねた。
「父から聞いています。キザク迷宮の迷宮主を倒すために、『雷撃』の真名が必要だそうですね。カーバンクルは五階層です」
「感謝する。ここの迷宮は、どこまで攻略したのですか?」
「九階層まで攻略しています。湖まである広大な森林なので、一〇階層へ下りる階段を見つけるのに、苦労しています」
「我々に協力できることがあれば言ってください。陛下から協力するように言われておるのです」
「感謝します。ですが、今のところは大丈夫です。貴殿たちには一刻も早くキザク迷宮の迷宮主を倒し、迷宮主をなくした迷宮がどうなるか、確かめてもらいたい」
「分かりました。全力を尽くします」
ギュンターは根っからの軍人で、王家に忠誠を誓っているらしい。テレーザ王女の婚約者であるデニスには敬意を払っている。
翌朝、朝食を済ませてからハイネス王子とギュンターを連れて訓練場に向かった。その訓練場には人の胴体ほどの丸太が用意されていた。
その丸太を神剣で斬り、その切れ味を確かめることになっていた。
「まずは、私の剣で仕掛けがないか確かめてもよろしいでしょうか?」
ギュンターが王子に確認した。
「デニスが変な仕掛けを仕込むことはないと思うが、許そう」
ギュンターは剣を抜いて丸太に斬りつけた。蒼鋼製らしい刃が丸太に深く食い込んだ。
デニスは苦笑してから、王子に神剣を渡して忠告する。
「殿下、神剣の切れ味は恐ろしいほどですので、切った手応えがありません。剣は軽く振って、基本通りに止めてください」
振り抜いて足でも怪我をされると困るので、デニスは忠告した。
「分かった」
神剣を構えた王子が丸太に向けて振り下ろした。エグモントが丸太を切った時は通り過ぎたように見えたが、王子の一撃では丸太が真っ二つに分かれて、ドスンと地面に落ちた。
剣の軌道が不安定だったために、丸太が切られたと同時に滑り落ちたのだ。ハイネス王子が信じられないものを見ているかのように、二つに切り分けられた丸太を見ている。
ギュンターは低い唸り声を上げ始めた。自分では気付いていないようだ。
デニスは王子の手から神剣を受け取り、鞘に納めた。
「これが神剣の切れ味か。これなら、どんな魔物でも倒せる」
その言葉を聞いたデニスは、どうだろうと疑問に思った。近付くことさえ許さない魔物もいるはずだし、大きな魔物は致命傷を与えられない場合もあるだろう。
思ったことを王子に伝えると、感心したように頷いた。
「さすがに、実戦経験が多い者は違うな」
「殿下、私も試してもよろしいでしょうか?」
ギュンターも切れ味を試したくなったようだ。ハイネス王子がどんな魔物でも倒せると言ったので、気になったのだろう。
「デニス、よいか?」
「はい、構いません」
デニスは神剣をギュンターに渡した。ギュンターは丸太を神剣で断ち切り、また唸り声を上げた。唸り声は、ギュンターが驚いた時の癖らしい。
「神剣と呼ぶに相応しい切れ味でございました」
神剣の事は秘密にしてくれと、デニスからも頼んだ。
「なぜでございます? この神剣があるということで、領民は安心感を持つと思いますが」
ギュンターが疑問に思ったようだ。
「そういう領民だけならいいが、中には盗み出して売ろうと考える不埒者も出てくるはず。用心のために秘密にしておいて欲しいのです」
「分かりました」
王子とギュンターは承知した。
神剣を確認した王子は、その日から岩山迷宮へ行き修業を開始した。
一方、テレーザ王女は、エリーゼやアメリアから料理を習ったり、硬化樹脂を使った装飾品作りを習ったりした。そして、偶にアメリアたちと一緒に迷宮へ行くこともあった。
ハイネス王子は最初反対したのだが、アメリアやフィーネ、ヤスミンが多くの真名を手に入れているのを知って、そんなものなのかと思い直し許可した。
国王や王妃なら絶対に許可しなかっただろうが、ハイネス王子は妹王女に対して甘かった。驚いたことにテレーザ王女は瞬く間に、『超音波』『装甲』『雷撃』と真名を手に入れた。
それだけの才能があったらしい。追い付かれそうになったハイネス王子は、必死になって迷宮の攻略を進め、七階層の雪原エリアで大雪猿を倒して『剛力』を手に入れた。
ハイネス王子は是非手に入れたい真名があったらしい。それは爆裂トカゲから手に入れられる『爆裂』である。ただ『剛力』を手に入れないと、影の森迷宮の爆裂トカゲとは戦わせられないという決まりが、ベネショフ領にはあるとクルトから聞いていたので、大雪猿を頑張って倒していたのだ。
エグモントから許可が出たハイネス王子は、カルロスに案内されて影の森迷宮へ向かった。
ギュンターが案内をするカルロスに尋ねた。
「ベネショフ領の兵士は、『装甲』『雷撃』『頑強』『剛力』『爆裂』の真名を持っていると聞いたが、本当なのか?」
カルロスは頷いた。
「ええ、その五つの真名は、最低でも取得するように鍛えています」
ギュンターの顔が引き攣った。その五つを持っていれば、近衛兵に合格しそうだったからだ。
「ゼルマン王国最強の兵は、ベネショフ領の兵士だというのは本当だね」
ハイネス王子が言うと、ギュンターが顔をしかめた。ゼルマン王国最強は近衛兵だという建前になっていた。




