scene:217 国王への報告
デニスたちは迷宮から地上に戻った。入り口の傍には、宿泊施設が建設されている。ログハウス風の建物で、一二部屋もある大きな建物だ。
そこはベネショフ領の兵士が警備をしていた。探索者たちも利用しており、小さな食堂もあるので好評のようだ。
「ここで少し休憩してから屋敷に戻る。イザークたちはどうする? 一緒に戻るか、それともここで待機するか?」
「カルロス従士長に報告があるので、一緒に行きます」
少し休んでから一緒に屋敷に向かった。その途中の道でフォルカが尋ねた。
「そういえば、近衛精鋭チームが攻略している迷宮は、何という迷宮でしたっけ?」
「ムウロン領にあるキザク迷宮だ。十二階層に迷宮主がいるらしい」
「キザク迷宮か。どんな魔物がいるんでしょうね?」
「よくは知らないけど、迷宮主は巨大な狼だそうだ」
デニスは近衛精鋭チームが迷宮主を倒し、迷宮主をなくした迷宮がどうなるか知りたかった。もし迷宮が使えなくなるようなら、岩山迷宮から上がる収益がなくなるからだ。
屋敷に到着したデニスは、エグモントの執務室へ行った。
「岩山迷宮から戻りました」
「ご苦労さん。それで、どこまで進んだのだ?」
「残念ながら、九階層までしか進めなかった。そこで不思議なことが起きて、引き返したんだ」
エグモントが首を傾げた。
「不思議なこととは何だ?」
「異界の最高神と名乗る存在から、話し掛けられた」
どう判断したらいいか分からないという顔をするエグモント。
「それは本気で言っているのか?」
デニスは九階層で起きた出来事を詳しく話した。
「これが異界の最高神から賜った神剣、蛙面巨人を一刀両断したほどの切れ味がある」
赤い水晶のような神剣を取り出して、エグモントに見せる。
エグモントは綺麗だが、脆そうな神剣を見つめ、試してもいいかと言った。デニスは頷いて神剣を父親に渡す。
二人は訓練場に向かう。そこにはカルロスとイザークもいた。
「エグモント様、それが異界の最高神から、もらった神剣ですか?」
「そうらしい。デニスたちを疑うわけではないが、何とも脆そうな剣なので、試しに来たのだ」
カルロスは丸太を用意させた。それを訓練場の真ん中に立て、場所を空ける。その周りを訓練場にいた兵士たちが取り囲む。
「それじゃあ、試してみるか」
エグモントが神剣を持って、丸太の前に立つ。そして、正眼に構え神剣を振り上げて袈裟懸けに振り下ろす。
神剣が丸太を通り抜けたように見えた。エグモントが不思議そうな顔をして神剣を見ている。
「空振りなのか?」
兵士の一人が呟いた。
カルロスが丸太をコンと叩いた。その瞬間、丸太が真っ二つになって地面に倒れる。
「ああっ」「へっ」
兵士たちが目を丸くして神剣に目を向けた。
エグモントが丸太に近付き、その切り口を調べた。そして、唸り声を上げる。
「これが神剣だというのは、本当らしい」
「エグモント様、どれほどの力を込めたのです?」
カルロスの問いに、半分の力も込めていないと答える。
カルロスとイザークも神剣の切れ味を確かめてみたが、呆れるほどの切れ味だと分かっただけだった。
「まさしく神剣ですな。王家に秘蔵されている宝剣より、一段上の業物です」
デニスとエグモント、それにカルロスとイザークが屋敷に入る。
「岩山迷宮の迷宮主が、異界の最高神の眷属だと判明したが、他の迷宮主はどうなのだろう?」
エグモントが疑問をデニスに向けた。
「異界の最高神に歯向かうような者が、何人もいるとは思えない。たぶん、岩山迷宮だけだと思う。他の迷宮主は巨大な狼だったり、ドラゴンだったりするのではないかな」
エグモントが納得して頷いた。
「このことは、陛下にお知らせするべきだろうか?」
「もし、我々が迷宮主を倒せなかった場合、迷宮主は外に出て暴れることになる。ベネショフ領は壊滅し、周辺を荒らし回ると思う」
「万一のことを考えれば、陛下に知らせるべきだと言うのだな」
「但し、神剣のことも含めて広めないように、お願いするべきでしょう」
「分かった。儂が行って報告して来よう」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王都では、キザク迷宮の迷宮主退治が大きな話題となっていた。
近衛精鋭チームがキザク迷宮に潜り、一二階層まで到達。巨大な狼の迷宮主と戦ったが、倒せずに撤退したのだ。
迷宮主にかなりのダメージを与えたのだが、仕留めきれずに撤退したという。
白鳥城の玉座に座った国王は、コンラート軍務卿と近衛精鋭チームのリーダーであるギュンター・クリンスマンから詳しい報告を受けていた。
「ギュンターよ。キザク迷宮の迷宮主は、強敵だったか?」
「はい。さすがに一度目の挑戦では、倒せませんでした」
「次は倒せそうか?」
「迷宮主の弱点が分かりましたので、倒せると思います」
「ほう、弱点とは何だ?」
「雷撃の放出系真名術に弱いようです」
「雷撃というと、ベネショフ領の兵士たちが得意としていたものではないか?」
国王の問いに、コンラート軍務卿が答える。
「仰せの通りでございます。岩山迷宮の浅い階層に、カーバンクルという魔物がいたはずです。この魔物から『雷撃』の真名が手に入ると聞いております」
「そういえば、ベネショフ領のエグモントが、王都を訪れると聞いておる。エグモントが来たら、岩山迷宮で『雷撃』の真名を手に入れさせてくれ、と頼んでみよ」
「承知いたしました」
エグモントが王都の白鳥城を訪れると、すぐさま謁見の間に案内された。エグモントが挨拶をして、用件を切り出した。
「岩山迷宮の迷宮主の正体が分かりました」
「ほう、ベネショフ領では、もう最終階層に到達したのか?」
「そうではありません」
国王は腑に落ちないという顔をする。
「最終階層へ行かずに、どうやって迷宮主の正体が分かったのだ?」
「息子のデニスたちが、最終層を目指して戦っている時、異界の最高神と名乗る存在から、話し掛けられたそうでございます」
国王は仰天した。謁見の間には、コンラート軍務卿とクラウス内務卿、それにギュンターが率いる近衛兵がいた。その全員が目を剥いて驚いている。
「エグモントよ。それは本当に神なのか?」
「正直、分かりません。ですが、人間を超えた力を持つ存在だというのは確かなようです」
「それは、何か証拠のようなものがあるのか?」
「迷宮主は、異界の最高神に仕えていた眷属なのだそうでございます。その眷属を倒すには特別なものが、必要だということで、息子が神剣を賜りました」
「ほほう、神からの贈り物か。見たいものだが、持参したか?」
「いえ、あれは迷宮主を倒すために必要なもので、デニスに所有権があります。ベネショフ領に置いてきました」
エグモントは最高神と眷属の姫との関係、それに最高神が『摂理』を使って、世界を組み替える様子をできるだけ分かりやすく説明した。
「最高神が持つ『摂理』か……神の力だな」
コンラート軍務卿が口を挟んだ。
「陛下、この話が本当だとは限りませんぞ。エグモント殿も分からぬ、と言っておられたではないですか」
「そうだな。だが、神剣の切れ味だけは確かめられる。誰かをベネショフ領に派遣して確かめさせるか」
「その役目、私が果たします」
いつの間にか、ハイネス王子とテレーザ王女が謁見の間に来ていた。
「私も行きたいです」
ハイネス王子とテレーザ王女がベネショフ領に行きたいと言い出した。ハイネス王子は神剣を確かめ、岩山迷宮で修業したいのだろう。テレーザ王女は婚約者であるデニスが住む町を見たいのだ。
ハイネス王子とテレーザ王女、それに近衛精鋭チームがベネショフ領へ行くことに決まった。エグモントも誰かがベネショフ領に派遣されるだろうと思っていたが、王子と王女が参加するとは予想外だった。




